「つらい」といわれる不妊治療だが、実際に治療をスタートした場合、どんな壁に直面するのだろうか。不妊治療患者の支援を行うNPO法人「Fine」理事長の松本亜樹子(まつもと・あきこ)さんによると、「治療中の人が抱える負担は主に4つある」という。不妊治療に向き合う人たちを悩ませる「4つの負担」の“正体”を松本さんに聞いた。

腕がパンパンに腫れるほど頻繁な注射

――不妊治療は「つらい」「大変」とよく言われますが、実際、治療中にはどんな「負担」がともなうのでしょうか?

松本亜樹子さん(以下、松本):当事者が抱える負担としては、「身体的」「精神的」「金銭的」「時間的」の4つが挙げられます。身体の負担としては、主に痛みやだるさがありますね。副作用でおなかが腫れてしまう場合もあるし、頻繁に注射をするので腕がパンパンになって痛くなることも。検査にも痛みが伴います。例えば、卵管の状態を確認する「卵管造影」では、子宮の中から造影剤を入れるのですが、卵管が狭かったり、狭窄したりしている場合は、薬が通っていく時にものすごい痛みが走るので、あらかじめ麻酔を希望する人もいるほどです。子宮に針を刺して卵を採る“採卵”も、いわゆる手術の一種ですからそれなりに体に負担がかかります。

1回で40〜60万の治療も

――経済的な負担はどうでしょうか? 「不妊治療=お金がかかる」というイメージがあります。

松本:確かに不妊治療は、お金との勝負でもあります。実際、お金が続かず、治療を断念するケースも多いんです。不妊治療のステップが上がるにつれて費用も高くなっていきます。しかし不妊治療には保険が適用されないため、たとえば体外受精や顕微授精といった高度不妊治療は、1回につき約40~60万円程度のお金が必要です。これがまるまる自己負担になります。こうした治療には、国から助成金が支給され、1回の治療で15万円の補助が受けられる場合もあります(夫婦合算所得額730万円未満などさまざまな条件あり)。さらに自治体によって独自の助成金が出るところも。年齢によって金額や助成回数などが違うため、関心のある方は確認してみてください。「Fine」でも、全国規模の著名活動や国会請願の実施などを通じ、環境改善の取り組みを続けています。

一番つらいのは自己肯定感の低下

松本:頻繁に通院しなくてはいけないので、時間の工面も大変です。仕事と両立できずに、やめてしまう人は決して少なくありません。そして、4つの負担のなかで最もしんどいのが、精神的な負担です。身体がキツイのも、時間に振り回されるのも、お金の悩みも、最終的にはすべて心に重くのしかかります。

――具体的には、どういった「心の状態」に陥りやすいのですか?

松本:一番多いのが、自己肯定感が低くなってしまうケース。不妊というのは、自分の価値を引き下げられるような体験なんですね。みんなが普通にできることが自分にはできない。「女性として劣っている」とか「価値がないのでは?」と自信をなくして卑下してしまいがちになる。人間にとって、この“自尊感情が喪失される”という状態は、想像以上にしんどいものです。

ホルモン投与でメンタルも不安定に

松本:また、子どものいる人に対してコンプレックスを抱いたり、時には羨ましいという妬みも出てきます。まわりの妊娠報告に「おめでとう」と心から笑えない。そんな自分が嫌になって落ち込み、「こんな私だから赤ちゃんができないんだ」と自分を責めて苦しんでしまう人も多いんです。不妊だということをまわりに話せず、孤独感を強めたり、“人に隠し事をしていている”という後ろめたさから、罪悪感を抱えてしまったりという話もよく聞きます。治療中は、女性ホルモンを投与するため、気持ちの浮き沈みがよけいに激しくなり、周囲の言葉にも過敏になりやすいのもつらいことですね。

自分の気持ちにフタをしない

――ネガティブな思考から抜け出せなくなって自分を責め、ひとりで抱えてしまうのは辛いですね。どうすれば、心の重荷をラクにできるのでしょうか?

松本:人を羨んでしまう自分を責めないことです。そうした気持ちは人間として当たり前の感情ですから、悪いことでもなんでもない。そんな自分を認めて、許して、悲しい時は泣けばいいし、羨ましい時は思いきり羨ましがってもいいと思うんです。その結果、相手を傷つけるような言動をしなければいいだけのことですから。

それから、一生懸命我慢をして、つらい気持ちに無理やりフタをしないことですね。悲しみもつらさも羨ましさも、人間らしい感情なので、「ああ、今、私は悲しいんだなぁ」とか「今、とても羨ましがってるんだ」という自分の状態をシンプルに受け止めるだけでも、気持ちは少し楽になります。

「自分をゆるめる場所」を作る

松本:また、不妊治療に熱心な方は「これをしちゃいけない」「これをしなきゃいけない」と、自分にたくさんの「ねばならない」を課してしまうものです。「身体を冷やしちゃいけない」とか「カフェインはとっちゃいけない」とか、「玄米を食べなきゃいけない」とか……。そんなふうに頑張るのは悪いことではありませんが、できなかった時に自分を責めてしまうのであれば、よくありません。「これくらいは、まぁ、いいか」というゆるさを自分に許してあげる。趣味の時間や友達との気分転換など、自分をゆるめる場所をたくさん作っておくことで上手に息抜きしてほしいと思います。

西尾英子(にしお・ひでこ)
ライター・編集者。出版社で男性総合誌の編集に8年携わった後、フリーに転身。女性の生き方やキャリア、心の問題といったテーマを中心に、雑誌や書籍などで執筆活動を行う。これまで数多くの著名人や起業家、働く女性たちを取材。
松本亜樹子(まつもと・あきこ) NPO法人Fine理事長。一般社団法人日本支援対話学会理事。長崎県長崎市生まれ。コーチ、人材育成・企業研修講師、フリーアナウンサーとして全国で活躍。自身の不妊の体験を活かして『ひとりじゃないよ!不妊治療―明るく乗り切るコツ、教えます!』(角川書店、共著)、『不妊治療のやめどき』(WAVE出版)を出版。それをきっかけに2004年、NPO法人Fine〜現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会〜を立ち上げる