2016-05-19
タイを舞台にしたマンガとタイ文字について考えてみる
最近*1、マンガにタイ文字が書かれていることをよく見かけた。これをきっかけに日本の書籍、特にコミックにおけるタイ文字の扱いについて考えてみようと思う。
そもそものきっかけ「白竜 -LEGEND-」と「僕が私になるために」
雑誌は違うが、どちらも3月発売号でタイ文字がコマの中に現れた。まずは「白竜-LEGEND-」。漫画ゴラクの人気連載の1つらしいが、自分としては社会派問題をマクガフィンにしたヤクザマンガとしか認識していなかった。現在のシリーズは主人公格の一人の"前日譚"を描いたらしいもので、舞台がタイ。
東北地方(イサーン)の出身だったリュウが、人身売買で売られていった幼なじみを追いかけてバンコクにやってきたが、行方を追っているうちに覚醒剤所持で逮捕されてしまう。その関連で関わりのあった、タイに進出してきたヤクザにタイ人女性が「リュウは無実だ」と訴えるシーンが貼り付けたコマ。
「หลิวไม่ควรได้รับอนุญาตให้ออกจากมือไปอย่างแน่นอนสิ่งที่กระตุ้น」(リュウは絶対に覚醒剤(ヤーバー)なんかに手を出さないよ)
「เพราะหลิวเป็นสิ่งที่ส่วนใหญ่เกลียดยาบ้า」(だってリュウは一番ヤーバーを憎んでいるんだもの)
とある。
浅学のためこれがどこまで文法的に正しいのかの主張はしないが、「リュウ」という文字が「หลิว」ときちんと表記されていること、「ยาบ้า」という文字が2行めに含まれていてこれは「覚醒剤」を意味する「ヤーバー」であることはわかるけれども1行めには実はその文字が含まれていないところまでは指摘できる(つまり1行めは意訳なのである)。さらに単語の綴りもおそらく間違っていない。特に慣れていない人だと、文字の上下についているちょっとした記号を省いてしまうものだけど、これ語調などのために必須のものなので、そこまできちんと書かれているのはしっかりしているな、というところ。これ原作モノじゃなかったよね?
連載では収監されたリュウのために今後関わってくる日本人が弁護士を探したり、警察官が偽証のために賄賂をもらったり、その偽証を翻す裏ワザが駆使されるのではないかといろんな人が暗躍しながら、そろそろ裁判も佳境に入ったところ。今回紹介したところだけでなく要所要所でタイ文字が「タイ語だよ」を示す単なる横組のセリフに混じって出てくるのでまだまだ注目である。
もう一つは「僕が私になるために」
モーニングで先ごろ集中連載が終わった性転換もの(というと誤解を招くかもしれない)のドキュメンタリーマンガ。作者であるところの主人公が性適合手術のためにタイに行ったときの体験をその前後を含めてマンガにしたもので、感想としては【漫画】モーニングで連載されている「僕が私になるために」という漫画がすごい!!!-ねここねの思考手記 サブカルミラクルの章が参考になると思う。
そのマンガでもいきなりタイ文字が出てきた。「น่ารักจัง」(ナーラックチャン)。これはわかる。通訳が言っているとおり「とてもかわいい」。まあなんとなくここ元々は「น่ารักจริงๆ」(とってもかわいい)と言っていたのではないかなあと思うが、そうなると「ナーラックチンチン」になってしまうので、このマンガ的にも別の意味合いが出てしまう。
この後も、お医者さんの質問やナースの質問、会話を中心にタイ語が出てくる。そしてそのいくつかはマンガの中で翻訳すらされない。おそらく本人はタイ語をほとんどしゃべれないし聞き取れないと思う*2。その不安感を示すために横組セリフではなくタイ文字で表現したのだろう、ひと昔まえならそこは何か適当な文字とかでごまかしたところを。
これ、しっかりしたタイ語であればマンガとしての真面目さも表明できるわけで、いい効果を生んでいると思う。
ひと昔まえのタイ文字の扱い
ひと昔と言ったが、実際タイ語というかタイ文字というものは認識はされるものの意味は通らない文字の代表格ではないだろうか。
「フランス語は何を言っているのかはわからなくてもその人がフランス語を喋っているということはわかる言葉」とは行きつけの飲み屋のマスターの言だが、これの書き文字版がタイ文字と言ってもいい。なんとなくの感じで使われてきた。
貼り付けたのは「ナナナバニ・ガーデン-須藤真澄短編集」より、表題作である「ナナナバニ・ガーデン」の扉絵。バナナワニ園のもじりにも聞こえる「ナナナバニ・ガーデン」という動植物園の看板にはタイ文字「สินคัา อัลบัม ทานดีม」が書かれている、が、これ全く「ナナナバニ」とも「ガーデン」とも書かれていない。最初の文字は「商品」次が「アルバム」(英語のAlbumをタイ文字表記したもの)、最後は「よく食べる」*3。後書きでは須藤真澄本人が
タイ語表記がちらほらと出てきますがこれらは全てナンプラーとかスイートチリソースと書いてあります。せいいっぱいです。あ、あとこんにちはとかもある
と書いているのだけど、この看板ではどの言葉も書いていないというとんでもないことになっていた。まあおそらくナンプラーとかスイートチリソースの瓶に書いてあるキャッチコピーとかをコピーしたのだと思う。
まあ、ちなみに、本当に「ナナナバニガーデン」と書きたいなら、「สวน นานานะ บะนิ」*4とか書けばいいのかもしれない。さらに言うと、ここ「1週間に1便しか船便がない離島にある動植物園」という設定なので、もしここが当時のタイなら、NANANABANI GARDENという文字なんか書かれていない気もするが、全般的にファンタジーなのでそういう細かいことまで気にするとどうしようもなくなる。いずれたぶんタイ人にはこれ日本人にとっての「観光地で見る変な日本語」的に面白いシーンじゃないかなと思ったりして。
ナナナバニ・ガーデン 須藤真澄短編集 (KCデラックス アフタヌーン)
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さてまあ読み切りのファンタジー以外、タイのことをきちんと書いた本ではタイ文字をどう扱っているかというと、ちょうど最近読んだ本にそんな例があった。
「タイ・演歌の王国」という、タイの東北部(と、そこから出稼ぎで上京した人たち)で人気のあるとあるジャンルの歌について書かれた本。表紙にはタイ文字っぽい文字がいくつも書かれているが、これは「アルファベットをなんとなくタイ文字っぽくレタリングしたもの」であって、1つもタイ文字ではないのだ。「GOKURAKU」とか「「UTAE UTAE」とか、「THAI ENKA NO OHKOKU」とか。
少し前に「日本人には読めないアルファベットフォント*5があったけれど、こちらはたぶん「タイ人には読めないアルファベット」なんじゃないかな、という気もしてくる。
- 作者: 大内治
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「ナナナバニ・ガーデン」は2007年アフタヌーンが初出、単行本化は2010年。「タイ・演歌の王国」は1999年初版。たかだか10年前のタイ文字の扱いはこうだったという例としてあげてみた。
もちろん、この時代なら全ての作品が適当、というわけでもない。
「スパイシー・カフェガール」という作品がある。2005年単行本発売の、謎のタイ料理店を舞台にしたマンガ。マンガ図書館Zに収録なのでそちらから見て欲しいのだけど、店名の「ドゥアン」こと「เดือน」はタイ語で「口」の意味。下にある少しかすれたタイ文字はおそらく「อาหารไทย」(タイ料理)という単語だ。
Tシャツの柄とか、机の裏にはネタバレになりかねない意味の言葉が書かれていることもあり、おそらく作者はタイ語がそれなりにわかると思う。実際、この作品のリメイクかもしれない同作者の「スパイスビーム」には、食べ物のところにきちんとその食べ物の名前がタイ文字で書かれている。
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タイ絡みのマンガというのはどのくらいあるのだろうか
そのほか、作者であるところの深谷陽氏はベトナムとかバリを舞台にしたマンガを数多く書いている。
実はこのエントリーを書くにあたって「マンガで実際の外国を舞台に書かれているのってどのくらいあったかな」という疑問があった。その時に「そういえばカタカナ名前の日本人旅行者がバリかどこかの現地人人妻とくっついたりするマンガがあったな」とうろおぼえながら思い出したのが、この深谷陽氏の「アキオ紀行」だったりした。(思い出したのは一昨年公開の同シリーズ読み切り)。
自分がタイに興味があるからなのか、タイについて描かれたマンガというのは意外と多いような気がしている。アジアだとベトナムもけっこう多い(ベトナムは戦争の絡みもあるからかもしれない)が、村上もとかの「水に犬」。1995年単行本発売。Amazonレビューでは「現地経験がないと描けない作品」とベタ褒めだが、1995年基準の緻密な取材、みたいな面はなくもない。ついでに言うと主人公とそれを取り巻く男女関係を見ていると「課長島耕作の不倫セックスと作中での昭和の大企業の間接部門の描写」で言われていた話が別にシマコーに限ったことじゃないなということがよくわかる。モーニングって女性読者もいるけど基本青年誌だからそのニーズなんだよな、あれ。
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モーニングつながりだと「大使閣下の料理人」10巻と11巻にタイ編が収録されている。2001年。タイ文字はほとんど出てこないが、タイの屋台、タイ料理は数多く出てくる。特に前半10巻では「日本料理に見せかけたタイ料理」という難題に挑んだりもする。本来の勤務地ベトナムからタイ大使館に一時赴任しても主人公モテまくりなのは"なろう"のチーレム小説を笑えない。
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- 出版社/メーカー: 講談社
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モーニングで料理マンガといえば、「クッキングパパ」は外せないのだが、舞台である福岡にイタリアからプレイボーイが来たりメキシコからプロレスラーが来たりする割にタイ料理を取り上げたのは遅く、単行本122巻(2013年発売)だったりする。バンコクではインペリアルクイーンズパークホテルが登場したりしたが紹介された料理は意外と定番だった。
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モーニング以外だと、映画のコミカライズ「チョコレート・ファイター」2010年単行本化。もとは日本のヤクザとタイマフィアの抗争をベースにしたアクション格闘映画だけど、日本版を出すにあたり、阿部寛以外イマイチ出番がなかったヤクザメンバーをストーリーに絡めてみたり、けっこう秀逸なコミカライズだったりする。とは言うものの、内容的にはタイあんまり関係ない。
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自分の中でタイっぽい場所が一番最初に出てきたのは坂田靖子の「タマリンド水」。調べたら1984年初出だった。もっとも舞台となったのは東南アジアのどこか、今は内戦で立ち入りも出来ない場所、とのことなのでタイよりはラオスあたりのほうが近いのかもしれない。
エレファントマン・ライフ―坂田靖子傑作集 (ジェッツコミックス)
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