イジメをすべてバルクでとらえている大人たちと、いじめにもそれぞれ理由があり、双方からの視点で見るべきと思っている子供たちとのギャップがあると思います。そもそもイジメとは何なのか、暴力や嫌がらせをする。これは確かにイジメだろうしいけないと思います。しかし「無視する」は違います。無視には抗議の意味もありますよね。みんな仲良くってのは理想社会であって、大人でも政治家が悪口を言い合ってるし、会社でも派閥というのが
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イジメをすべてバルクでとらえている大人たちと、いじめにもそれぞれ理由があり、双方からの視点で見るべきと思っている子供たちとのギャップがあると思います。そもそもイジメとは何なのか、暴力や嫌がらせをする。これは確かにイジメだろうしいけないと思います。しかし「無視する」は違います。無視には抗議の意味もありますよね。みんな仲良くってのは理想社会であって、大人でも政治家が悪口を言い合ってるし、会社でも派閥というのが当たり前になっています。これでイジメを無くせというのは理屈が通ってないのですよね。
要するに仲間と垣根を作りテリトリーを確率するというのは社会に出るには必要なことです。それは敷いてはリーダーシップにもつながり最後にはグループコミュニュケーションにもつながります。クラスみんなでやり返すというのはこれは村八分。この場合は私的裁判制度になりますよね。これをイジメとは言えません。ルールを破ったものは罰せられるこれも大事なプロセスです。
そもそも最初からクラスという用意されたテリトリーにあてはめられた児童というのは実は可哀想なのです。意志でグループ化されるならそれは良いこと。これになじめない子供が出るのは社会でも同じ。それらをどのように解決してい行くかを自らのテリトリーで考える力も必要なのでは?
昔の近所のガキ大将グループのような環境が現代には無いのでそういう環境を作ってやるのも大人の役目では?