格差が固定化され、世帯収入の差も広がる一方で、大学をはじめとする高等教育機関の学費は年々高額化している。
1990年、大学の初年度納付金額の平均が約65万円だったのに対して、2014年は96万円と大幅に増加(文部科学省の「国公私立大学の授業料等の推移」を基に国公私立大の授業料の平均値を算出)。
そうした状況下で「家計は苦しいが、大学に進学したい」という学生は、どうするか。奨学金制度を利用するのである。今や、大学生の約4割が日本学生支援機構の奨学金制度を利用している。
しかし、奨学金問題に詳しい弁護士の岩重佳治氏は「奨学金を利用していると、誰でも借金苦に陥る可能性がある」と、その危険性を指摘する。特に問題となっているのが、卒業後、生活苦に陥った利用者に対しても機構側が無理に返済を迫るケースだ。
日本学生支援機構の容赦ない“取り立て”の実態とは、具体的にどのようなものなのか。
●年収30万円の低所得者にも毎月5万円の返済を請求
岩重氏によると、奨学金制度の落とし穴は、奨学生が卒業後に生活苦に陥っても救済制度が不十分で、気がつけば「借金苦」になっている点だという。
「例えば、私が担当した40代の男性・Aさんは、精神的な病気で入退院を繰り返しており、年収は30万円程度。1人暮らしですが、暖房器具は電気毛布1枚しかなく、親族から食料などの援助を受けて、しのいでいるような生活でした。
学生時代に奨学金制度を利用していましたが、毎月の返済などは無理な状況です。ところが、日本学生支援機構は、彼に対して厳しい請求をし、毎月5万円以上でなければ分割に応じないと迫ったのです」(岩重氏)
奨学金制度は、基本的に年収300万円以下なら返済を先送りにする「返還期限猶予」を利用することができる。ところが、Aさんが機構から請求を受けた当時、こうした救済制度は滞納のない人のみが利用できる仕組みになっていた。
Aさんは何カ月分もの滞納があったため、猶予を受けることができなかったという。かといって返済することもできず、さらには延滞が積み重なるにしたがって「延滞金」も増えていき、どんどん借金がふくらんでいく……そんな悪循環に陥ってしまうのは、Aさんだけではない。
「本来、奨学金は延滞した月から10年たつと、最初に延滞した月の分は時効となり、支払いを免れます。そこで、Aさんが一部時効を主張していたところ、裁判所から支払督促が届き、延滞金を含めて300万円以上の一括請求を受けたのです」(同)
その後、機構側は再び制度を改め、14年4月からは延滞金がある人も年収が200万円以下なら猶予を受けられる「延滞据置猶予」を設けた。しかし、Aさんが同猶予を申請すると、今度は「時効を主張したり、機構が裁判を起こした人は制度が受けられない」と後から運用を変更し、突き返された。
岩重氏は「日本学生支援機構の問題は、たとえ救済制度を設けても、自分たちの都合のいいようにルールをつくり変えていること」と語る。
救済制度を受けるための証明手段にもハードルがある。例えば、過去に遡って返還猶予を受けるためには、返済ができなかった月の所得状況を証明する書類を役所から取得しなくてはならないが、5年以上前の所得証明書を得るのは難しい。結局、救済措置がなされず、利用者が借金に苦しむことになってしまうケースもある。
●免除申請者に「あなた、しゃべれるでしょ?」と暴言も
とはいえ、「延滞する前に救済制度を活用すればいいのでは?」「結局は自己責任の問題ではないか」と思う人もいるかもしれない。
しかし、日本学生支援機構が設ける制度の仕組みや条件は複雑で、公式ホームページを見てもすぐに理解できるものではない。奨学生のなかには、制度の存在すら知らない人も多いという。さらに、救済を求める利用者に対する機構側の態度にも問題がある。
「寝たきりになり大学を中退することになった奨学生が、機構に返済の相談をすると、『借りたなら、返すのが筋』の一点張りで、受けられるはずの免除制度の存在すら知らせなかった例もあります。
また、精神を病んで医者に働くのを止められていた人が機構側に返済の免除を申し出ると、係の人に『あなた、しゃべれるでしょ? しゃべれるなら、働けるんですよ』と暴言を吐かれた例も報告されています」(同)
滞納者のなかには、障害を負ったり精神的な病気を患ったりしている人も多い。そうした人が、職員の暴言に耐え抜き、面倒で複雑な救済制度を利用するのはかなりの困難を伴う。
●貸付金の回収率はメガバンク並み
それにしても、独立行政法人とはいえ、政府公認の機関である日本学生支援機構がサラ金まがいの取り立てを行うのは、なぜなのだろうか。
「公的な教育資金が足りていないというのが根本的な理由です。高等教育への公財政支出をGDPで比較すると、日本の支出はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも最下位。当然、奨学金制度にあてる財源も不足しています。
それを裏付けるかのように、日本学生支援機構の奨学金制度のうち、奨学生の約7割が利用している有利子の奨学金(第二種奨学金)の財源の多くは、民間借入金、財政融資資金、財投機関債といった外部資金です」(同)
日本学生支援機構が資金を集めるには、貸付金の回収率を高めて出資者の信用を得る必要がある。機構の回収率は約95%とメガバンクと同等の高さを誇り、格付け会社も高い格付けを下している。
機構側は出資者を増やすべく、こうした回収率をアピールしているという。高い回収率を維持しようとすれば、奨学生に無理な返済を迫ることにもつながる危険が大きい。
●奨学金制度に頼るのは、もはやバクチ?
「借りたものは返す」というのは、小さな子供でも知っていることだ。機構も、こうしたお題目を振りかざして厳しい取り立てを行っている。
しかし、仮に大学時代の4年間、毎月10万円の奨学金を受け取っていたら、卒業後の返済額は月々2万円以上となり、年収300万円以上でなければ返済するのは難しい。新卒でそれだけの収入を得られる人が、どれだけいるだろうか。
なかには、長時間労働を強いるブラック企業に就職して精神を病んでしまったり、非正規雇用から抜け出せなかったりする人もいるはずだ。今や、奨学金を利用する人の誰もが返済不能に陥る可能性がある。岩重氏は「そういう意味で、奨学金制度の利用は、ある種の『バクチ』のようなものだと言う人さえいます」と語る。
憲法第26条には「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と定められている。しかし、現実には、教育の機会は平等に与えられているわけではない。
格差が広がるなか、中流層以下の家庭に生まれた子供が高等教育を受けようと思うと、「バクチのような」奨学金に頼らざるを得ないのが現状だ。そして、そのバクチに負けた人間に対する十分な救済制度は、今のところ備わっていないのである。
(文=松原麻依/清談社)