野村克也は病気が癒えたようで、発言が聞こえてくるようになった。先日、珍しくも張本勲を批判したという。
7月13日の横浜DeNA対巨人戦の副音声に登場した野村克也は、「朝のテレビで色々選手批判をしてるけど、彼は選手批判をする資格ないですよ。彼と同じ世代をやった人間としてね、彼の談話を聞いてると、お前人の事を言えるのか?とテレビに向かって文句言ってる」と言ったという。
最近の野村はリップサービスが多い。自分の発言の価値を知って「野村だから許される暴言」を吐く。この話も、話題になることを十分にわかってしゃべっている。
その点では「サンデーモーニング」の張本勲も同じだ。
三浦知良が久々に得点を挙げたときに「引退勧告」をし、J2を「二軍」と呼んだのもそうだし、ワールドカップで準優勝になった「なでしこジャパン」を「スポーツでは2番は意味がないんですよ」と言ったのもそうだ。
本当のところは張本勲は、サッカーにはほとんど興味がないし、知識もないと思われる。しかし、そういえば世間が騒ぐことが分かったのでそうしているのだ。
もう少し詳しく言えば「世間は大騒ぎするが、張本を排除しようとは思わない」ことが分かったのだ。
瀬踏みして溺れないことが分かったから、どんどん深みに入ってくる。最近は、今週はどんな問題発言をするか、考えている様な節がある。
そのあとの騒動もおいしい。三浦カズと和解のやり取りが合ったり、サッカーファンの土田晃之が非難してみたり。
間違いなく「サンデーモーニング」のあのコーナーは、各スポーツメディアにとって要チェックになっている。張本の発言で一本記事が書けるからだ。
TBSにとってもおいしいのだろう。
そして野村克也の発言も、メディアの要チェックになっているはずだ。
彼も、大物の上に、危ない発言をするからだ。
先日は、DeNAの筒香嘉智を「好きなタイプの選手じゃない。だって頭を使ってないでしょ」とバッサリ切って捨てた。大御所にそういわれては返す言葉もない。
80歳の野村克也、75歳の張本勲は、こういう発言をすることによって今も、メディアでの存在感を維持している。
それは結構なことだが、この2人は「野球解説」と言う仕事を何と心得ているのかと思う。
野村克也の恩師の鶴岡一人は、解説者の心得として
「結果論は言わない」
「批評とは人を励ますことである」
「チームの財産である選手を傷つけない」
と言った。
厳しいことも口にするが、鶴岡は「その選手のためを思って言っている」ことがはっきりわかった。
大物風を吹かして選手を見下すことはなかったし、ましてや選手をだしにして、自分を売ったりすることはなかった。
2人は、いつのまにか、これまでの輝かしい実績によって身にまとっていた「風格」や「品位」を失っている。やすもんの「じじいタレント」に堕している。
野村が張本をけなすのは、「目くそ、鼻くそ」だ。
これ以上やれば、晩節を汚す。いい歳をして、世間に媚びるのはそろそろやめた方がいい。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
1981年西本聖、全登板成績【気迫のピッチングが身を結んだ沢村賞】


最近の野村はリップサービスが多い。自分の発言の価値を知って「野村だから許される暴言」を吐く。この話も、話題になることを十分にわかってしゃべっている。
その点では「サンデーモーニング」の張本勲も同じだ。
三浦知良が久々に得点を挙げたときに「引退勧告」をし、J2を「二軍」と呼んだのもそうだし、ワールドカップで準優勝になった「なでしこジャパン」を「スポーツでは2番は意味がないんですよ」と言ったのもそうだ。
本当のところは張本勲は、サッカーにはほとんど興味がないし、知識もないと思われる。しかし、そういえば世間が騒ぐことが分かったのでそうしているのだ。
もう少し詳しく言えば「世間は大騒ぎするが、張本を排除しようとは思わない」ことが分かったのだ。
瀬踏みして溺れないことが分かったから、どんどん深みに入ってくる。最近は、今週はどんな問題発言をするか、考えている様な節がある。
そのあとの騒動もおいしい。三浦カズと和解のやり取りが合ったり、サッカーファンの土田晃之が非難してみたり。
間違いなく「サンデーモーニング」のあのコーナーは、各スポーツメディアにとって要チェックになっている。張本の発言で一本記事が書けるからだ。
TBSにとってもおいしいのだろう。
そして野村克也の発言も、メディアの要チェックになっているはずだ。
彼も、大物の上に、危ない発言をするからだ。
先日は、DeNAの筒香嘉智を「好きなタイプの選手じゃない。だって頭を使ってないでしょ」とバッサリ切って捨てた。大御所にそういわれては返す言葉もない。
80歳の野村克也、75歳の張本勲は、こういう発言をすることによって今も、メディアでの存在感を維持している。
それは結構なことだが、この2人は「野球解説」と言う仕事を何と心得ているのかと思う。
野村克也の恩師の鶴岡一人は、解説者の心得として
「結果論は言わない」
「批評とは人を励ますことである」
「チームの財産である選手を傷つけない」
と言った。
厳しいことも口にするが、鶴岡は「その選手のためを思って言っている」ことがはっきりわかった。
大物風を吹かして選手を見下すことはなかったし、ましてや選手をだしにして、自分を売ったりすることはなかった。
2人は、いつのまにか、これまでの輝かしい実績によって身にまとっていた「風格」や「品位」を失っている。やすもんの「じじいタレント」に堕している。
野村が張本をけなすのは、「目くそ、鼻くそ」だ。
これ以上やれば、晩節を汚す。いい歳をして、世間に媚びるのはそろそろやめた方がいい。
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1981年西本聖、全登板成績【気迫のピッチングが身を結んだ沢村賞】
「批評とは人を励ますことである」「チームの財産である選手を傷つけない」
プロ相手には徹底的な批判があってもよいと思います。