インカ帝国軍は下級兵が上級兵をみこしでかつぎ、棍棒や石器で戦った。一方のピサロの部隊は、馬にまたがり、鋼鉄製の刀剣で戦った。スペインの部隊の勝利には、この技術力の差に加え、2つの大きな要因が関わっていた。
第1に、インカ帝国は文字を持たなかった。一方、ヨーロッパでは古くから文字が使われ、文字情報が記された紙(つまり書物)から多くの物事を学ぶことができた。このため、ピサロの部隊は事前にインカ帝国軍の戦い方を知っていた。
コロンブスによるアメリカ大陸発見以後、多くのスペイン人がアメリカ大陸に渡り、そこで見聞きした事実を文字に記し、ヨーロッパに紹介していたのだ。この情報にもとづいて、ピサロは約200人の部隊でインカ帝国軍に勝利する作戦をたてることができた。
第2の要因は、ダイヤモンドの本のタイトルにもある「病原菌」だ。スペイン人はアメリカ大陸にさまざまな病原菌を持ち込んだ。このためインカ帝国では疫病が流行し、皇帝と皇太子が次々に他界し、内戦が起きた。人口も減少し、スペイン軍と戦う前にすでに国力が低下していた。最後の皇帝アタワルパは、30歳の若さで皇帝の座につき、わずか1年でピサロに敗れ処刑された。
これも農業の「副産物」だった
ダイヤモンドはこれらの直接的な答えに加え、進化学的アプローチを念頭に置いて、より究極的な問いをたてた。
「なぜ人類社会の歴史は、それぞれの大陸によって異なる経路をたどって発展したのだろうか?」
ヨーロッパの人たちが世界に先駆けて産業革命を起こし、近代化した、そのルーツをたどると、メソポタミアで約1万1000年前に開始された農業に行きつく。
メソポタミアにおけるオオムギの栽培化は、中国におけるイネの栽培化(約9000年前)に先立つ。このわずかな差に加え、メソポタミアにはウシ、ヤギ、ヒツジの原種が棲息しており、メソポタミアの人たちはこれらを家畜化することができた。
ウシは動力源としてさまざまな工事を可能にしたし、ヤギやヒツジはタンパク質に富む食糧の安定供給を可能にした。この地理的条件の優位さが、メソポタミアにおける世界で最古の農業文明の発展を可能にした主要因だ。
これが上記の「究極的な問い」に対するダイヤモンドの答えだ。ヨーロッパの人たちは決して遺伝的に優れていたのではなく、メソポタミアにおける自然の恵みのおかげで、世界で初めての農業(しかも牧畜をともなう農業)を発展させることができた。
そして農業が人口増加を可能にし、階層的な社会を生み出し、治安を安定させ、科学技術や芸術を発展させる礎を築いた。そして、その副産物が病原菌だ。ヒトに感染する多くの病原菌は、家畜由来である。このため、家畜をほとんど持たなかったインカ帝国の人たちは、ヨーロッパから持ち込まれた病原菌に対する抵抗力が弱かったのだ。
産業革命は知的能力を進化させたのか?
ダイヤモンドは人道主義者だ。彼は『銃・病原菌・鉄』を書くことで、しばしば「白人」と呼ばれる「ユーラシア大陸系民族と、そのアメリカ大陸への移民を祖先とする民族」にある、自分たちの民族への優越感と他の民族への差別意識に根拠がないことを論証したかった。
彼の論証は根拠に基づく緻密なものであり、ほぼ納得がいくが、その後の研究の進歩をもとに修正を必要とする点もある。