中国と台湾の関係は、アジアの平和と安定を考える上で鍵をにぎる問題の一つである。

 きのう台湾の新総統に就いた蔡英文(ツァイインウェン)氏(59)が、亜熱帯の陽光のもと、総統府前広場で演説し、対中関係を語った。

 蔡氏は、過去を踏まえ、安定的な発展を進めると誓った。つまり、現状維持の宣言である。穏当な姿勢を歓迎したい。

 中台関係は複雑であり、慎重な対応を要する。中国は台湾を自国の一部とみなし、祖国統一をめざしている。いわゆる「一つの中国」の原則である。

 台湾では二大政党のうち、国民党は「中華人民共和国」ではなく「中華民国」として「一つの中国」を認める。一方、蔡氏ら民進党は「台湾は中国とは別の国家」とし、この原則を認めない。

 そこで中国側は「92年コンセンサス」を蔡氏に突きつけた。1992年に中台の交渉当事者間で「一つの中国」を確認したとされるやりとりを指し、その受け入れを求めた。

 演説で蔡氏は「92年コンセンサス」という言葉は使わなかった。その代わり、92年に「若干の共同認知と了解に至った。これは歴史の事実」と述べた。

 中国側は不満が残るかもしれない。だが、蔡氏は台湾独立をめぐる自党の立場表明も抑えている。最大限の歩み寄りを図ったと評価すべきだろう。

 台湾住民の多くは、中国との交流を重視する一方、台湾としての主体性も大事にする。だから、統一か独立かは遠い将来の課題とし、現状維持が最適と考えている。

 蔡氏の演説は、そうした民意のバランス感覚を誠実にくみ取ったものといえる。

 中台関係の現状維持は、周辺国にとっても安心材料だ。台湾は沖縄や尖閣諸島に近く、スプラトリー(南沙)諸島で最大の自然島を実効支配している。東シナ海と南シナ海の安定に欠かせない存在であり、日本の安全保障に直結する。

 蔡氏は演説で、東・南シナ海問題について「争いを棚上げして共同開発を」と、冷静な対応を求めた。その訴えを、中国は真剣に受け止めるべきだろう。現状変更を志向しているのは、海軍力を強化し、岩礁を埋め立てる中国のほうだからだ。

 日本と台湾との間では、前政権下で投資協定、租税協定、漁業協定といった成果が積み重ねられた。経済面は補完関係が強く、高齢化、多発する自然災害、原発問題など共通課題も多い。蔡政権のもとで日台協力がさらに進むよう期待したい。