少女が裸で巨大ロボに乗って闘うセカイ系『FIX YOU』漢のロマンと尖った魅力

マンガサロン『トリガー』2016年05月16日 印刷向け表示
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FIX YOU(1) (シリウスKC)
作者:惣本 蒼
出版社:講談社
発売日:2016-04-08
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待っていました! あの『呪街』の惣本蒼先生の最新作!!
しかも、掲載誌がネメシス! 異端な作品の宝庫であり、公式キャッチコピーが「復讐の女神発キレ萌え系漫画誌」というかなりギンギンにキている月刊少年シリウス別冊ネメシス!!

それはもう「間違いない」ですよ、ええ。

ただ、非常に尖った魅力のある惣本蒼先生の作品ですが、本作の大枠の設定は意外にもかなり王道エンタメに近いです。

「荒廃した未来世界」「謎の巨大ロボット」「正体不明の異生物」「裸でコクピットに搭乗する少女」「残された人類を守るための闘い」「かつて存在した最強のパイロット」「数多の敵機を一瞬で片付ける最強最悪無敵無双の戦闘超重機」……

何ですか、この胸焼けしそうな漢のロマンの数々は! たまらん! 
この中に『最終兵器彼女』や『イリヤの夏、UFOの空』や『ほしのこえ』などセカイ系好きな人がいたら来なさい! 以上! 女子高生が生まれたままの姿となりコクピットで巨大ロボットを操縦している絵図というのは、非常に魂やその他の部分に響くものがありますね。

と、設定の要素だけ取り出して見れば、目新しい所がないようにも見えてしまいそうです。しかし、ここに惣本蒼先生らしい独特の味付けが施され、他にない味わいを醸し出しているのがこの『FIX YOU』です。

 

女子高生が突如知らされる、世界の真実

ヒロインの佐京姫香は、クラスメイトの男子に「かわいいっちゃかわいいけど、地味」と評される女の子。華やかな名前に反して、素朴でちょっと頼りない感じの娘です。女子高生として普通の生活を送っていた姫香ですが、ある日の帰り道に不思議な事態に巻き込まれます。

気付けばそこは謎の待合室。「合格」と言われて転送された先には、怪しい男たちと謎のロボット。そして、あれよあれよという間にそのロボットに乗ることに。そのロボットは意志を持っており会話が可能で、驚愕の事実を告げられます。

何と、自分の住んでいた街は一つの巨大なドームで、それが日本には全部で七つあり、異生物の研究標本として存続させられていたというのです!

更に、外の世界では世界百五十ヶ国で様々な紛争が起こり、カルト組織が生まれ、一つにつき数百万人が住む標本ドームはかつての文化や歴史を保存している忌まわしき存在として彼らの破壊目標となっていました。

そんな危険分子から姫香の住むドームの九百万人を守るロボットは、その名も「戦闘超重機」。三百年もの間、様々なパイロットと共に戦い続けて来ています。しかし、こここそが『FIX YOU』の大きな特色であり、異色な部分。

 

「もう死にたい」とこじらせたロボット

ガンダムのアムロにしろエヴァのシンジ君にしろ、パイロットが戦いを拒否して搭乗しないというパターンはままあります。この『FIX YOU』でも、姫香は最初「無理だって―――――――――ッ!!!」と突如巻き込まれた戦いを拒否します。それ自体は当事者の立場を慮れば当然のことだとも思います。

しかし、本作ではこの戦闘超重機の方がもう闘うことに飽き飽きしているのです。己は人間という極小生物の下らない命令に従うだけのマシーン。永遠に拭えないわだかまりを抱え、全てはどうでも良く、叶うなら今すぐ自爆して果てたいのだ、と。パイロットが戦意を喪失すると、自動的に自爆シーケンスに移行するシステムがあり、姫香は闘いたくないと思いつつも闘うことを強いられます。

搭乗する機体の方が意志を持っており、自分の存在や闘うことに疑問を持っているというパターンはなかなかありません。思春期の少年少女が望まぬ闘いに駆り立てられる中での葛藤というのが従来の作品では中心となっていましたが、『FIX YOU』ではむしろヒロイン以上に悩んでいる存在がいて、人類と共に彼をどうにかして救うという命題が課せられています。「FIX YOU」には、「あなたの悩みや問題を解決する」という意味があります。果たして、彼らの問題は解決できるのでしょうか。

 


人間の敵は人間

『FIX YOU』が異色であるもう一つの点は、異生物に支配されている中でありながらも、巨大ロボットに乗って闘う相手があくまで人間である、ということ。

象徴的なのは、かつて戦闘超重機に感情を芽生えさせた張本人であるエースパイロット・虹一が蹴散らした一人の敵パイロットのエピソードです。名も無いモブのような敵兵の話が、しっかりページ数を割いて描かれます。

家族を喪った彼が、ただただ復讐のために生きながらもその相手の生死すら最早不明になってしまったという状況に、人間として感情移入してしまいます。コミュニケーションが取れず、何を考えているのかも全く解らない敵ではなく、逆に同じように何かのために闘っている人間が敵。友人や自分が育った街を守るためには、姫香は自分と同じような想いを持つ人間と戦わねばならない。

裏表紙では「こじらせロボとおばあちゃん娘の千年戦争」と表現されていますが、正にこれは人間同士の終わることのない闘い。明るい未来も、着地点も全く見えない、終わらない泥沼の闘い。中間テストや定まっていない進路に思い悩む女子高生が、人間を殺して人間を守る闘い。とても歪で、それ故にとても美しく素晴らしいと思います。


尖りに尖った作品だからこそ読む人を選ぶ部分はありますが、その分ハマるに人は深くハマる要素があるので、そういった人に是非とも届いて欲しい。そう強く願いながら、筆を置きます。
 

(文:マンガサロン『トリガー』兎来栄寿)

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