ある日こんな会話があった。
母親 『この曲知ってる?(歌を流す)』
cobra『何これ知らない。』
母親 『ミスチルのfantasyだよ、本当に知らないの?』
cobra『知らない』
妹 『もう車好きとして失格だね』
母親『この曲BMWのCMソングだよ。』
どうやら、cobraが音楽に詳しく無いから、母親と妹は自分を馬鹿にしてみたかったよう。
そこで
cobra『単に興味が無いんだよ。アクティブツアラーだろ。

あんなカッコ悪い車、オレはBMWと認めたくないね。ただそれだけの話だよ。』
とだけ答えてみた。
すると
母親『カッコ悪いとはいっても、一応BMWの車だよ。もうBMWが嫌いなの?』
cobra『最近のはね。そもそもオレは元々BMWというメーカーが好きなわけでは無いし。』
母親 『⁇』
どうも、自分は未だにブランドでBMWが好きなのだと思われていたようだ。
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確かに、BMWというメーカーが好きなわけではないという発言には母親も驚くかもしれない。
何しろ、cobraは小さい頃からビーエム ビーエムとばかり喋っていたから。
自分でも、BMWというメーカーが好きなのだとばかり思い込んでいた。
でもオレはある時気付いた。
オレはBMWというメーカーが好きなのでは無く、BMWというメーカーのクルマにしか無い独特な世界が好きだっただけなのだ。という事に。
以前、代車でF20 1シリーズを出して頂いた時の事だ。
確かにボディ剛性は高いし、乗り心地も良く、ZF 8HPはシフトショックもなく1.6ℓのエンジンでも全く力不足を感じさせないように見事に躾けられていて、非常に洗練されている。
しかし、どこか無機質なエンジンサウンドを始め、よく出来てはいるもののBMWを名乗るにはどこか、ドライビングプレジャーの要素が欠けているように感じてならず、いつかF20を買ってやるという気分にはなれなかった。それはF30も同様だ。
いや、F30はF20よりも正直出来が悪いかもしれない。
今まで、BMWに乗ってこれは好きになれないと思った事はなかった。それだけになぜF型のBMWが好きになれないのかを自分なりに考えた結果が、F型にはBMWに必要な何かが決定的に足りないということだった。
そこで、自分は漸くBMWというメーカーが好きなのでは無く、BMWという車でしか味わえないような独特な世界が好きだっただけなのだと気付かされたのだ。
別に最近のBMWを否定するつもりは無い。
確かに良くできている。
けど、やはりE36やE46の頃のBMWと一緒にくくってしまうのには無理があると思う。
さようなら、オレの好きだったBMW。
そんな事を2年前に感じさせられたのだった。
F30もF20もマイナーチェンジをした今、どうなっているかは分からないけど、結局のところ往年の味わいは戻ってきてなさそう。
そこに、BMWの伝統も慣習も何もかもを捨て去ったアクティブツアラーである。
こうなるともう、BMWは今後もずっと自分をガッカリさせるような車しか出してこないだろうということが予想される。
それだけに自分はもはや、新型のBMWに興味が持てなくなったである。
そんな状態で元々音楽に疎いcobraがアクティブツアラーのCMソングなど知らないのは当然だし、知らないだけで妹に『車好きとして失格だね』なんて言われる筋合いはないし、母親にもBMWというメーカーが作ってきた全モデルが嫌いだとは決め付けられたくはない。
車に詳しくない人には分からない、けどとても奥の深い理由がそこにはあるのだ。
どうか、そこを理解してほしい。