数日前、東京で痛ましい事件が起きました。
まず最初に被害にあわれた女性の一日も早い回復を祈り、そして本文に入らせていただきます。
* * *
事件が発生した5月21日、第一報としてYahooトップに掲載されていたのは産経新聞の「女性アイドルが男に刺され意識不明 東京・小金井でファンイベント」という見出しでした。
それから3日経った今日も、新聞のテレビ欄ではこの事件を表現するキーワードとして”アイドル”が頻繁に用いられています。
<2016年5月24日 朝日新聞 テレビ欄(首都圏版)>
・NHK
・テレビ東京
なし・日本テレビ
スッキリ!! 「アイドル「殺すつもりで」容疑者が新供述」「”会えるアイドル”がファンの恐怖体験告白」
every. 「アイドル襲撃男の素顔」・テレビ朝日
グッド!モーニング 「アイドル刺した容疑者 意外素顔&身守る方法」
羽鳥モーニングショー 「アイドル刺傷で逮捕男 最近ひょう変トラブル多発」
スクランブル 「悲劇”地下アイドル”襲撃 ①逮捕男・・・偏愛と素性 ②現役アイドルが激白 恐怖の裏事情」・TBS
あさチャン! 「アイドル刺傷事件・・・元ストーカー語る心理」
白熱ライブ・ビビット 「逆恨みアイドル刺傷 執よう…逮捕男の素顔」・フジテレビ
めざましテレビ 「アイドル女子大生襲撃 警察が動く線引きは?」
とくダネ!「雄叫び 謎の張り紙…異様生活 20歳アイドル襲撃男 友人女優が語った前兆」
直撃ライブグッディ 「アイドル襲撃男の素顔 別女性もストーカーか 密着…ファンとの距離」
みんなのニュース 「アイドル襲撃男の素顔 なぜ暴走?新供述は…」
しかし、そもそもまずこの事件の被害者を”アイドル”として表現するのが正しいのかどうか。
そのソースの大元であろう(彼女が以前所属していた)アイドルグループ「シークレットガールズ」は、あくまでも同名の連続ドラマから派生した期間限定ユニット*1という位置づけでした。当時の彼女自身の活動を見ても、むしろアイドル業よりドラマや映画への出演が目立っています。
わかりやすく表現すると彼女というアイドルの立ち位置は、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」における女優の能年玲奈・橋本愛・松岡茉優(ドラマ内のアイドルユニット「潮騒のメモリーズ」「GMT5」として楽曲が音源化、後にその名義で紅白歌合戦に出場)に近いものだったのではないでしょうか。
そして話し合いの元に最初の大手芸能事務所を離れてもうすぐ2年、その間に2度の舞台だけでなく弾き語りライブ*2をスタートさせた彼女自身は、つい最近、現在の所属事務所の代表にこんなビジョンを語っていたそうです。
「シンガー・ソングライターとしてやっていきたい。勉強しながら詞や曲を作りたい」
学業とアイドル活動両立「とにかく明るい子」…東京都小金井市傷害事件 : スポーツ報知
そして5月21日に彼女が向かっていたのも、彼女が昨年初めて”シンガーソングライター”として初めてオリジナル曲の弾き語りライブを行ったという、そのライブハウスでした。
しかし事件直後からネットを中心に彼女の置かれていた状況に対する認識の違い、「これはアイドルのリスクではなく、もっと違う部分に問題が潜んでいるのではないか」という疑問が噴出していてもなお、テレビや新聞報道ではいまだに”アイドル”の4文字がこの事件のキーワードとして発信され続けています。
この事件の報道姿勢に感じつづけている違和感、その正体は、一体何なのか。
* * *
報道を見ていると、この事件とアイドルが結びつく主張の柱にはやたらと「距離の近さ」が存在している印象を受けます。
ではいつからアイドルとファンは距離が近いものとして認識されていったのか。
これをアイドルファンではない人に聞いたとき、一番返ってくるのはやはり「握手」という言葉ではないかと思います。
2010年代に一躍国民的アイドルグループとなったAKB48、その人気に火をつけた要素の一つは、間違いなくCD購入特典における握手会への参加、”画期的”なそのシステムでした。
しかしアイドルとの握手、接触機会が本当に「ファンとの距離の近さ」「現代のアイドル事情を象徴」しているのかと聞かれると、個人的にはやはり違和感が残ります。
例えばAKB48自体は2006年2月の1stシングル「桜の花びらたち」発売時からすでに、店頭での握手会を行っていました。
また同じく当時から活動していたモーニング娘。はその1年前、2005年の時点で27thシングル「色っぽい じれったい」のCD購入者を対象とした東名阪での握手会を開催しており、以降も2007年から定期的にCD購入特典として、抽選のリリースイベント+握手会を開催しています。
さらにいえば当時はまだ無名に近かったperfumeも、2005年のメジャー1stシングル「リニアモーターガール」の頃からすでにミニライブ+握手会と、現在の新人アイドルと何ら変わらないスタイルの活動を展開していました。
AKB48やモーニング娘。が握手会をすでにスタートさせていた10年前、もし同じような事件が起きていたとして、当時の報道は今のように距離の近さを訴えたでしょうか。
それでは、2006年のアイドルになくて2016年のアイドルにあったものとは、一体何なのか。
絡まった歴史をほぐしていくと、その答えは「握手」ではなく、「SNS時代」なのではないかという仮説に行きつきます。
ブレイク前夜のAKB48・前田敦子が個人名義でブログを始めたのは、2009年3月のことでした。この時期には同じく大島優子(2009年9月)や板野友美(2009年11月)などの人気メンバーも、一斉に公式ブログを開設しています。
同じくモーニング娘。も6期メンバーの道重さゆみが、やはり2010年2月に公式ブログを開設しています。当時ですでに13年の歴史を持っていたモーニング娘。ですが、メンバー本人によるブログ形式での発信は、この2010年が初めてでした。
そして彼女たちのブログ開設時期は、ちょうど日本におけるTwitterやSNSの普及とも重なっています。
ブログ自体は2005年の時点でもすでに利用者が300万人以上、閲覧者は1600万人に達し*3、個人レベルの情報発信が身近なものとして認識されはじめていましたが、2008年にTwitterやFacebookの日本語版がスタートすると、やはり同時期に日本で販売がスタートしていたスマートフォンの普及と併せて、ネット環境が可能にした個人間での密接なやりとりを、社会全体が徐々に共有していきました。
そしてアイドルとネットといえば、もう一つ重要なトピックがあります。
それは指原莉乃の大躍進です。
2009年の第一回選抜総選挙で27位(カップリング曲の参加メンバー)だった彼女は、2010年4月に公式ブログ「指原クオリティー」を開設します。
もともと素人時代からネット文化に親しんでいたこともあり*4、彼女はブログを通じてその才能をいかんなく発揮、そしてブログ発信に関連した人気の高まりが追い風となり、2010年の第二回選抜総選挙では19位(シングルA面の歌唱メンバー)に。
さらに1日でブログアクセス9100万PV+コメント81万件を達成*5した後に行われた2011年の第三回選抜総選挙では、ついに9位(シングルA面の歌唱&新曲プロモーションのメディア選抜メンバー)を獲得。以降「笑っていいとも」レギュラー、ソロデビュー、そして後の第五回選抜総選挙での1位と、彼女はアイドルとして、人気を不動のものにしていきました。
指原莉乃の歩みに見えるのは、ネットを通じて個人レベルでの情報送受信が気軽に行われる、そんな「SNS時代」に、アイドルと呼ばれる彼女がいち早く対応していたということ。
2010年代のアイドルとファンを近づけたものは、握手以上に、ネットを介した個人間の情報共有であったと考える方がきっと近い。
そして今回東京で発生した事件を振り返れば、被害者も加害者も、ブログとtwitterを利用していました。
加害者がシンガーソングライターである被害者宛のメッセージを送信し、情報を取得し、一方的に感情を募らせていったのも、ブログやtwitterでした。
この問題の本質はアイドル文化が孕んでいるリスク以上に、ネットで情報公開を行っている利用者なら職種を問わず誰にでも生じうる関係性、そのリスクだったのではないでしょうか。
しかしそれを単なる「アイドルとファン」の言葉に押し込めるのは、関係性の誤認を広めているだけでなく、同じくSNS時代に浸かっているはずの個人ユーザーから”危険な距離感”の察知能力を奪いかねない。
そんな危険性を含んでいると私は思います。
<インタビュアー&書評家・吉田豪さんのツイート>
今回の事件でモヤモヤするのは、「シンガーソングライターがライブ前に被害に遭った」はずなのに、「アイドルがファンとの交流イベントの前で被害に遭った」と報道されたりしていることで、握手会とかサイン会とかチェキ会とかでもない限り「交流イベント」とは呼んじゃ駄目だと思います。
— 吉田光雄 (@WORLDJAPAN) 2016年5月23日
明日放送の某ワイドショーから電話があって、「地下アイドルの親にも取材して、その危険性をテーマにする」的なことを言ってたから、そもそもこれは地下アイドルとアイドルヲタの話じゃないんですよって説明してるわけなんですけど、無意味ですか? https://t.co/lTKQhC6X8d
— 吉田光雄 (@WORLDJAPAN) 2016年5月23日
いままた某ワイドショーによる追加の電話取材があったんですけど、「今回の事件は地下アイドルの問題じゃない」とあれだけ説明しても無意味だったようで、やっぱり地下アイドルと高額なプレゼントとか、そんなことばかり聞かれてモヤモヤしました。https://t.co/vmgODV1uf8
— 吉田光雄 (@WORLDJAPAN) 2016年5月24日
<音楽ライター・南波一海さんのツイート>
コメント出演は生じゃないと難しいな…こっちが別の問題だと思いますといくら伝えても、「アイドルとオタクの関係」の構図にはめ込みたいんだけどって意志を感じる。ズートピアで追いやられる肉食動物みたいな気分。。
— 南波一海 (@kazuminamba) 2016年5月23日
* * *
アイドルファンを20年以上やっていて思うのは、アイドルはどこまで売れても”偶像”で、アイドルファンはどこまでいっても”よくわからない人たち”であるという事です。
しかし現実的に、アイドルファンは単に趣味嗜好が違うだけの社会の隣人であり、もっといえばアイドルだって、同じ時代を生きる誰かのひとつの人生に過ぎません。
一番怖いのはそれが自分にとってよくわからないものであった時、事実を知ろうとせずに聞こえの良い想像で、そのままフタを閉じてしまうことです。
このような事件が二度と起こらないようにするためにも、この事件の問題がきちんと論じられていく事を祈ります。
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*1:2011年07月26日「週刊アスキー」より / http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/050/50455/
*2:2015年10月更新 / 「9月は初めての弾き語りのライヴをして、そのあと9月の終わりから10月の最初はミュージカルのお稽古と本番、そして昨日のインプロ。ほんとうによかったって、全部やめなくてよかったって思うことがたくさんです」http://ameblo.jp/mayu-tomita-blog/entry-12083084645.html
*3:2005年5月18日「国内のBlog利用者は約335万人、アクティブは約95万人と総務省発表」http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0505/18/news044.html
*4:2005~2006年頃にはてなダイアリーでモーニング娘。のファンブログを運営していた
*5:1日200回更新の挑戦企画による記録