打倒すべき敵もはっきりしている。イスラム教徒やメキシコ人の不法移民に向けて矢を放っている。韓国や日本は「安保ただ乗り」で、中国は「(米国の)雇用や金を奪う泥棒」だと攻撃している。人々を扇動するためには感性的な単語も必須だ。
世論を主導する層が読むニューヨーク・タイムズ紙だけを読んでいては、トランプ氏を理解できない。ハーバード大学の教授や大物政治家の発言だけで評価してもいけない。既存メディアや有名大学、大物政治家こそ、トランプ氏の攻撃対象の常連だ。彼らがトランプ氏を真っ当に評価するはずがない。
トランプ氏の演説を聞いていると、意外にも韓国を思い浮かべる。経済は停滞している。非正規雇用や若者の失業が増えている。庶民の生活が困窮するのに対し、富裕層は羽振りがよくなる一方だ。正解は与野党が争うだけでなく、与党内部、野党内部の派閥同士の争いも収まる気配がない。大統領が打ち出す政策は米国でも韓国でも効果が表れていない。
このように多くの国民が没落を心配する国にあって、突然登場した英雄がまさにトランプ氏だ。彼は民主党と共和党を行ったり来たりした。女好きで、言葉も限りなく軽い。ワシントンの基準、ハーバード大の規格には到底合うはずもなく、ニューヨーク・タイムズ紙では社会面に掲載されるような顔だ。
だが、支持者たちは彼の無知ぶりも、他の候補者に比べてひどくはないとみている。言葉をコロコロ変えるのは、成功したネゴシエイター(交渉人)の柔軟さと見なし、繰り返される暴言も、頭の回転より口が早いだけだというわけだ。
それよりも重要なのは、トランプ氏が無能で腐敗したインテリ層との戦いを挑む戦士だという事実だ。彼は米国の歴史を貫通してきた反知性主義の大きな波に乗ってきた。米国の反知性主義とは、知識や教養を拒否するというのではなく、エリート集団の特権的な支配に抵抗する一般市民の考えを指す(政治史家リチャード・ホフスタッターの説)。つまり、トランプ氏が既得権益者との戦いを始めたというわけだ。