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”お前は黙って見ていろ”『ボーダーライン』

映画


『ボーダーライン』予告

 ドゥニ・ヴィルヌーブ監督作!

 肥大化するメキシコの麻薬カルテルは、アメリカの国境をも超えて猛威を振るっていた。FBI捜査官のケイトは国防総省の特別部隊に選抜され、メキシコへと送り込まれる。だが、謎のコロンビア人との共同作戦は内容さえも知らされない異常な状況で進められ、平然と法が無視される。反発するケイトだったが……。

 これはかなり前から楽しみにしていた映画。オープニング、エミリー・ブラント以下のFBIが踏み込んだ麻薬組織のアジトは……この世の地獄じゃあああああ! 反撃をねじ伏せ全員逮捕&射殺を決めて速やかに制圧。しかし壁を掘ったら死体が出るわ出るわ。メキシコとの国境沿いの町で、「麻薬戦争」の犠牲者がここにもこれほど……。ビジュアルもなかなかショッキング。さらに、ガレージの倉庫に爆弾が仕掛けられていて、開けようとした警官がドカンと吹き飛ばされた!

 まあこの冒頭が緊張感も映像も素晴らしく、期待値が急上昇。しかしまだこれは序章に過ぎず、メキシコに乗り込むことになったエミリー・ブラントがこれ以上の地獄を見せられることになるんだろう、とワクワク感が止まりません。
 が、映画はそういう実録地獄めぐりみたいな展開になりそうで、なぜかならない。国防総省の麻薬戦争対策班にスカウトされ、現地で早速銃撃戦! なのだが、状況がわからぬままバタバタと巻き込まれている緊迫感は嫌という程味わえるものの、渦中にいるという感覚に乏しい。
 サンダル履きのジョシュ・ブローリンと、謎の男ベニチオ・デル・トロ率いるチームにくっついて回るエミリー・ブラントだが、作戦の内実には一切タッチさせてもらえず、終始、唐突に起きる事態を唖然としながら傍観させられる役回り
 一人称の小説ならそれでも十二分に成立したろうが、この実は主役じゃない「語り手」ポジション、映画ではかなり分が悪い。別に語り口がまずくてそういうことになっているからではなく、彼女を徹頭徹尾、現場にいながら「蚊帳の外」に置くのが実は肝なので、予定された演出なのである。が、それで面白いかというとまた別の話になってくるわけで……。

 チームの先輩がバタバタと倒れ自分が陣頭指揮を取るような『ゼロ・ダーク・サーティ』のような展開にはまったくならず、上は最後まで秘密主義。ジョシュ・ブローリンが訳知り顔で偉そうにしてると無性に腹たつが、エミリー・ブラントは非合法な作戦に終始振り回されて無力さを突きつけられる。ことほどにメキシコ麻薬戦争の闇は深いのだ……!ということなのだろうが、どっちかというと組織の閉塞感や理不尽さを突きつけられているようで、少々話がずれて感じられてしまったわ。

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 その一方で実は非合法なことを裏でしっかりやっているある種の柔軟さがあり、その象徴がベニチオ・デル・トロ。誰が主役なのかというと原題の「シカリオ」訳して狩人とは彼のことなのね。終盤は『狼よさらば』的なポエティックさまでが漂い、すげえフィクション的格好良さが際立ってくる。実録物というよりは、このスタイリッシュさこそを描きたかった映画なのだな。なんでもシリーズ化するそうで、次こそはエミリー・ブラントも活躍させてあげてください!

 相変わらずチーム・ドゥニヌーブの撮影と音楽は最高で、空撮で撮ったメキシコの大地の乾きっぷりは、遠景なのか地面を接写してるのか区別がつかんぐらいだ。またアメリカから国境を越えるあたりの転換も印象的。

 話に入り込みづらく、少々期待はずれであったがまずまず良かった。まあしかしドゥニヌーブさんは戯曲やミステリの映画化の方が向いてるように思うね。
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