「飲んべえの父はすぐ死んだ」製鉄の町・北九州で育った舛添知事の貧困時代
公私混同疑惑の渦中にありながら「私はどんな買い物をしても領収書をとる」と豪語した舛添要一東京都知事(67)。東大法学部を卒業し、パリ大学でも学んだ華麗なる経歴と、その“ドケチ”ぶりにはあまりにもギャップがある。
舛添氏の公式サイトの経歴には「舛添家は江戸時代から続く庄屋の家系」とある。だが、実は幼少期には貧困を経験していた。
舛添氏の故郷は製鉄の町として知られた福岡県八幡市(現・北九州市八幡東区)。父は実業家だったというが、舛添氏が幼いころには零落し、家は小さな青果店を営んでいた。
このころの様子を舛添氏自身が語ることはあまりない。だが、「売れっ子国際政治学者」として多くのテレビ番組に出演していた当時の雑誌には、小中高時代の友人の証言として、こんな談話が掲載されている。
<「舛添は八百屋の息子だよ。それも川っぷちの他人の土間先借りて野菜をパラパラッと並べたようなヤサイヤだった。貧乏? あいつが子供の頃、ポケットから金出して何か買ったの見たことないね」>(「アエラ」1990年6月5日号)
中高時代まではおとなしく、目立たない性格。中学2年のときに父親が亡くなり、母親と姉4人とともに勉強部屋もないようなバラック小屋に住み、夜遅くまで野菜のリヤカーを引いていたという。前出の記事の中で、舛添氏は父親についてこう語っている。
<「そう。会社の大きいの持ってたけど、だんだん落ちぶれて。俺の頃は最悪、ただの飲ン兵衛だった。火事になって病気になって、すぐ死んだ」>
舛添氏をよく知る関係者がこう語る。
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