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三章 ダイジェスト
冬も終わりに差し掛かり、ハンス達が住む街も春を迎えようとしていた。
春というのは、農家にとって特別な季節である。
作付け、種まきを始める季節だからだ。
この時期になると、国中のそこかしこで春祭りが開かれ始める。
春の訪れを祝い、豊作を願い、種苗の取引なども行われるその祭りは、とても大切な祭事であった。
周囲にいくつもの農村を抱えるハンス達の街でも、春祭りは盛大に行われる。
ケンイチ、キョウジ、ミツバ、コウシロウ、イツカの五人の日本人達も、祭りをとても楽しみにしていた。
日本人というのは、基本的にお祭りが大好きな人種なのだ。
段々と祭りの準備が始まる中、街の顔役達からキョウジとコウシロウにある依頼が出された。
春祭りに、新しい遊戯と、食べ物の出店を考えてくれというのだ。
勿論、二人はコレを快諾。
それぞれに、準備を始めるのだった。
ハンスの下に、ロックハンマー侯爵から定期連絡が入った。
いつもどおりの業務確認と、特別な指示が二つ。
一つは、数ヶ月前ハンス達の街を攻撃しようとしていた、隣国の実験部隊の隊長。
セルジュ・スライプスの身柄を、中央の兵士に引き渡す際の立会いを命令するもの。
もう一つは、その引渡しの際、万が一の事件が起きないように、コウシロウに千里眼での監視を要請するものだった。
最初のものは、地方騎士であり、実験部隊討伐の現場指揮を執ったハンスに対する、当然の命令だろう。
問題は、次のコウシロウへの要請だ。
国に所属していない、強力な力を持つ第三勢力。
それが、現在の日本人達の立ち居地だ。
敵対はしていないが、積極的に国に協力しているわけでも無い彼等が、どの程度の「お願い」を聞いてくれるのか。
領地と民の命を預かるロックハンマー侯爵にとっては、大きな関心事だろう。
「しっかし、こう来ると断れんだろうと思うんだがなぁ、普通。お願い、といっても強制に近いぞ」
「国防に関わる事でも有りますから。コウシロウ殿は、その辺りは了解してくださると思いますが」
若い頃の仕事もあってから、コウシロウはそういった物事に聡い。
ハンスに応えたレインの言葉通り、事情を了解して手伝ってくれるだろう。
一仕事では有るが、なにか大きな事件に関わるわけでもない。
「まあ、どうにかなるだろう。別になにかあるわけでもないし、今回は単なる立会いだからな。何も起きんさ」
無論、何も起きないはずがない。
また思いもかげない面倒ごとに巻き込まれる事になるのだが。
このときのハンスはそのことを、知る由も無かったのである。
ここの所ストレスがたまっていた事もあってか、キョウジは自重無しでお祭りの準備を進めていた。
なよっとしていても江戸っ子の血が流れているらしく、キョウジもお祭りは大好きなのだ。
キョウジには、治療師として得た沢山のコネ。
そして、便利なダンジョンマスターのイツカという知人が居た。
それらをフルに活用し、大掛かりな装置を作り上げたのだ。
輪投げ、もぐら叩き。
さらにはゴーレムを使った的当て。
すべてにダンジョンマスター能力を使った、特別製のものばかりだ。
コウシロウのほうも、順調に祭り用の新作料理を完成させていた。
揚げ物に、粉モノ料理。
生地にオカズを挟んだものなど、お祭りの定番に一ひねり加えたものばかりだ。
料理人であるコウシロウには簡単な仕事、かに思われた新作料理開発だったが、当人は案外苦戦している様子であった。
丁寧な仕事を身上とするコウシロウにとって、大雑把でダイナミックなお祭り出店料理は、殆ど初めて挑戦するものだったからだ。
それでも何とかレシピを、それも数種類作り上げたのは、流石の一言だろう。
ハンスや日本人達が、いろいろな事情でわらわら動いてる頃。
新たな日本人がハンス達の世界へとやって来ていた。
彼女の名前は、「トバリ・ムツキ」。
数年前に三十の声を聞いた、「乙女ゲーやりすぎたり恋愛小説読みすぎたりして現実生活に支障をきたしちゃってる拗らせ系女子」である。
森に落ちた彼女は、行き倒れになっているところをゴブリン達に保護された。
が。
ビジュアルで相手を判断しちゃう系女子だったムツキは、ゴブリン達のアレなビジュアルを見て
(犯されるっ! きっと、いえ、絶対ひどいことされるのよっ! なんか理性的な人間っぽい喋り方をしているのは、私を油断させるためなんだわっ! 絶対にそうよっ! だってゴブリンなんですものっ!)
という非常にアレな独自の解釈にたどり着き、吹き飛ばしたのだ。
豪快に魔法をぶっ放した彼女の能力。
それは「一般魔法究極適性」というものだった。
千里眼や遠話など、特殊なもので無い魔法を全て使いこなせるというその能力は、ハンス達の世界では驚異的なものだ。
一方的な思い込みでゴブリン達の集落を破壊したムツキは、女の子走りで森の中を駆け抜けた。
身体強化魔法も使える彼女には、軽い物である。
逃げ惑う中、ムツキはとある人物達と出会った。
ハンス達の街に向かう途中の、セヴェリジェ・コールストだ。
予想外の出会いに、両者は大きく戸惑う事になるのであった。
なぜ、セヴェリジェ達はハンス達の街に向かっていたのか。
それは、ハンス不在の街で、日本人達を見張るためであった。
日本人達を今現在まとめているのは、ハンスだ。
ハンスが長期間日本人達から遠く離れるというのは、今までなかった状況である。
そうなった場合、日本人達がどんな行動に出るかは、ロックハンマー侯爵達にとっての不安事項の一つだった。
ハンスというある種のお目付け役が居なくなったからといって、すぐさま彼等が暴れるとは思わない。
だが、警戒するに越した事は無いだろう。
そのために、セヴェリジェは魔法を使うことが出来る、精鋭の兵士を率いてハンス達の街を目指していたのである。
そして、その途中。
ムツキと出会うことになったのだ。
セヴェリジェを前にしたムツキは、とてつもなく動揺していた。
なんとセヴェリジェは、ムツキがプレイしていた乙女ゲーの登場人物そのものの姿だったのだ。
乙女ゲー自体は学園が舞台なので、すでに卒業済みのセヴェリジェは、物語の後の姿ということになる。
それでも、ムツキにとってこの出会いは衝撃そのものだった。
それもそのはず。
ムツキはその乙女ゲーを心から愛しており、一番の推しキャラがセヴェリジェだったのだ。
突然降って湧いたり想の男子を前に「頭がフットーしそうだよおっっ 」状態に陥るムツキ。
限界寸前の思考でなんとか導き出したのは、変な子だと思われないため、怪しまれないためのカモフラージュをしなければということだった。
ムツキは、自分が記憶喪失だ、ということにしたのである。
彼女は、ゴブリンを見た時点で、ここは異世界であると確信していた。
突然異世界から来たとか言い出したら、確かに頭がおかしいと思われるだろう。
だが。
残念ながらこの世界にはすでに、複数の日本人が生息していたのだ。
記憶がないと語るムツキの外見的特長を見て、セヴェリジェはすぐにある恐れを抱いた。
こいつ、日本人なんじゃないか。
放って置くのも危険だと判断したセヴェリジェは、その場で隊を二つに分け、一つはそのままハンスたちの街へ。
もう一つ、自分が直接指揮するものは、ムツキを連れてロックハンマー侯爵領主館へと戻ることにした。
内心アッパーなテンションになるムツキと、日本人かもしれないという爆弾を抱えた人物を護衛する緊張感に苛まれるセヴェリジェ達。
相反する心情の両者は、一路目的地へと急ぐのだった。
ロックハンマー侯爵領主館を目指し、空を行くものがあった。
木で出来た箱舟にガラス窓をはめ込んだようなそれは、キョウジがプロデュースした新作乗り物「鳥カゴ」である。
コネで作ってもらった船体を、ケンイチの部下である鳥型魔獣に引かせるそれは、快適な空の旅のお役立ちアイテムだ。
乗り込んでいるのは、ハンス。
そして、コウシロウであった。
ロックハンマー侯爵からの要請を、コウシロウは快諾していたのだ。
旅程は順調そのもの。
しかし、その順調さがかえって不気味で、ハンスは道中気が気ではなかった。
そして、その予感は見事に的中する。
領主館に着いたハンス達は、セヴェリジェが日本人らしき人物を保護したという知らせを受けることに成ったのだ。
鳥カゴの移動速度はとても速く、ハンス達はセヴェリジェ達よりもはやく領主館に到着していた。
ハンス達はセルジュの引渡しにかかわる仕事をこなしつつ、到着を待つことに。
すさまじく後ろ髪を引かれつつも、ハンスは任された仕事を淡々とこなすのであった。
日本人らしき人物登場の知らせを受けたケンイチ、キョウジ、ミツバ、イツカの四人は、レインの声掛けで会議を開いた。
ムツキの言動などから、日本人かどうかを検討するためである。
結論は、「おそらく日本人だろう」というものだった。
無意識のうちにムツキは「ゲーム」とかそういう単語を漏らしていたのだ。
セヴェリジェはそれらの呟きを聞き逃していなかったのである。
それらの情報があれば、ムツキの考えを読むのは簡単だ。
日本人がすでに何名もこの世界に来ているということを伝え、事情を説明するのが手っ取り早い。
キョウジを中心に出したその答えを、セヴェリジェはすぐに実行に移す。
状況を知ったムツキは、自分が日本人であると打ち明けた。
そして、自分の能力も、セヴェリジェに教えたのである。
無事に領主館に到着したムツキであったが、ハンスとコウシロウはセルジュ引渡しにかかわる仕事で不在であった。
本来であれば同じ日本人であるコウシロウと、ほぼ日本人担当になっているハンスが交渉に当たる予定だったのだが、いないものは仕方がない。
ロックハンマー侯爵が直々に説明にあたることになったのだが、ここで悲劇が起きた。
その外見から、ロックハンマー侯爵を悪役的なアレだと勘違いしたムツキが、魔法をぶっ放したのである。
ムツキの能力を抑えるため、魔法封じの手かせをしていたのも、誤解に拍車を掛けたらしい。
侯爵閣下に対する魔法攻撃など、即殺されても文句が言えないような重罪だ。
だが、ムツキは能力を使い、その場を逃亡。
魔法を駆使したその逃走速度は、とても人間の追いつけるものではなかった。
報せを受けて急ぎ戻ったハンスを待ち受けていたのは、ぼろぼろになった庭園と、優雅にお茶を飲むロックハンマー侯爵であった。
ロックハンマー侯爵がハンスに出した指示は、驚くべきものだった。
急ぎムツキを追いかけ、無事に捕まえろというのである。
突然知らない世界に来たことで動転していたのだろう、と、ムツキの蛮行を許したのだ。
侯爵は見た目もでかいが、器はそれ以上にでかい男だった。
なぜハンスにその指示が出されたかといえば、理由は簡単。
“魔術師殺し”のハンス・スエラーの二つ名が示すように、ハンスは対魔法使い戦闘のスペシャリストなのだ。
しかし、ムツキの速度に追いつくのは簡単ではない。
そこで用意されていたのは、ケンイチの部下、四天王の一人。
アースドラゴンであった。
領主館に近づいてくるアースドラゴンの姿を見たハンスは、あまりの胃痛でのた打ち回りたくなるのを、必死で我慢するのであった。
逃げ出したムツキは、ハンス達の街をめざしていた。
領主館で分かれたセヴェリジェが、そこに向かっていると聞いていたからである。
さらにいえば、自分以外の日本人達もそこにいるという。
恐ろしく自己チューの論理展開で「日本人達はあのデブ貴族に辺境に追いやられているに違いない。なら、私が助けに行ってあのデブ貴族を倒そう!」という恐ろしい結論に達したムツキに、迷いはなかった。
幸い、領主館がある街からハンス達の街までは、一本道だ。
軽快に走り抜けるムツキ。
その前に、予想外の物体が立ちはだかった。
神輿と、それを担ぐハッピ姿のゴブリン達。
そして。
神輿の上に仁王立ちする、ミツバの姿だ。
「くをらぁああああああ!! 自分はぁあああ!! お前に一言ぉおおお! ものもぉおおおおすっ! っす!!」
ミツバは激怒していた。
必ず、目の前のアホガールを反省させなければならぬと決意した。
ミツバには政治も、法律も、貴族社会のあれこれも分からない。
だが、一つだけはっきりと分かる事があった。
こいつのせいで、ミツバはお祭りにいけなくなるかもしれないのだ。
そう。
街はいま、春祭りの準備の真っ最中なのだ。
ムツキ対策のせいで駆り出されたら、お祭りでの買い食い計画が台無しなのである。
圧倒的熱量で、ミツバの癖に正論で押していくその姿は、見るものにお前が言うな感を植えるけるものであった。
だが、足止めには有効であったらしい。
「アホにはアホをぶつけて見るのも、時には有効な手段です」
レインの言葉通り、見事に足止めは成功。
ついに、真打が登場することになる。
高高度を超高速で、剥き身で飛ぶという荒行を、強化魔法のおかげで何とか切り抜けたハンスが到着したのだ。
いくら圧倒的な魔法の力を持っていようと、それを使うムツキは所詮素人。
ハンスにとってもれば、赤子も同然であった。
大量の魔法をぶっ放し、散々手を焼かせたものの、ムツキは無事捕縛されたのであった。
つかまったムツキは、イツカのダンジョンに幽閉されることとなった。
魔法封じのトラップをたっぷりと仕掛けた牢屋に、閉じ込められることと成ったのだ。
命はとられなかったものの、罰則は「禁固五百年」。
大貴族に魔法をぶっ放した代償としては、比較的軽いものだろう。
ハンス達の街での春祭りは、無事開催されることとなった。
実行委員のテントの中で、ハンスは事情聴取を終えたキョウジからの報告を受ける。
同じ日本人のキョウジのほうが、事情を把握しやすいだろう、と考えてのことであった。
「つまり、ムツキさんと僕達が来た世界は、また違う異世界らしいんですよ」
キョウジの報告は、驚くべきものだった。
ムツキが居た日本と、ケンイチ達が居た日本は、別の日本。
つまり、パラレルワールドではないか、というのだ。
いくつかの事件、事象、時系列などが、微妙に合っていないというのが、そう判断する理由だという。
キョウジとしてみれば、これは起こるべくして起こった変化なのだとか。
なにしろ、今まで全員が全員同じ世界から来ていたのだ。
違うところからくる恐れもあるのではないか、とにらんでいたのだという。
「しかし。それが正しいとなると。不気味な想像をしてしまうな。キョウジ達の世界から五人、ということは……」
「ええ。ムツキさんの世界からも、あと四人。とか」
二人はどちらとも無く笑い声を上げると、ほぼ同時に深いため息を吐いた。
そんな二人の下に、日本人達や、四天王、レインたちが集まってくる。
楽しそうな彼らを見て、ハンスはほっと微笑を浮かべ……響き渡る轟音に凍りついた。
空を見上げれば、大輪の光の花が咲いていたのだ。
おそらく魔法で作られたと思しきそれは、ケンイチの牧場の方向から打ち上げられている。
ちなみに、今現在ムツキを見張っているのは、ミツバとイツカだ。
花火のような現象を起こせる魔法は、ハンスの世界に存在している。
だが、それを出来るようなものは街の住民にはいない。
火薬の花火もあるにはあるが、突然用意できるものではないだろう。
そうかんがえれば、答えはひとつしかないだろう。
アホ二人が、ムツキに花火を打たせているのだ。
混乱が起きるかと思いきや、町の住民たちは花火を楽しんでいた。
日本人達の日ごろの奇行で、こういう事態に慣れきっていたのだ。
ハンスは頭を抱えると、ふかいふかいためいきをついた。
「頼むから、もうなにも起きないでくれ……」
勿論、そんな願いが叶うわけもない。
ハンスの受難は、まだまだ続くのである。

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