サウジアラビアの石油戦略として「シェールごときにマーケットシェアを奪われてたまるか!」という考えがありました。

そこで原油価格が下がった後でも、増産の手を緩めず、「シェールの息の根を止めるまで、徹底的に戦う!」ということを宣言したわけです。

しかし……

ここへきて風向きが変わってきています。

まず原油価格がかなり戻したということ。

そこでシェールの探索生産業者はいま将来の生産の分を先物市場でどんどん売りつないでいます。つまり30ドルではサバイバルできないけど、50ドルならカツカツだけど廃業する必要は無い……だからいまのうちに売っておこうというわけです。

これで殆どのシェール業者は2017年まで潰れる心配をしなくて良くなりました。

一方、サウジアラビアは5,870億ドルの外貨準備を持っていたわけですが、原油価格26ドルならそれが2年で全部無くなり、原油価格40ドルなら4年で払底、原油価格80ドルのシナリオで、ようやく2041年までおカネが続く……そういう状態なのです。

つまりサウジはシェール業者の高コスト体質(50ドル近辺じゃないと利益が出ない)を笑っている(一方サウジの直接生産コストは6ドル)けど、実際はサウジ政府と石油産業は勘定がごちゃまぜになっており、政府はメタボ体質なのでFailed Stateになる、つまり国家が破綻するのはサウジの方が早い(笑)わけです。

そこでサウジは「ビジョン2030」という大胆な経済改革プログラムを打ち出しました。

ここで読者の皆さんが理解しなければいけないことは、「ビジョン2030」が成功するためには、言い換えればサウジの財政立て直しが間に合うためには、原油価格は80ドルが必要だということです。

なぜなら現在、サウジは国家の歳入の大半を原油に頼っており、「ビジョン2030」で描かれたようなお花畑の世界観をはぐくんでゆくには、まず鉱業、化学、小売、金融などの産業に対する先行投資をする必要があるからです。

そのためには外資企業、海外のマネー、欧米のエンジニアや専門家や高スキル労働者をサウジに呼び寄せることが絶対に必要になります。そしてサウジの若者を教育し、スキルアップしなければいけないのです。

しかも……

こんにちサウジアラビアではお役所などの公職のお給料は民間より高いです。つまり魅力的な職は政府から「与えられるもの」であって、苦労してスキルを身につけ、しかもフツーより安いお給料で不安定な民間セクターで働こうなんて酔狂な若者は少ないわけで。

どっちにせよ、悠長な話という気がするのです。

また「ビジョン2030」が大成功した場合でも、根本的な税制改革は避けて通れません

ギャラップなどの世論調査では、国民の不満は高まっています。

サウジの場合、国民の50%がミレニアル世代以下の若者であり、人口動態は極めて若いです。つまり「アラブの春」がそうだったように、「爆発しやすい」わけです。

サウジの軍事費は国家予算の30%を占めています。これはとても高いし、国庫を圧迫しています。

するとサウジは「びた一文とも、無駄な遣い方は出来ない」と感じているわけです。サウジはスンニ派の思想を推進するために、数々の支援を行っています。その支援先はテロリストの場合もあります。それらの支援金が、どれだけ効率的なリターンをもたらしているかをチェックしながらスポンサーをし続ける必要があるのです。

サウジアラビアは、サウド家による一族支配であり、彼らはワッハービズムという回教の中のひとつのセクトです。

ワッハービズムはこんにちのサウジアラビア全土にもともと広がっていたのではなく、リヤドを中心とした、ごく一部だけに広がる考え方でした。

だからサウジアラビアの国民すべてがワッハービズムを信奉しているか? といえば、それはそうではありません。実際、大部分の油田地帯はシーア派居住地域です。

サウジアラビアの場合、警察権力や治安維持態勢が極めて強いため、ブリュッセルやパリで見られたようなテロを実行するのはむずかしいと思います。

でもシリアなどで活動してきたサウジ人の過激派がサウジ国内に舞い戻り、外国人の立場ではなく、国民の立場から政府転覆を狙うようなことを始めるリスクは、常に存在します。

つまりホームメードのジハード運動が拡大する可能性があるということです。

実際、ジハード派の攻撃は過去2年間で漸増傾向にあります。

サウジの南隣はイエメンですが、ここではシリアのような代理戦争が起きています。そのイエメンでは誰が最終的に勝利するということとは関係なく、あと10年で水が完全に枯渇すると言われています。つまり水が無くなり難民化した人々がサウジアラビアに流入することが予想されるのです。

このようにサウジは国境を固める必要があります。

しかしそれと同時にサウジアラビアは回教の聖地、メッカのある国です。生きている間に一回はメッカにお参りするというのが回教では重要です。だから外国からメッカへお参りに来る巡礼者をサウジアラビアが追い返すことは出来ません。その関係でメッカは常にジハード派の攻撃に晒されるリスクを抱えているのです。

このためサウジアラビアは海水淡水化やサーベイランスの技術を必要としていますが、これらの分野で世界で最も進んだ技術を持っているのはイスラエルです。犬猿の仲であるサウジとイスラエルは、つまりお互いを必要としているのです。

今日ここに書いてきたことは、いずれもカネのかかることです。実際、サウジが「ビジョン2030」に描いたような改革を実施するためには、前金として4兆ドルが必要になります。

それを調達するためにはサウジ・アラムコのIPOは絶対に失敗できないのです。

僕は引受けの仕事に携わっていたので、このへんの機微は良くわかるのですけど、来る日も来る日も原油価格が下がるような状況で、過去最大のIPOだったアリババの、さらに3倍も大きいディールが値決めに持ち込めるか? といえば、それはムリだと思います。

つまり値決めに持ち込み易い、「押せ押せムード」を演出することが、絶対に必要なのです。だから原油価格は上を見ています。

もちろん、「そうは問屋が卸さない」ケースもあるでしょう。つまり原油価格が下落し、サウジ・アラムコIPOが失敗に終わるリスクです。

原油に投資する投資家目線からは、それならそれで別にオッケーなのです。なぜなら冒頭で書いたように原油価格80ドルまで持っていけないのなら、いずれサウジ社会は爆発し、安定的な原油の供給は断たれると思うからです。


3