なぜ渋谷に夜の観光大使が誕生したのか?ナイトアンバサダーZeebraに密着。 2016.4.30
日本初の試みとなる「夜の観光大使=ナイトアンバサダー」が渋谷区に誕生した。
初代渋谷区観光大使ナイトアンバサダーに任命されたのは、ヒップホップアーティストのZeebra氏。(以下、敬称略)
ナイトアンバサダーは渋谷区観光協会が新設した新たな観光大使のジャンルであり、文字通り”夜の”という限定的な言葉が付くことが特徴的だ。
そもそも行政機関が観光大使に著名人を起用することは珍しくない。
地方でも、出身芸能人が観光大使に任命され広報活動の一役を担うなど、情報発信性や関心喚起など、その意義は大きい。
しかしなぜ、単なる渋谷区観光大使ではなく”夜の”をつけたのか?
渋谷区観光協会の堀さんに話を聞いてみたところ、ナイトエコノミー(夜の経済)活性化が狙いだという。
渋谷新聞はその言葉にピンときた。
渋谷には飲み屋、クラブ、バー、ライブハウス、レイトショーシネマなど数々の夜の遊び場がある。
しかし取材の折々、ある特定の層からは、渋谷は夜の遊び場に不足しているというという言葉をよく耳にしてきた。
それは訪日観光客からである。
正確には、新宿や六本木に比べてというレベルではなく、東京には日本にはというレベルでだ。
我々が海外に遊びに行き「夜食事終わったら何しよう?」と心を躍らせるのと同じく、
彼らも東京・渋谷に期待しているのだ。
もうひとつよく訪日観光客から聞かれる質問がある。それは、
「音楽を聴きながら飲める場所を教えて」
である。
これは、有線放送が流れている居酒屋のことではない。
彼らがこう聞く時決まって求めているのは、
”日本のクラブ”のことである。
日本においては、クラブのイメージはあまり良くないが、海外においてクラブは「音楽を聴きながら飲める場所」なのだ。
もちろん、そこでは自由にダンスもできるし、お客さん同士の交流も楽しい場所、同じクラブである。
ここで一つ疑問が出てくるはず。
渋谷は日本一クラブが集まる街、夜の遊び場に不足しているとはどういうことか?
この疑問に関しては一つの推論でしかないのだが、
我々日本人が、クラブ情報を発信したがってこなかったことが理由だと思う。
・多くの日本人にとってクラブは治安が悪いイメージである
・訪日ゲストがクラブに行きたがっていても、治安の悪そうなところは案内できない
こんな背景があるような気がしてならない。
現に、渋谷で外国人ボランティアガイドをやっている方に話を聞いたところ、「音楽を聴きながら飲める場所を教えて」
という要望に対してバーは案内するが、クラブはよくわからないこともあるし、何かトラブルにあったらせっかくの観光旅行が台無しになると思い案内できないそうだ。
”これでは、日本のクラブおよびクラブカルチャーそのものが埋もれてしまう”
クラブは、人々にクリエイティブな感性を与えてきた場所。
音楽に限らず、ファッションや映像、そこで出会う人との交流が新たな文化を創造する、そんな場所。
こうした訪日観光客への問題だけでなく、日本人にとってのクラブやクラブカルチャーを守るために活動してきた団体がある。
CCCC(クラブとクラブカルチャーを守る会)だ。
(撮影:日浦一郎)
そして、このCCCCの会長が今回ナイトアンバサダーに就任したZeebraである。
彼らCCCCは、「PLAYCOOL」というメッセージを掲げ、クラブ街周辺の早朝ゴミ拾いや、イベント等の各種活動を通じて渋谷のナイトシーンにおけるマナー向上を呼びかけ、クラブに対する悪いイメージの払しょくを実践的に行ってきた団体である。
渋谷新聞でも、2015年ハロウィンの際に取材し、多くの反響を得た。
渋谷区観光協会の堀さんは、
「こうしたCCCCの活動、それと渋谷の遊びを知っている街のいい兄貴のイメージ、さらにこれから世界に向けて情報発信することもお願いしたいため、Zeebraさんが最高にぴったりだった。」
と話す。
そんなZeebraに、早速世界に向けた情報発信の機会がやってきた。
それは、第1回世界ナイトメイヤーサミットだ。
※ナイトメイヤーは、2002年にオランダ・アムステルダムで発足した「夜の市長」として活動するアムステルダム市長公認の制度。ナイトカルチャー、ナイトライフは社会的利益、文化的利益、そして経済的利益を市にもたらすことを唱え、行政、夜の街、消費者の中間的な立場で、対話を通して信頼関係を築きながら多くの課題に当たっていく存在であり、現在世界の様々な都市で同様のものが導入されている。
より詳しく知りたい方はこちらCCCCによるナイトメイヤーMirik Milan氏インタビュー。
このナイトメイヤーサミットは、2016年4月22・23日アムステルダムで開催され、ナイトカルチャーの発展を目的として対話を行う国際会議。
CCCC会長であり、渋谷区観光協会の公認を受けた「ナイトアンバサダー」Zeebraに、このサミットでの基調講演の依頼が来たのだ。
そこで、渋谷新聞はCCCCの広報担当でもありヒップホップ・ミュージシャンのDarthreider(ダースレイダー)氏に、渋谷新聞フリースタイルジャーナリストとして現地取材をお願いした。
このダースさん”フランス生まれ、東大中退”。
英語も堪能であり、ナイトメイヤーにも造詣が深い。
アムステルダムのナイトメイヤーMilan氏とも面識があり、通訳を介さずインタビューのできる渋谷新聞史上最強のフリースタイルジャーナリストなのだ。
以下、ダースさんの現地レポートを掲載いたします。
世界ナイトメイヤーサミットリポート
オランダのアムステルダム、4月23日。第1回世界ナイトメイヤーサミットが開催された。世界28都市の代表が集まり、夜の文化とそれに基づく夜の経済、夜の社会学、昼と夜を繋ぐ都市空間設計、夜の交通利便などが議論される世界会議だ。
サミットには、クラブを観光の目玉として捉えて積極的に市政が後押しするクラブ先進国のベルリンのクラブ・コミッションのLUTZ LEICHSENRING。
独自の「ナイト・マニフェスト」を発表し、昼と夜の生活を有機的に開拓するサンパウロの団体コラボラトリオ創設メンバーのANNA DIETZSCH。
5万人を2日で集める巨大フェス、「サンバーン」を成功させているインドのムンバイのSHAILENDRA SINGH。
ネバダの砂漠で開催される「バーニングマン」を運営するSteven Raspa氏らがスピーカーとして出席した。
ワークショップも開催されチューリッヒやジュネーヴ、パリ、ロンドンの代表らが参加し活発な議論が行われた。
開会宣言を行ったのは、アムステルダムの4代目ナイトメイヤー、
MIRIK MILAN氏。
アムステルダムの夜に纏わる全般に目を通し、必要とあれば行政と交渉し、住民と会話し、クラブやバー、レストランのオーナーと話し合う。
NGO団体として活動し、ミラン氏はナイトメイヤーを務めて現在2期目だ。
今回のサミットはミラン氏の呼びかけにより実現した。
アムステルダムで確立されたナイトメイヤー制度はオランダの他都市、フローニンゲンやナイメーヘンにも導入され、さらに欧州にも浸透し、ロンドンでも先日ナイトメイヤーが誕生したばかりだ。
このサミットで東京のラッパー、Zeebraが渋谷区の観光大使・ナイトアンバサダーとしてスピーチを行った。
日本で長らく夜のダンス営業を規制してきた風営法が昨年6月に改正され、今年6月23日に施行されることになり、晴れて日本の夜が開放されていくことを世界に報告し、先行する諸都市のネットワークに渋谷が加わり、世界の夜の文化を共に構成してくことを宣言する。
そんな使命を帯びての登壇だ。渋谷区として、ショッピングとエンターテインメントの街をスローガンに街づくりを進める為に、渋谷の夜の魅力を伝える役職がナイトアンバサダー。このサミットはZeebraがナイトアンバサダーに就任しての初仕事でもある。
Zeebraは流暢な英語でスピーチを行い、冒頭ではビートボックスを挟んで観衆を盛り上げた。
スピーチは次のような内容だった。
「渋谷は日本でもっとも影響力のある街であり、何百軒ものクラブやバー、レストランが集中し、常に若者が訪れる地区です。」
とまずは渋谷を紹介。
続いて、65年以上に渡って深夜のダンス営業を規制してきた風営法の歴史を語り、多くのダンス関係者やクラブユーザーらの活動によりついに改正まで漕ぎつけた経緯を説明した。
「鍵は対話です。私たちは行政と話し、政治家と話し、クラブ事業者と話し、クラブユーザーとも話しました。元々、違法営業をしているクラブ事業者がなかなか立ち上がれない状況に対して、まずは私たちDJやミュージシャンが立ち上がったのです。そして問題をとことん話し合ったのです。」
さらに法改正がゴールではないことも訴えた。
夜の生活と昼の生活。互いが同じ社会の一員であることを尊重する街にしていく。
その為のマナー・キャンペーンが「PLAYCOOL」だ。
「私たちはPLAYCOOLというキャンペーンを展開しています。早朝のクラブの集まるエリアで清掃を行っています。自分たちの遊び場に対して責任を持つことの大切さを伝えるためです。クラブの中では騒ごう、でも外に出たら静かにしよう。或いは、クラブの中でお酒を楽しもう、でも外に出て道を汚したりしないよう注意しよう。それがCOOLにPLAYすること。こうした価値観を広く共有して行きたいと考えています。」
渋谷の夜もPLAYCOOL。
ナイトアンバサダーとしての意志を表明し、
「6月23日、法が変わります。皆さん、是非日本に遊びに来て楽しんでください!」
と締めると会場からは万雷の拍手が沸き起こった。
反響は大きかった。
アムステルダム市長ファン・デルラーン氏からは
「東京もナイトメイヤー制度を導入した方が良い。私からも働きかけるよ。」
インドのシン氏が自身のスピーチで
「ボンベイでは最近、女性のスカート丈の長さを法律で規制するようになったのです。」
と言った所、会場から
「法律を変えたいなら日本にやり方を聞けばよい!」
と突っ込みが入り、会場が笑いに包まれる場面もあった。
サミットの取材に来ていたメディア各社がZeebraへのインタビューを求め、各都市の代表からも大いに歓迎された。
Zeebraは翌日に放送されたオランダ国営チャンネルのニュースにも渋谷のナイトアンバサターとして出演しインタビューに答えた。
「行く前はどんな雰囲気か分からなかったけど、出席して分かったのは、日本で活動している私たちと非常に温度感が近かった。各国の夜の達人が集まる場でしたね。まずは集まろう、話そう、という所から始まっている会議で、流れも自然でした。」
とサミットの印象を語るZeebra。
「スピーチも、色んな人と会話する中で話す内容を決めていきました。あとはラッパーなので、フリースタイルで(笑)。登壇したスピーカーはそれぞれ専門家なので話が面白かったけど、特に都市計画に関する話は興味深かったですね。東京ではまだまだクラブでのパーティーだったりのソフトな部分でしか考えられていなかったけど、街全体のハードの部分も意識したいと思いましたね。」
渋谷のナイトアンバサダーとしてこの経験をどう活かすのか?
「街のメンバー、社会の一員として、夜からの視点だからこそ気づいたことを発信して行きたいですね。今は、それこそSNSも発展しているので、渋谷発の行動ですぐに世界とも共鳴出来るし、世界の中の渋谷という意識で面白い動きがたくさん出来ると思いました。渋谷を起点にフェスを企画したり、可能性はたくさんあると思います。」
多くの成果と共に帰国したZeebra。
渋谷のナイトアンバサダーとしての任務は始まったばかりだ。サミットでは様々な都市の夜の「在り方」を知ることが出来た。
例えばパリでは市議会がナイトメイヤーを選出し、夜営業するクラブやバー、レストランのオーナーらを集めた200人ほどの夜の議会もある。
ジュネーブではクラブは朝4時までの営業だったのが、法改正されて朝8時までの営業が可能になった。
ロンドンではここ10年で4割のクラブが閉店に追い込まれ、現在は業界が「ナイトライフマターズ」というキャンペーンで夜の文化の再評価に努めている。
サンフランシスコではクラブの周辺は「騒音地域」に指定し、そこから一定の距離内に住む住人は騒音に関して文句が言えないという法律が成立した。
そのかわりに当該地域の家賃を安く抑え、夜の文化を支える若いアーティストを誘致するのが狙いだと言う。
世界の都市には、それぞれの顔がある。
渋谷はどんな顔をしていくのだろうか?
非常に楽しみである。
(取材:Darthreider)
(写真:www.raymondvanmil.nl ※オフィシャル画像)
帰国後、早速ナイトアンバサダーとして渋谷の街イベント”シブハル”に出演したZeebraに、アムステルダムでどんなインスパイアがあったかインタビューした。
「例えばアムステルデムには運河が多く、その運河の橋桁をライトアップするなど、夜だからこそできることをやっています。
渋谷でも、夜だからできる変わったアイデアをこれから考えていきたいです。
先ほど長谷部区長とも話してたんですけど、夜の歩行者天国はどうだろうと、そんな話もしました。
特に渋谷駅周辺は街のハブですし、ものすごい人数の方が行き来する。
ccccでマナーの啓蒙をやっている中で、一つ騒音の問題があるんですけど、例えば街ぐるみで音を許容してもらえる場所を見つけ出せたら、我々が行っているイベントを通して貢献できると思います。
例えば、スクランブル交差点付近がダンスフロアになるとか。
ここなら音の問題もないですしね。
同じ渋谷区でも恵比寿でやると住民の方々に迷惑がかかる。
きちんと対話しながら、渋谷らしいアイデアを考えていきたいです。」
なぜ渋谷に夜の観光大使が誕生したのか?
ナイトエコノミー、世界都市、風営法。
様々な背景があったのだと判明した一方で、渋谷新聞的に思ったことがある。
今、ナイトカルチャーに関して、行政、商業事業者、住民、観光客、警察と夜に関係する全ての人々による未来志向の対話を始めていくことが求められているのではないかと。
日本で東京で、そしてどこよりも先ず渋谷から始めるべきなのだろう。
その対話の中心に立つのが世界的にはナイトメイヤーであり、
ここ渋谷では、ナイトアンバサダーなのだろうと。
<取材協力>
Zeebra
クラブとクラブカルチャーを守る会会長/渋谷区観光大使ナイトアンバサダー/ヒップホップアーティスト
1971年東京生まれ。
伝説と化したヒップホップグループ「KING GIDDRA」のフロントマンとして名を馳せ、日本語におけるラップを新たな次元へと引き上げ、ヒップホップ・シーンの拡大に貢献した立役者。
97年のソロ・デビューから常にトップの座に君臨し続け、カリスマ的存在となっている。
2014年、「クラブとクラブカルチャーを守る会」会長に就任。
風営法改正、ナイト・エンターテイメントの未来作りに尽力する。
2016年、渋谷区の観光大使ナイトアンバサダーに就任。
4/23にアムステルダムで行われる世界ナイト・メイヤー・サミットに登壇。
Darthreider a.k.a Rei Wordup
1977年フランス、パリ生まれ。東京大学中退。
90年代からヒップホップ・ミュージシャンとして活動、メジャー、インディーズ問わず多岐に渡って作品を発表してきた。現在は鎖GROUPに所属。
2009年に脳梗塞で倒れ、左目を失明するも復活。
DJ、ミュージシャンによる団体、クラブとクラブカルチャーを守る会では広報を担当。高校生ラップ選手権公式レフェリー、DMC JAPAN FINALのMCなど出演イベント多数。
ドラム、ベース、ヴォーカルの3ピースバンドTHE BASSONS(ザ・ベーソンズ)を結成し、2016年アルバム「WE ARE THE BASSONS」を発表し、高評価を得ている。
CCCC(クラブとクラブカルチャーを守る会)
http://clubccc.org/
NIGHT MAYOR SUMMIT 2016
official HP
レノボpresents「シブハル」
http://shibuya.lenovo-active.com/
渋谷区観光協会
http://play-shibuya.com/