台湾の蔡新政権 中国は圧力より対話を
台湾の蔡英文(さいえいぶん)氏が総統に就任し、8年ぶりの民進党政権が発足した。初の女性総統となった蔡氏は就任演説で中国が求める「一つの中国」の原則の確認を避けながらも、一定の配慮を見せ、対話推進に前向きな姿勢を示した。中国も圧力ではなく、対話で応えるべきだ。
台湾では8年にわたる馬英九(ばえいきゅう)政権下で中国との交流が急速に進んだことに警戒感が高まり、政権交代に結びついた。中国は「独立綱領」を持つ民進党政権を警戒し、1992年に中台対話が始まった際、中台は一体という「一つの中国」原則を確認したと主張し、「92年合意という歴史的事実を認めよ」と迫っていた。
蔡氏の出方が注目されたが、演説内容を見る限り、現実的な対応を示したといえる。「92年合意」や「一つの中国」に触れなかったものの、否定もせず、92年の会談で「若干の共通の認知と了解があった」という「歴史的事実」の尊重を表明した。92年合意はなかったというのが民進党の公式見解だ。同党支持層が中国への譲歩を嫌うことを考えても中国に対する最大限の配慮といえる。
蔡氏はまた、台湾の現行憲法(中華民国憲法)に基づいて中台関係を処理するとも述べた。憲法は「一つの中国」を前提に制定されたもので、「一つの中国」を容認する発言と中国側が解釈することも可能だ。
民進党には陳水扁(ちんすいへん)政権(00〜08年)が急進的な政策を打ち出し、中国だけでなく、米国からも「トラブルメーカー」と位置づけられた苦い経験がある。蔡氏は陳政権の教訓を意識したのだろう。
中国は3月に馬政権時代の「政治休戦」を覆して、かつて台湾と外交関係を持っていた西アフリカのガンビアとの国交を回復するなど圧力を強めてきた。中国から台湾への観光客も制限しているといわれる。
しかし、中国の力の誇示は「台湾人」のアイデンティティーを強め、中国との距離を広げる結果につながってきた。今や中国との統一を求める世論が少数派となった現実を見つめるべきだ。蔡政権が現状維持を目指す方針を明確にしたのだから、これを認め、対話路線に切り替えるのが上策だろう。
日米は台湾独立を支持せず、「一つの中国」政策を堅持すると表明しているが、今後、中国が台湾にどんな姿勢を示すかは習近平(しゅうきんぺい)体制の体質や対外戦略を見極める重要な判断材料だ。
蔡氏は行政院長(首相)など要職を務めた謝長廷(しゃちょうてい)氏を駐日代表に起用し、対日関係重視の姿勢を示している。日台間には経済、文化など緊密な交流がある。中台関係の安定を願いつつ、実務的な関係強化を進めていきたい。