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名前のない日記

俺の俺による俺のための憑き物落としをしています。

彼らは互いにすれ違いながら、足りない何かを巧妙に埋め合っている。



これを読んで、ご本人のブログも覗いてみたんだけど、確かに仰る通り、アイドルというよりはアコギ弾き語りのシンガーソングライター的な活動をなさっているように見える。舞台演劇もやられているようで、非常に多才な方なんだと思う。

自分には、昔路上弾き語りの音楽活動をしていた友人がいて、そういう現場にも何度か顔を出したことがあるので少し書いてみたい。


でも、こういう「シンガーソングライター風」の現場は
警戒感も薄いし、そもそもマネージャーとかがつく事もなく、
ファンがいないシンガーソングライターさんが
(ライブハウスでチケットもぎりの時の、
 「どなたを聴きに来られましたか?」の質問で、
 1回も名前が出ない人の事だよ!)
出演してる事も多すぎるくらい多くて、
事情を知ってる人が周りにいない事が普通。

事件被害者の冨田真由さんは「地下アイドル」というより「地下シンガー」さんだと思うの。 - O-Lab +Ossan Laboratory+

事務所の後ろ盾のない歌うたいには、そもそも「スタッフ」なんていないのが普通だ。*1

バンドやユニットでもなくソロの場合は、一人で箱まで行き、リハをこなし、チケットを売った自分の客の相手をし、ライブをし、ライブ後にはCDなどの物販まで本人がやる。そういった細々としたことを全て歌うたい本人がこなさなくてはならない。

チケットは歌うたい本人が直接客に売るのがほとんど。本人が直接お客に「ライブをやるので来ませんか?」と声をかけるわけだ。

ただ座って待っていてもチケットは売れない。以前アンケートにメールアドレスを書いてくれた人に宣伝メールを送ったり、ツイッターやブログで告知したり、知り合いのツテで集客をお願いしたり。とにかく出来ることはなんでもする。

まぁ集客に困ってない人ならそこまでしないかもしれないが、客をぞんざいに扱う歌うたいは「あいつは調子乗ってるぞ」的な目で見られたりもする。歌うたいの界隈は意外と狭い。客の評判、特に悪い評判は光の速さで広まる。自分で呼んだ客に対しては、細心の注意でもって接する歌うたいがほとんどじゃないだろうか。

「いつも来てくれてありがとうございます!」

笑顔で応対。頼まれたらCDにサインくらいはいくらでもする。*2

いつもいつも違ったお客さんを呼べればそれに越したことはないが、大体の場合、呼んで来てくれるお客さんは決まった顔ぶれになる。それに忸怩たる思いを抱かなくもないが、ライブに呼ばなくても角が立つし、そもそもノルマはキツい。結局いつも来てくれる常連さんに頼らざるを得なくなる。歌うたいとお客との個人的関係性は、このような中に育まれていく。

その上、客が少ないと「俺のためだけに歌ってくれてる!」
みたいな感じになっちゃうわけですよね、シチュエーション的に。

事件被害者の冨田真由さんは「地下アイドル」というより「地下シンガー」さんだと思うの。 - O-Lab +Ossan Laboratory+



警備を強化する、って言ったって、
そのシンガーソングライターさんの状況を
知る人がいなければどうにもならない現場、
だと考えていただくしかないです。

ライブハウスのスタッフに警戒を期待するのは無理だし、
そもそもライブ終わりにざっくばらんに
それぞれがコミュニケーションを行う時間もある事が多いし、
どうにもならんです。

変なやつに狙われたら、音楽活動を止める、
という以外、何もないのが現状かと思います。

事件被害者の冨田真由さんは「地下アイドル」というより「地下シンガー」さんだと思うの。 - O-Lab +Ossan Laboratory+

零細ライブハウスに、名もなき歌うたいを警備する人員を手配できるはずもない。入場の際にカバンチェックがあれば、そのライブハウスは相当しっかりしていると思っていい。*3

そもそも路上歌うたいの場合、路上自体が危険でいっぱいだ。

チンピラ風の男に「ショバ代払え」と殴られたり、血まみれの男が寄ってきて「なぁ兄ちゃん、喧嘩しようや」とリアルファイトクラブを所望されたり、四六時中駅構内に設置された公衆電話に怒鳴り続けてる男がいたり…まぁ人材の宝庫だ。

そんな路上にあって、若い女性歌うたいが一人で歌ってるこの現状って大丈夫なのと思ったりもしたが、大体そういう女性シンガーには親衛隊のような常連さんが囲ってるのでまぁいいかとも思っていた。今思えば、路上には危険が一杯だからこそ「大丈夫なの」という気持ちで彼らはその女性歌うたいを囲っていたのかもしれない。後でその内情を聞いて「うわぁ…」と思うこともあったが。

完全に危険を排除することなど出来ない。それは人前で歌わない一般人でもそうなのだから、人前で歌を歌う彼女らはなおさらだ。

だけど、危険があるからと言って、じゃあ「歌うのやめろよ」とも言えない。彼女たちがどんな思いで歌っているのか、なんとなくわかるのだ。

危険があるから「歌うな」なんてのは、「いつか死ぬから生まれてこない方がいい」とほぼほぼ同レベルの暴言に、俺には思える。だからこそ、難しい。



上記ブログの筆者様は他の記事で、
結局のところ、アイドルヲタじゃない外野の人間が、
「現代アイドルの現場は特殊だから」という思い込みから、
今回の事件の異常性を語りたいだけだよ。
見た目が気持ち悪いヲタがたくさんいるアイドル現場だから、
異常性が可視化されてるように錯覚してるだけだろう?

もう一度言う。握手会をやろうがやらなかろうが、
変なやつに知られて狙われたら大変な事になる。

昔から芸能人は襲われるリスクを抱えてるし、アイドルが今回の件を自分らに都合よく使おうとしてるにすぎない。 - O-Lab +Ossan Laboratory+

と語っている。その通りだと思う。個人的関係性の拗れが原因で起こるトラブルはアイドルに限らない。俺が友人の目を通して見た路上歌うたいの世界でもそれは同じだった。

歌うたいの彼は言う。

路上で歌っていると、客が自分の歌が好きだから来ているのか、自分との関係性を保ちたいから来ているのか、たまにわからなくなる。歌を聞いてほしい自分と、歌に興味はないが自らの寂しさを埋めるためにライブに足を運ぶ客は、表面化はしない程度にすれ違っている。

アイドルが夢を売るように、自分たちのような売れない路上歌うたいは関係性そのものを売っているのかもしれない。

だから、

だが、現実にアイドル達が商っているのは、“あなたの間近なアイドル”という、関係性を含んだキャラクターなのである。アイドルファンに対して「商品だけを買ってください。私はあなたのものではない」と要求する一方で、売買されているキャラクターのなかには「私はあなたの間近なアイドルです。関係性の近しいキャラクターです」というニュアンスが拭いがたく含まれている。なんという矛盾!

現代アイドルが売る「商品」とは何か・あるいは私達は - シロクマの屑籠

これって歌うたいのことじゃないか、と思ってしまったのだ。「夢」を売るだけじゃ生活できない自分たちと、現代のアイドルは実は同じだったんじゃないか、と。

「夢」を売るだけじゃ生活できないアイドル。
「歌」を聞いてもらえない歌うたい。
そして、つながりに飢えた寂しい誰か。

彼らは互いにすれ違いながら、足りない何かを巧妙に埋め合っている。



歌うたいの彼は、今は歌を歌っていない。

代わりにどこかでブログを書いてるらしい。

*1:一見「スタッフ」に見えても、聞いてみるとその実は友人だったりする。

*2:友人はてんで大したことないレベルの歌うたいだったが、そんな彼でも何度かはサインを求められたことがあるそうだ。

*3:少なくとも自分の友人のライブを見に行く時に、カバンチェックを受けたことはない。