古代中国では訴訟の際、原告、被告双方が神前に羊を差し出し、神の裁きを受ける「羊神判」が行われたという。
この「羊神判」の様子を表した字が「善」の元の字となった。
変換ができないので手書きで表してみる。
羊は刃を向けても逃げたりせず、殺されるのに飼い主にメェ-と鳴くことから従順の象徴とされ、神への犠とされてきた。
「義」は「羊」と「我」を合わせた字だが、古代文字では「羊」の下部に加えられたのは「我」ではなく、ノコギリを表すギザギザであった。
つまり羊を鋸で二つに斬って神への犠牲にする文字が「義」である。
不思議なことに、古代中国と同じ意味でBC4300年のユダヤで羊を神に裂いて供える信仰が書かれている。(旧約聖書・創世記)
ユダヤ民族とアラブ民族の祖先とされるアブラハムは神に命じられた供え物(三歳の雌牛、三歳の雌山羊、三歳の牡羊、山鳩、鳩の雛)を裂いて向かい合わせにしたが、鳥は切り裂かなかった。
子供のいなかったアブラハムは神からアブラハムから生まれる者があとを継ぎ、星の数ほどに増えると祝福されたが、供え物の後に、子孫が異邦の地で400年間奴隷として仕え、苦しめられる、と言われる。