成立へ 衆院委可決、禁止規定盛らず
特定の人種や民族に対し差別的言動を街頭などで繰り返すヘイトスピーチの対策法案について、衆院法務委員会は20日、全会一致で可決した。今国会で成立する見通し。罰則や禁止規定がなく、実効性を疑問視する声もあるが、国や地方自治体は具体的な対策の検討を始めている。
「禁止規定を設けると公権力が(表現について)良い悪いと判断をすることになる」。この日の衆院法務委で、西田昌司参院議員(自民)は、罰則などがない理念法となった経緯を説明した。自民、公明が4月に提出した法案を巡っては、野党側は禁止規定を盛り込むべきだなどと主張したが、最終的に憲法の「表現の自由」との兼ね合いから「不当な差別的言動は許されない」と宣言することで一致をみた。
法務省の調査によると、ヘイトデモは2012年4月〜15年9月の間に全国で計1152件が確認されており「沈静化したとは言えない状況」にある。
そのため、デモが続いた自治体は成立の動きを注視。川崎市の福田紀彦市長は17日の記者会見で「(成立すれば)一歩前進だ」と話した。市はデモのスタート地点となる公園の利用を許可してきたが、法案の趣旨を踏まえて具体的な対策の検討を始めた。
4年後に東京五輪開催を控える東京都。オリンピック憲章は人種や宗教、国や出自などを理由とする差別を明確に禁じており、対応が迫られる。都の担当者は「国と連携し、どうすれば防げるか検討したい」と話した。
一方、衆院の審議で対応を問われた警察庁幹部は「成立した際には全国の警察に法の趣旨を踏まえた対応について通達することを考えている」と答えた。【鈴木一生、岸達也】
「差別根絶を」川崎の中学生
「国が法律を作って守ってくれるのはとてもうれしい」。国会議員に対策立法を要望してきた川崎市の中学2年、中根寧生(ねお)さん(13)は成立の流れを喜んだ。
父は日本人、地域の多文化交流施設で働く母は在日3世。日本、朝鮮半島、フィリピンなど多様な出身の友人と共に育った地域と、異文化の懸け橋として働く母が自慢だ。ところが、2013年5月から、市内で差別を扇動するヘイトデモが繰り返されるようになった。「話し合えば分かり合える」と信じ、路上で「やめて」と叫んだが、止まらない。市長に手紙で防止を訴えたが、返事は「現行の法令で対処することが難しい」。そこで、母や仲間と3万人以上の対策を求める署名を集めた。
3月、市内を訪れた国会議員10人に「法律を作って助けてください」と思いをぶつけた。支援を表明してくれた与党議員もおり、ほどなく自民、公明が法案を提出した。
当初は顔や名前を明かすことに不安もあったが、一緒に「差別は嫌だ」と憤ってくれる友人たちが力を与えてくれた。「法律をきっかけに誰に対しての差別も根絶してほしい」と話し、ヘイトデモがなくなる日を願った。【林田七恵、後藤由耶】
<法案の主な内容>
・保護対象は適法に居住する日本以外の出身者やその子孫
・ヘイトスピーチを、地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動などと定義
・国には差別的な言動の解消に取り組む責務を、地方自治体には努力義務を規定