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池田先生の評論本

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 5月18日(水)14時08分2秒
編集済
  ロマン様、問題提起と論考ありがとうございます。
論考自体を否定したり批難する意図ではなく、純粋に割り引いて考えた方が良い観点があることをお伝えします。

この手の出版物全体に言えることなので敢えて書きます。
幾つか出版物が出ています。

人間の中へ
池田大作の軌跡
池田大作 その行動と軌跡

あまり知られていない史実を掘り起こしているので本の評価はできますが、あくまでも執筆時点の情報を基に、創価学会の意向、執行部の意向で書かれていることに注意が必要です。
当然、外部の方の執筆でも信濃町の中枢がチェックをしています。

また、例えば、「人間の中へ」では、竹入義勝が大阪の戦いで、英雄タッチに描かれています。
執筆時、竹入の反逆は公に知られていないので、当然ですが。後、竹入反逆後に絶版になっています。
北条会長の話は2008年ごろのスピーチから出たものですから、
当然に評価は異なるのです。
早くから反逆が知られていた龍年光や石田次男は古い書物でも否定的な書き方をされていますね。
ロマン様の視点は、池田先生のスピーチ前の評価と後の評価を比較しているので、よい取り組みだと思いますが、誤解されやすいのは、そういうことだろうと思いました。
 

悔いなき信心

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 5月18日(水)14時07分29秒
  正木理事長一般講義から抜粋 2

「私が責任を取って辞めれば良いんだな」と言われた時に、誰一人として「先生!そんな必要はありません。何故、先生が辞めなれければいけないんですか。私が責任を取りますから、断じて先生は会長でいてください。」
と、生命の底から叫べた弟子が一人もいなかった。一人も出てこなかった。だから研修会での指導の中で、先生は「当時の最高幹部」という言い方を何度もされています。
しかし、私はその指導を伺いながら自分は当時25歳。職員になって、まだ3年。何の事情も分らない若き職員でした。だからといって、当時周りにいた最高幹部だけが悪いのか?責任があったのか?決してそうではない。そんな見方をしておったならば、自分自身の反省にも何もならない。たとえ、どんなに事情が分らなくても、何故、自分自身が「先生!辞めないで下さい。」と叫べなかったのか言えなかったのか。その罪においては全く同罪でなかったのかと自分自身、反省をしました。従って、先生が「広布第二幕」と仰る意味も、その視点から考えれば大きな意味を持っていたと気づきます。それは本当の「師弟の精神」を今、社会の中に確立し、「万代の魂」として残していくんだ、という先生の思いが今回の研修となり「広布第二幕」となった。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/9556

~~~~~~~~~~~~

会則改定と安保法制決議の時、声を上げられて良かったと思う。

向かい風は強くなったが、それは先生側に立てている証拠。

今、池田先生が目の前にいらしても、堂々と胸をはって先生の前に立てる自分がいる。

「悔いなき信心」

これほど幸福なことはない。










 

撹乱

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年 5月18日(水)13時43分3秒
  北斗七星さん

反宿坊板に出入りしてるあなたはお呼びでないよ。それとも別人ですか?
 

核の問題は

 投稿者:大敗北  投稿日:2016年 5月18日(水)13時30分43秒
  憲法公布以来、70年間も非核三原則で核保有はしないとされていたのに、何故、今の時に、核保有は合憲と閣議決定しないといけないのかと言う事だと思いますね。
庶民感覚からはズレています。
核兵器の痛みを知る国の内閣が閣議決定するとは、驚きました。
 

螺髪様、SaySaySay様

 投稿者:秋晴れ  投稿日:2016年 5月18日(水)13時23分35秒
  螺髪様、ご親切なコメントありがとうございます。法華経は全てが生かされていく経典!御尤もでございます。

SaySaySay様

@もうひとつ、イマジンしてみたいことは、やはり我々にも「無顧の悪人」部分があって、誰もがそうなる可能性があるということ……


私のイマジン頭では、自滅と呼んでます。SaySaySay様が何度も仰っているこの一点は理解します。

---------
ところで

@確かに、「精密な空想などいらない」て、どういう意味なんでしょうね?

お題目唱えると、モヤモヤが晴れてなんてことなかったということは度々ありますが、本当にこれはどういう意味なのでしょうかね?



 

潜入者

 投稿者:北斗七星  投稿日:2016年 5月18日(水)13時21分58秒
  潜入者がいます
始めは宿板側に立ち、少しづつすり替えて歴代会長を擁護
先生の為、先生にお応えする為と連呼して、会員を集金マシン、集票マシンにしていく人達と同じ手法
注意!
 

宿命転換は宿命転換でも、

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 5月18日(水)12時55分38秒
編集済
  宿命転換は宿命転換でも、通常の善くなる意味の方向の宿命転換ではなく、逆の悪くなる方向への宿命転換は「功徳」とは言わないのだけどね。

「悪を滅するを功といい善の生ずるを徳という」ではないのが実際になっております。
残念ながら実態は『善を滅するを功といい悪の生ずるを徳という』というハタからはわけわかめの不思議な世界です。

おそらく幼児でも判断のつく善悪です。

最高幹部らは、善を滅して悪の生じる行いを功徳という。
会員自身の福運はみるみるなくなり、一騎当千どころか自分ひとりさえもどうにもならぬレベルへ向かっていますよ。

こんな状態で選挙支援なんてことをやれば、自分ひとりさえ満足にできないことから「足の引っ張り合い」に陥る宿命です。
内部騒動の助長行為。
これを推し進めてるのは全体を指揮してる最高幹部ら。
会員はただでさえ自分の宿命転換で手一杯なのに、最高幹部らのワガママを聞ける余裕などない。
余裕がないから早い段階で地獄をみることができる。
早い段階で反転のキッカケを会員はつかむことができる。
キッカケを掴んだタイミングでは方便が宝になる。
その方便の宝庫がここ宿坊の掲示板に今後もなっていくことでしょうね。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

秋山日浄?宗史に詳しい方教えてください

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 5月18日(水)12時13分33秒
  蛇足な話ですが。
秋山日浄、最後は福岡みたいですね。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/1755

秋山家は宗門古刹の讃岐本門寺の創建に関係したか何かで。
63世秋山日満は讃岐の人、確か小笠原時聞は同門で僧籍復帰の赦免をしたのが秋山日満では?
秋山日浄は秋山日満と血縁あります?
 

なるほど

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 5月18日(水)11時12分44秒
編集済
  レッテルはりはやめましょう。→消しました。

それと、ロマン様のお話には納得です。

>池田先生も「私の人間学」で様々な人物を取り上げられ、《一面では難ありの人物であるが、優れた功績もある。》と【ものの見方】【人物観】を教えてくださっています。この師匠のまなざしを弟子が享受していくことは必要であります<

>翻って我々も御本尊に誓願を立てます。師匠に弟子としての誓願も立てます。我々もどこで倒れるか分かりません。倒れないように踏ん張っても倒れてしまう。特に三類の強敵を目の前にした時に我々も試されます<
 

長くなっており恐縮です

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年 5月18日(水)11時05分32秒
  mission 様
ご返事遅くなりました。
質問にお応え致します。

>北條前会長を知らない特に我々青年部世代は、ただ闇雲に批判することは避け、師匠が弟子を叱責されることの意味を感じ取りたいと思います<
・ここには北条会長時代を知ってる人達も沢山おられるし、その時代を知らない世代の方達も池田先生の仰られた言葉から、各々が意味を感じ取り投稿されてると思います。

→池田先生が例えばスピーチで世界の偉人を引用されますね。
例えば「タゴールは素晴らしい人物だ。その時代に仏法の哲学と合致するとは」
と個人的に感嘆したとします。
そこから更に、どのような人物だったのか知りたくなりませんか?
山崎正友、原島嵩、福島源次郎等批判する時には人物評が入ります。
各々が感じることも、情報の多寡によって印象は異なります。
ゆえに、私は北條元会長の情報を補完する意味であの書物を引用しています。
北條会長時代を知っている方ならなおのこと、その書物にどの部分がどうおかしいと批判を加えてくださるでしょう。

>北條元会長を宣揚しているように思いましたか?<
(宣揚)→広く世の中にはっきりと示す事ですょね?
央忠邦著の内容を投稿されておられるのは↑宣揚されているに当たりませんか?

→大道の歌様は私が北條会長擁護ととらえられていると私は感じましたので、本の引用が宣揚にあたりますか?
と聞いたのです。中身は「北條会長は池田先生を師匠と仰ぎ云々」と北條会長を讃えていますからね。
その本の中身と、師匠を裏切った事実を対比することが大切だと思いましたので。

>大事なことは日顕が…矢野が…執行部…人物像を描き出さないと全体像は掴めない<
・人物の全体像は一人ひとりが感じるもので、それが他と異なっても良いし、それによる投稿も自由(其々が掴んだ上で)で良いと思います。

→仰るように人物像には個人差があるため、様々な意見があります。
その上で、宿坊の掲示板はどちらかと言えばテーマがテーマだけに、取り上げられる人物は批判を加えられることが多いですね。
池田先生も「私の人間学」で様々な人物を取り上げられ、《一面では難ありの人物であるが、優れた功績もある。》と【ものの見方】【人物観】を教えてくださっています。この師匠のまなざしを弟子が享受していくことは必要であります。
ですので、感性は確かに個人差がありますが、師匠の本が教えてくださっているように人物像(例えば政治家に対してや幹部に向ける目)は大事です。境涯やその人の生命の傾向性によっても偏りがありますし、リーダーが身に付けておけばいいと言った意見もあるかもしれませんが。
偏った情報は勿論あげるまでもありませんが、日顕や矢野は情報はまとめられていると考えます。
しかしながら、北條元会長を取り上げる以上は学会に対し比較的公平な立場での書物であれば残すことも大事と考え引用しました。

北條会長も秋谷会長も池田先生を支えた事実があることには変わりはないのです<
・支えた事実とは「池田大作の軌跡」に書かれてた事ですか?

→池田先生が戸田会長時代の青年部時代から共に戦っていたことは事実です。池田先生が会長になられた時も青年部出身者から北條さんや秋谷さん等を重役に登用し、先生の元で戦っています。執行部は会長を支えるためにあると思いますがいかがでしょうか。
先生の指導があり、その広布流れの中で執行部は戦ってきた。先生あっての執行部です。しかし、執行部は最後で間違ったのです。大きくなった柱(池田先生)を支えきれなくなったとでも言いましょうかね。
総括とは批判を加えるだけではないと思います。単なる批評家になってしまっては野次馬根性です。

全国各地に先生と共に戦われた同志も沢山おられます。会長辞任後、功労者宅を訪問された先生のお心を考えると万感の思いがあります。

>北條会長も秋谷会長も池田先生を支えた事実がある<
    ↓
>北條会長、秋谷元会長、森田前理事長、戸田先生の薫陶を受けながら、「第三代会長を護れ」との遺言を貫き通すことはできませんでした<
・支えた事実=護れ無かった
護れ無かった→支え無かった になりませんか?

→私にとって肝心なのは「貫き通す」というところです。戸田先生の「第三代会長を護れ」とは、本当の意味で試されたのが宗門問題・離間工作だった。
弟子の道を歩むことは一筋縄ではいかない。執行部がどのタイミングで変節してしまったのか、師弟の道を違えてしまったのかです。
執行部が就任当初から池田会長体制を転覆させようとしていたなら話は別ですが。伝聞でも結構ですがそのような事実はありますでしょうか?

翻って我々も御本尊に誓願を立てます。師匠に弟子としての誓願も立てます。我々もどこで倒れるか分かりません。倒れないように踏ん張っても倒れてしまう。特に三類の強敵を目の前にした時に我々も試されます。

>我らが谷川氏も<
我らが…どの様な意味合いでしょうか?
谷川主任副会長の素行ご存知ですか?
私は口が裂けても「我らが」とは言えません。

→あえて言うとすれば、皮肉ですね。その後の文脈を見ていただいて察していただければ、それ以上でもそれ以下でもございません。
 

saysaysayさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2016年 5月18日(水)11時05分3秒
  ※核兵器使用を合憲としたぐらいだから「18歳以上の閑古鳥に選挙権拡大」も閣議決定するに違いありません。※

そういうレッテル貼りは良くないと思いますよ。
憲法が核兵器と言う武器の種類わけで保持を禁じてるのではない。
これは岸信介国務大臣の時からの一貫した解釈です。
その上で他国の領土に攻撃できる核弾頭ミサイルの、保持、使用とも憲法違反ですよ。

十八歳選挙権、選挙運動の拡大ははこの六月末から。
 

(無題)

 投稿者:秋晴れ  投稿日:2016年 5月18日(水)10時48分36秒
編集済
  昨日の信濃町の人々様のお言葉が頭から離れません。
新聞や雑誌etc、池田先生のお写真、文章、他、全体から見る池田先生は、まるで色心荘厳の仏のように見えるのは私だけ?かも知れませんが、私の知人である外部聖教購読者は、池田名誉会長は天皇陛下の様な存在でしょと言っていたことも頭から離れません。
色心荘厳の仏への崇拝?(大袈裟に書いてます)
大聖人の仏法の宗教観という気がしません。
兎に角、このような昨今、もう去って行かれましたが、蓮香様という方のような方々は沢山というか、大多数と思います。学会社会の背景がそうなのです。どうか、お責めにならないで下さい。お願い致します。(信濃町の人々様を指して言っているのではありません。信濃町の人々様は、とても真摯に誠実に大事な大事なことを書いて下さり、ハッと目の前がほんの少し開けた思いです。ありがとうございます。)


--------以下、信濃町の人々様の昨日の書き込み

池田先生の指導で、ありのままの師匠の姿を受け入れなければ
本当の師弟の世界はわからない。このような趣旨の指導を直接聞いたことがありました。文献的な記録は残っていません。
おそらく、戸田先生という全人格を受け入れて師匠の教えをそのまま実践された池田先生しか話せない指導だっだのではないか。と感じています。
 

mission impossible

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 5月18日(水)10時43分45秒
編集済
  協議会では「F即マル外で目標=世帯の何十倍」との打ち出しで場はますます陰気。閑古鳥が鳴いている。公明が大勝利するにはこの閑古鳥に選挙権を与える必要がある。
重苦しいムードの中、心で「♪しーらけ鳥とんで行くみなみの空へ 惨め惨め」と歌っていたのは私だけではないでしょう。見るからにそれが伝染する感じがして、気分を変えようと「♪でんせんにぃ~」と心の歌を変えるしかありませんでした。雀の方がまし。
https://www.youtube.com/watch?v=MpUPUKkAXVI
https://www.youtube.com/watch?v=hLhPCESHFfg

F報告を取るのはいいが、これをどう分析するのでしょう? どなたかその分析法を知っていれば教えて下さい。おそらく「公明の基礎票=世帯数×0.9」で、それを増減するものはムードでしかなく、Fが増えれば票が増えるというものではないと思います。いかにムードを良くするかが勝負で、F報告は取り方ではなく、「受け方」の問題でしょう。
1999年に調べた時、共産党は公式に『しんぶん赤旗』にも掲載して、「1N=2票」を基礎票と分析していました。Nとは赤旗の「日曜版」の意味で、その選挙区内に配布されている日曜版の数の2倍が基礎票で、あとは浮動票。その浮動票を増やすには、やはり「手軽に取りやすい日曜版」を推進するとのことでした。
私はこれをレポート『赤旗を白旗に変えるために』にまとめ、組織に提出しました。この共産党の分析はある程度の意味があると思いますが……Fは意味のある生きたデータか?

ブラッド・ピットが制作・主演した映画『マネー・ボール』の原作はどちからというとビジネス書のようなものです。アマゾンかグーグルを分析するかのようで、実際にはオークランド・アスレッチクスの「野球経営」について書かれています。
アスレチックスは野球というものを徹底的に科学分析(セイバーメトリクス)してその「勝利の法則」を導き出した結果、3倍の人件費でスターを集めたヤンキースと互角に戦い、毎年のようにプレイオフに進出しています。
アスレチックスはそれまで重要視していたデータ(例えば打率)が実は無意味で、他に重要なデータ(例えば出塁率)があることを見つけ出し、無意味なデータは切り捨てて、重要なデータ数値を上げるための努力(例えば四球を増やす)をしました。

これが「弱者が強者に勝つ方法」で、学会・公明は大いに学ぶべきであると思います。

しかし、この「勝利を優先する」ということがなかなか出来ないのが人情というものなのですよ……mission様。我われ阪神タイガースがそうなのです。
阪神には伝統的に優れた「代打の切り札」「抑えの切り札」がいて、8回、9回、延長戦だけを見ると、圧倒的に強いというデータがあります。逆転、サヨナラが多くクライマックスが劇的で、エンタテインメントとして見るなら阪神以上の球団はなく、だから1番ファンが熱狂的なのです。ところが1回、2回だけを見ると、サッパリ(西武、巨人が強い)。
そして、野球というものを科学的に分析すると結局、勝者は1回、2回に先取点を取って逃げ切るというパターンの方が多く、後で逆転するという現象は少ないのです。
勝ちたかったら西武や巨人のような戦い方をするべきなのですが、エンタテインメントとしては面白くない、ファンを熱狂させられない。阪神“電鉄”は負けても客が入って儲かるという戦略をとっています。(昭和48年、優勝を直前で逃したとき、大エース江夏豊は会社から「負けてくれ」と言われ、机を投げ飛ばして帰ったと証言しています。)

選挙はエンタテインメントではありません。ならば、勝つために、本当に必要なことは何か、そこに全力投球するべきでしょう。そのために重要なデータ……果たして、本当にそんなものはあるのでしょうか? 『ハーバード リーダーシップ白熱教室』では「何でも数値化できるものではない」と訴えて講義を結んでいました。
http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/leadership/archives.html
http://video.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&p=%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97+%E7%99%BD%E7%86%B1%E6%95%99%E5%AE%A4

数値化できない……重要なもの。それを60年前に既に発見しているはずです。それはこういうことだったのではないでしょうか?

勝利(票数)は“歓喜”に比例する

では、“歓喜”を増やすには? これを考えて、そのために手を打つことがリーダーの仕事のはずです。が、それが無い。すなわち勝因が無い。

60年前の「まさかが実現」が“真逆”になって「まさかが現実」にならなければいいが。
 

わが友に贈る 2016年5月18日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2016年 5月18日(水)10時24分4秒
  人生は自身との戦いだ。
朗々たる題目で
「たゆむ心」を排し
眼前の課題に
「つよむ心」で挑み抜け!
 

大仏のグリグリのとこ 様へ

 投稿者:mission  投稿日:2016年 5月18日(水)10時11分0秒
編集済
  【地涌の菩薩と動執生疑】
とても解りやすくて、本当に勉強になりました!ありがとうございます。
今日は三人の部員さん達とミニ座談会をするんですが、今 教えて戴いた事を伝えた~い。
でも教学が無い方も居られるので、旭日学習の時に、お伝えする事にします。
《地涌の菩薩と動執生疑》は「今」に合った事ですね…奥が深いです。凄いです。
  すみません。取り急ぎでした(..)

【カンピース様】
私も配達時に見て、怒り心頭です!!
原田Kには、被災された人達に同苦する気持ちって、持ち合わして無いんでしょうね。
「公明党を選挙に勝たす」だけは感じ取れますが。
けど また首 歪んでるし…
 

金平糖がくっ付いて逝く I、mソーリ

 投稿者:八風  投稿日:2016年 5月18日(水)10時04分10秒
  「私は立法府の長であります!」馬鹿総理ww、嘘だろうが・・
https://youtu.be/L6y1Evc6UVU

「私は学会の長であります!」原田・・師匠ではありません!そうだ!ド助〇会長です。
 

一人のSGIさま

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2016年 5月18日(水)10時02分15秒
  おはようございます。はじめまして。

今朝ツイッターを見ていましたらRTで見つけました。

以下、引用。

「本日座談会。最後の幹部指導で「ありがたいことに、このような宿命転換の戦いができるのは日本だけなのです。海外からは自国にも政党を創って欲しいという要望が沢山来ているんですよ!」と。本当にそんな声が上がっているのでしょうか?」

投稿者の方も仰る様に本当に海外の方々はこの様な事を思われているのでしょうか?
 

念のために訂正をさせてください

 投稿者:はげ  投稿日:2016年 5月18日(水)09時52分59秒
  福島源次郎の発言があったのは大分ではなく、大牟田でした。私の父もその時の会合に参加しておりました。福島は熊本の済々黌高校出身で恩師がこちらにいるので聖教新聞を入れてくれと言われ入れておりましたが、程なく断られました。
大牟田には法恵寺という正宗寺院があり秋山日浄というのちに能化になった極悪坊主がいました。脱会者も多く出ました。炭鉱景気に沸く大牟田の歓楽街で夜な夜なかつらをかぶり飲みまわっていたことは有名でした。秋山の娘が結婚することになった時に婿になる人を折伏できず学会幹部に泣きついてきたそうです。秋山は立正大学卒なのに正宗僧侶?と思ったこともありました。
今日の聖教記事はカンピース様と全く同感です。
 

螺髪様

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 5月18日(水)09時48分34秒
  螺髪様
褒めのお言葉ありがとうございます。

私は日本では受け身の教学でしたので、外国に来てから必死に勉強しただけです。
選択の余地なしです。(笑い) 頼れる人はいません。
でなければ、あとは組織に飲み込まれるだけです。
しかも、その自覚もなしに、、、(涙)。

こちらでは選挙がないのでその時間教学の勉強時間にあてられますが、その意味では今の日本の学会員さんは被害者にみえます。
組織の発する優先順位が狂っているんじゃないですか?

続きも書いていますが、今ちょっと忙しいので時間がかかっています。

とりあえずお礼まで。
 

ひかり様

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2016年 5月18日(水)09時40分7秒
  おはようございます。

「公明党だったり、シンシントーだったり、新公明党だったり、段々に、徐々に、社会の動きに合わせての変遷。そして今。
学会は、確かに公明党というものが奇っ怪な集団になるのと歩調を同じくしてきましたね。
本当は、広宣流布の進展が先にリードしていくのかと思いきや、逆。
学会は、振り回されてきました。」

少々補足を。

ひかりさん仰る通りですね。

特に自公連立政権になってからの劣化は凄まじい勢いです。
組織の弱体化。青年部の弱体化はその頃から顕著になっています。
しかしこれは、学会が党に振り回されたのではなく信濃町が党をコントロールし、信濃町が党を振り回し現在の様な状況、党にしてしまった。というのが実際のところでは。と考えます。
まさにこれまでも言われてきた、本当の意味とは根本的に違いますが、いわゆる政教一致。
創価学会公明党は一体という事。これも連立政権になって顕著です。自民党さんも百も承知で逆にそれを利用している。

最近では聖教新聞では報道されませんし記事、活字にはならないだけで、大きな会合から座談会に至るまで幹部の方々のお話は全て選挙のお話。それも言いたい放題。煽りまくり。全てが選挙。
その一例が、選挙支援の戦いは宿命転換の戦い。
選挙活動。選挙の支援=集票活動。投票依頼=宿命転換の戦い。功徳がある。?

今、大聖人様の仏法も初代、2代、3代に亘る崇高な創価の精神も全て選挙の為に歪められて貶められていますね。



 

【地涌の菩薩と動執生疑】5/10

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 5月18日(水)09時14分37秒
  これはあくまでも想像の域を出ませんが、

おそらく法華経が作成された当時の時代様相は、根本の師匠である釈尊を忘れて弥勒信仰が盛んに行われ、
本来、中心におくべき釈尊の精神(法)が薄れ、失われていった過程にあったのではないかと思うのです。

そこで法華経の作成者はもう一度「師匠根本・依法不依人」の原点にもどすために、
あえて弥勒菩薩に質問をさせることによって弥勒信仰を打ち破ろうとしたのではないかと思います。

私たちで言えば、
創価学会の永遠の指導者は創価三代の会長(師匠根本)であり、御書根本(依法不依人)です。

池田先生を中心にして弟子は皆「同心円(中心を共有)」で結ばれています。

当然ですが、成仏に上中下はあっても池田先生の弟子に上下はありません。
たとえ創価学会の歴代会長といえども、御書を離れて、三代会長の指導を離れて、仏法の正義はありません。

事実として日興上人の
「時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事」(一六一八頁)を身で読んだからこそ、

牧口先生は獄死され、戸田先生は牢獄に入り登山停止処分にされ、池田先生は宗門から破門されたのです。

もし「現会長の指導はイコール池田先生の指導である」という組織信仰がまかり通れば、
創価学会といえども日顕宗と同じように「現法主は現代の日蓮大聖人である」という邪義と同列になります。

このような組織信仰に陥らないために、常に「御書根本・師匠根本」の原点に返る戦いが必要なのだと思います。

この日興上人の厳命は、
師匠の遺命である広宣流布達成のためには「師匠根本・依法不依人で行け!」との永遠の指針であると捉えたい。



・・・・つづく
 

【地涌の菩薩と動執生疑】4/10

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 5月18日(水)09時13分55秒
編集済
  池田先生は
「この弥勒の《大いなる問い》が、釈尊が寿量品という真髄の教えを説くきっかけになっている。

質問が大事です。だから釈尊は『素晴らしい、素晴らしい。
弥勒よ、あなたは仏にそのような大事なことを質問した』と称えた」(法華経の智慧二一五頁)と述べています。

弥勒菩薩の問いとは

「この無量の菩薩(地涌の菩薩)たちは、昔から今まで見たことがありません。世尊よ、どうかお話ください。
彼らはどこから来たのでしょうか。何の因縁によって集まったのでしょうか」

という質問です。

この弥勒の質問に対して、池田先生は

「釈尊に縁の深い菩薩や声聞たちのなかでも、弥勒が質問したことに深い意味がある」(同頁)と述べています。

弥勒菩薩というのは釈尊滅後五十六億七千万年の時、この世に生まれて弥勒仏となり、
釈尊の地位を継承する「一生補処(いっしょうふしょ)の菩薩」として釈尊の次に仏になるとされた菩薩であり、

釈尊の高弟の中の高弟で広く民衆の間で信仰されてきました。

つまり、弥勒菩薩は文殊菩薩と並んで仏を除いては最高の尊敬を受ける存在でもあったのです。

法華経の作成者がこのなかで、弥勒菩薩に地涌の菩薩の因縁を質問させているのは、
従来の弥勒信仰を打ち破る狙いがあったと思われます。

ではなぜ、法華経の作成者は弥勒信仰を打ち破る必要があったのでしようか。
 

【地涌の菩薩と動執生疑】3/10

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 5月18日(水)09時13分15秒
  さて、本門の涌出品に説かれる地涌の菩薩の人数や姿は、
今までの菩薩の範疇を遥かに越えたものでした。

地涌の菩薩は各自が六万恒河沙の眷属を率いています。その数はまさに「無量無辺」といっても言いでしょう。
また、地涌の菩薩の姿は極めて偉大な姿で描かれています。

たとえば、地涌の菩薩の身体は皆金色で三十二相(仏が具える理想的特長)を具え、
無量の光を放っていると説かれています。

三十二相は本来、仏や転輪聖王が具える徳で、通常の菩薩が持つものではありません。
それにもかかわらず、地涌の菩薩は三十二相を具えていると説いています。

このことから釈尊の滅後に法華弘通の使命を担う地涌の菩薩は、仏から退けられた従来の菩薩とは
全く次元が違う存在であり、法華経の涌出品から嘱累品までしか登場しない極めて特別な存在なのです。

さらに

「志念力堅固にして、常に智慧を勤求し、種種の妙法を説いて、其の心に畏るる所無し」(法華経四八七頁)、

「善く菩薩の道を学して、世間の法に染まざること、蓮華の水に在るが如し」(法華経四九二頁)、

「難問答に巧みにして、其の心畏るる所無く、忍辱の心決定し、端正にして威徳有り」(法華経四九三頁)

と地涌の菩薩の特徴が描かれています。

仏を目前にありありと見ることができない仏滅後の時代に、
しかも仏の在世の時以上に激しい迫害が起こるとされる悪世に、

法華経の真価を世界に宣揚していく無数の弘通者が必ず出現する――。

法華経の作成者は宗教的確信のうえから、遠い未来の担い手を「地涌の菩薩」と表現し、
必ず出現することを予言したのです。

このあと、

地涌の菩薩の代表たる四人(上行・無辺行・浄行・安立行)のリーダーたちが、民衆救済について釈尊と対話をします。

その光景を目の当たりにして、一番驚いたのは法華経の会座にいた弟子たちです。
その弟子たちの驚きを代表して、弥勒菩薩が釈尊に地涌の菩薩の因縁を説くように要請します。

これが有名な「弥勒の疑請(ぎしょう)」です。
 

【地涌の菩薩と動執生疑】2/10

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 5月18日(水)09時12分30秒
  この地涌の菩薩が登場し、地涌の菩薩のリーダーである四菩薩と釈尊の対話を聞いて、
虚空会にいた仏弟子たちは動揺し、疑いを起こします。

つまり、本門の開幕はこの「動執生疑」から始まったといえます。

池田先生は「動執生疑とは、それまでの信念が大きく揺らぐことです。いわば既成の世界観が根底から打ち破られるのです。
人々が安住している価値観を劇的に打ち壊すことによって、釈尊の本地――真実の境涯が説き明かされていく。

・・・・それは深くとらえると、人類の生命観、人生観、世界観、社会観を一変させる精神革命なのです。
この涌出品と寿量品に秘められている意義を掘り下げていくことは、岐路に立つ現代文明の病根に抜本的な治療を加えることになる」
(法華経の智慧二〇七頁)と述べています。

歴史を紐解けば、鎌倉幕府に大聖人が立正安国論を提出したことによって、
当時の権力者や既成宗教の僧侶たちに動執生疑が巻き起こりました。

日本に仏教が伝来して七百年、仏教に対する当時の人々が持っていた価値観を
大聖人が劇的に打ち壊すことによって、大聖人の本地――真実の境涯が説き明かされたのです。

それからさらに七百年、創価学会が誕生し創価三代の師匠が仏教界と世界の民衆に動執生疑を巻き起こし、
人類の生命観、人生観、世界観、社会観を一変させる「精神革命」の先駆を成し遂げます。

そして日蓮大聖人も創価三代の師匠も、全民衆に動執生疑を巻き起こし、それがためにあらゆる迫害に遭いました。

考えてみれば、大聖人はもちろんのこと
三代会長も迫害に遭うことによって、その時すでに発迹顕本していたのだと思います。

あとはその後継の弟子たちが内外問わず、自らの行動で動執生疑を起こす戦いを実践し、
迫害を通して自分自身の発迹顕本を断行するしかないと思うのです。

それがあってこそ創価学会の発迹顕本も成し遂げられると考えます。

ただ誤解してほしくないのは、大聖人や三代会長が一切衆生に起こした動執生疑は
「生命の本質とは何か」「人間のための宗教とはどうあるべきか」を世に問い、

間違った権威権力者を諌めた結果として迫害されたということであって、
決して迫害されることを弟子に勧め、奨励したわけではありません。

迫害されるために正義を訴えたのではなく、正義を訴え貫いた結果、迫害されたのです。
 

【地涌の菩薩と動執生疑】1/10

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 5月18日(水)09時11分40秒
  本門の時代は何から事が起こり、始まるのか――ここから考えていきたいと思います。

法華経二十八品は、迹門(前半十四品)と本門(後半十四品)に立て分けられることは、皆さんよくご存知だと思います。

そのなかで法華経の本門は「従地涌出品第十五(※次から涌出品と呼ぶ」」からですが、前半・迹門の見宝塔品第十一では、
釈尊より仏滅後の弘通に立ち上がるべきこと(三箇の勅宣)を促され、仏弟子はそれぞれ弘通の決意を述べていきます。

そして勧持品第十三に至り、未来の弘通の呼びかけに声聞の弟子たちが弘教を誓い、
薬王菩薩が「二十行の偈」を述べ決意表明をします。

ところが釈尊は菩薩たちの決意表明を完全に無視――。

さらに本門の涌出品に入って、多くの菩薩たちが未来の弘通の決意を述べますが、
釈尊はついに「止めよ、善男子よ。汝等が此の経を護持せんことをもちいじ」と明確に否定し、弟子たちの表明を完全に退けました。

これが本門の仏の第一声の言葉です。

ここで少し考えてみましよう。そもそも仏弟子たちの未来弘通の決意表明は、
釈尊から法華経弘通に立ち上がるべきであると促されたからこそ決意を表明したのです。

しかし実際に弘通を表明すると、釈尊はその申し出を退けたばかりか明確に否定した――。

この一連の師匠と弟子の対話を見ていると、常識では考えられないことが法華経には描かれています。
いったい法華経の作成者たちは、どういう意図でこのように書き残す必要があったのでしょうか。

それは彼らが仏滅後の法華弘通の主体者ではないことを示すものだからです。

法華経本門の始まり(涌出品)は、仏滅後に法華経を弘通する人たちは別に存在するとして、
六万恒河沙という無数の大菩薩が大地の下から涌出するという展開になっています。

いわゆる地涌の菩薩の登場です。
 

大道の歌 様

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年 5月18日(水)08時53分41秒
  ご質問、考察をお示しいただきありがとうございます。後ほど私も応えさせていただきます。
昨今、掲示板ではハムの話題でいっぱいでしたが(とても大事なことですが)、宿坊のテーマであるS54年問題の議論も同時平行で行うことが大事なことと考えます。
大道の歌様も様々裏をお知りの様ですので、ご教示いただければと存じます。
 

信濃町の人びとさま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 5月18日(水)07時47分3秒
  池田先生のスピーチに学ぶ「勇気という魂を失うな、権威権力のロボットになるな」
御投稿ありがとうございます。
1990年12月、のスピーチなのですね。感慨深いです。厳粛でさえあります。

湾岸戦争、阪神大震災、オウムの一連の事件、同時多発テロ、イラク戦争、そして今につながる様々な事象を思い返しています。
公明党だったり、シンシントーだったり、新公明党だったり、段々に、徐々に、社会の動きに合わせての変遷。そして今。
学会は、確かに公明党というものが奇っ怪な集団になるのと歩調を同じくしてきましたね。
本当は、広宣流布の進展が先にリードしていくのかと思いきや、逆。
学会は、振り回されてきました。
権力の傲慢に学会組織も党も手足を不自由にされ、のみ込まれていった。まさにロボット。

1990年12月、池田先生が危惧され、警鐘を語り置かれたことに、少しも応えることができませんでした。
ですから、今信濃町の人びとさまが宿板に記される意義は、今の世界で随一の弟子のつとめ。

御指導をただ聞いて、池田先生がおっしゃっているという学会の空気の中で、甘えていたに過ぎなかったことが分かります。
1990年。
学会がこんなふうになり、公明党がこんなふうになるなんて、誰が想像できたでしょう。

池田先生おひとりが、父のように組織をご心配されていました。
 

なんで沖縄にいけるのに、熊本にはいかないの?

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 5月18日(水)07時40分57秒
  本日の聖教一面です。16日・17日の両日、ハラダ大会長様は沖縄の同志の激励に邁進されたそうです。

あれれ?沖縄にいけるのなら、なんで熊本にいかないの?一番大変なところにいくのが幹部のつとめじゃないの?

それとも、贅沢なホテルや料理があるところじゃないと訪問激励できないの?

「大風吹けば求羅は倍増するなり」の御文は被災された人達にいう言葉じゃないの?

それとも、選挙の票がみこめるところじゃないといけないの?

アナタの心に被災された方々はないのですね!あらためてアナタの命がわかる本日の聖教一面でした。
 

(無題)

 投稿者:うらら  投稿日:2016年 5月18日(水)06時15分6秒
  池田先生が師匠のみならず、後年も戸田先生の側の方々のお世話をされた信濃町の人びとさまのおはなし。
池田先生という素晴らしい師匠に巡り会えたこと、改めて感動します。うまく言葉にならないのですが、
先生は本当に偉い方ですね。
 

池田先生のスピーチに学ぶ【勇気という魂を失うな、権威権力のロボットになるな】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 5月18日(水)06時03分53秒
  池田大作全集75巻より
第三回男子青年部幹部会・創価班、牙城会総会 (1990年12月9日)

■信仰とは人間が人間となる勇気

「信仰」とは、最大の「勇気」である。真実に生き、何ものも恐れない。それが信仰者である。

大聖人は「石を珠といへども珠とならず珠を石といへども石とならず」――ただの石を宝石といっても、宝石になるわけではない。宝石をただの石といっても、石になるわけではない――と仰せである。

どんな言葉で飾ろうとも、真実は隠せない。真実は真実、虚偽は虚偽である。

この当然の道理を、はっきりと言いきっていく。深遠そうな理論にもだまされず、立派そうな格好にも目をくらまされず、″本当のこと″を勇敢に叫びきっていく。その人こそ、真の「魂の勝者」である。生涯、「権力の人」と戦う「真実の人」であられた大聖人の御精神に適った人生なのである。(拍手)

そして「納得できないことは納得できない」と、民衆が頭を上げていく。″あたりまえ″のことを堂々と誠実に、主張していく。そこに燦然たる広宣流布の歴史がつづられていく。

また、日本の古い、卑屈な精神風土を打ち破り、人類の進歩に貢献しゆく真の国際化への道もある。その意味で、大仏法の実践こそ、権威に弱い日本の精神土壌を変える、根本的な″薬″なのである。「良薬は口に苦し」で、迫害や圧迫も当然といえよう。

ユダヤ人のことわざに、「金を失うのは、人生の半分を失うことだ。しかし勇気を失うのは、人生のすべてを失うことだ」と。

この人生、大事なのは勇気である。一人の勇気ある、揺るぎない「人格」に、世界は扉を開ける。

すばらしき友情の橋が架かっていく。文化と歴史の相違を超えて、広々と広宣の道が開かれていく。私自身、その決心で生きてきた。その「勇気」に、私の一切の勝利の原因があった。(拍手)

勇気という「魂」を失う時、人間はもはや人間ではなく、ロボットとなってしまう。ちなみにロボットとは、労働、苦役の意味のチェコ語に基づく。

「権力」にあやつられるロボット。「金力」の奴隷となったロボット。誤れる「宗教の権威」にひれ伏すロボット――人間は、だれのロボットになってもならない。

私は十九歳の時から、人間とは何か、人間は何をなすべきか、人間はいかに生きるべきか、その根本課題を追究するために、戸田先生の弟子となった。この妙法に生ききることにしたのである。

″人間が「人間」となる勇気をもて!″″人間をロボットと化す鎖を断ち切り、解き放て!″――これこそ、全人類の救済に立たれた、大聖人の魂の叫びであったと私は信ずる。諸君は人間主義の旗を生涯、掲げとおしていただきたい。(拍手)

さらに、人を機械(ロボット)のように取り扱う者、その者こそ冷たい機械(ロボット)である。
人を、自分の金儲けの道具としか見ない資本家がいる。″集票マシン″と思っている政治家がいる。

″故障″(病気)する機械と見ている医者もいよう。苦しんでいる人を救うべき立場でありながら、献身するどころか、かえって人を利用しようとする学者、聖職者、マスマミ人、弁護士がいる。これも残酷なる一般社会の一断面である。

ともあれ、道具のごとく人間を見くだす人は、じつは、みずからが「権威」「権力」のロボットになっている。人を従わせる傲慢なロボット。また、人に従うのみの卑屈なロボット。どちらもロボットであることに変わりはない。この両方を、真の「人間」にする戦い――それが真の信仰であり、広宣流布なのである。(拍手)
 

saysaysay 様へ

 投稿者:mission  投稿日:2016年 5月18日(水)04時51分16秒
編集済
  なかなか投稿できなくて…(..)
歓喜しましたぁ~!【六甲おろし】
関西から離れて十数年…対巨人の放映しか無かったので、時々ネットで聞いてたんですが、これは知りませんでした。
今は関西に戻ったので、阪神戦が見られるのが夢のよう(笑)

あぁ~懐かしい面々の映像が…なんと言っても
【どやっ!!G倒】(巨人ファンの方すみません)
そうなんです!そうなんです(笑)
たとえ最下位やったとしてもGに勝てば良し!!
わぁ~い バンザ~イ\(^-^)/でした。

1985年11/2 球団創立以来初の日本一!
同じ秋に息子が生まれたから忘れもしません。
バース*掛布*岡田のニューダイナマイト打線に中西*福間(でしたっけ?)のリリーフ陣が活躍したんですょね。

私が気に入るモノって、誰かに感化されたからって事が無いんですょね 昔から…
じゃぁ 何で私は、半世紀も掛けて阪神を愛するのか?
チョッと変ですが、球団やファンそれに応援してる様(さま)に早創期の関西が重なるんです。

選手は替われども愚直さを感じ、ファンからは毎年ビリが続いても見放す事なく声を上げる姿に感動する。
応援の仕方も他球団と違うんですょね。
笑ったり*怒ったり*泣いたり、誰の目も気にせず格好つけず、素のままに振る舞う…
早創期の関西も こんな人達が いっぱい居てました(笑)

仕事帰りに阪神電車の中で鉢巻きしてイザ出陣!
もちろん外野席を陣取り、慌てて買った一本巻きの巻き寿司を頬張る。
嫁入り前やのに おじさん達と一緒にヤジ飛ばし、勝ったら勝ったで知らない老若男女と肩を抱く…

say様に紹介して貰った映像だけで、30分も懐かしい若かりし頃に想いを馳せる事が出来ました。
ありがとうございます^^;

でも今一番気になってるのが、創価大学の田中投手です。
最速156㌔で、今秋ドラフトの目玉って言われてましたが、右肩関節の炎症でリーグ戦登板が絶望的って…心配してます。
 

やはり、日蓮本仏論を捨てるのか?

 投稿者:平家ガニ  投稿日:2016年 5月18日(水)03時29分1秒
  【字幕版】
日本宗教学会 第74回学術大会  創価大宮田幸一教授の講演

教学部アドバイザーの宮田先生ww
変更そのものに関与していたのかな?

https://youtu.be/nInVBJ18F_0
 

人工知能の内容のテレビ

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 5月18日(水)02時13分29秒
  どうやらこの数年で研究スピードがあがってたんだなぁと。
心理学以外では脳内ホルモンをモデル、これも過去に考えてたから、それを実現していたのにはちょっとビックリf^^;
けど、おそらくこの方法は人工知能の最終的な形ではないだろうと予想してやめたけど。
心を物理的次元でしかみないというのも限界の壁が出るんじゃないかなっていう直感から。
やはりというか、手間のワリには成果が難しいみたいね。

もっと人に近いモデルはあるんだけどね。
それもこんなに手間のかかる方法でもない。
もっとぜんぜん単純(当然ここでは言えないけど)。
情報そのものの根拠に宗教を元にするなんて企業ではおそらくやれないことだろうから、あせらずジックリ進めて大丈夫なのが確認できたかな。
どうやら勝ったな、と(笑)。

ニコニコにはしばらくアクセスしてないけど。
電脳戦は羽生さんがやるのですか。
人工知能は羽生さんの感覚を上まれるほどにはまだ至ってないだろうなぁたぶん。
羽生さんの感覚はとてもじゃないけど数字だけで図れるレベルじゃないもの。
ヘタしたら全敗かも。

ロボット・人工知能の世界でも、暴走などを危惧する時期なんですね。
倫理感がない、と。
倫理感そのものも欲求のひとつなんですね。
最終的に求めてる姿、それが心の働き(欲求)のようだけど。
僕のよくいう「直感」はこの部分だけど。
それを成就する手助けの役割が知能なんだなって。
いわば心がご主人様で、知能は執事?(笑)

「最終的な姿」は直感的に感じてても、そこへ至る具体的部分が欠落してることから『方便』が必要なんだなって。
どうやらそれぞれで持ち合わせてる使命でも「最終的な姿」も微妙に違う、というか。
使命の成就に必要なスキルがそれぞれで違ってくることからの違いなんかなって。
だから違う使命の相手に自分の使命を主張しても話がかみ合わない、なんてこともたまに。

それで、これから人工知能が生活に入り込んできて、仮に暴走なんてことになっても、そのように人工知能を作った『人災である』のを予測せざるえないですね。

人の世界で喩えていえば。
しばらく前に「盗撮」が話題になりましたね。
盗撮した方が悪いのか盗撮させた側が悪いのか。
両方とも悪いことではあるけど、指示する側に、より責任があるでしょうね。
本来ならば善根で幸福になっていくはずが、逆の指示という外部でも明瞭にわかる善悪。
倫理感の欠如は本人が悪いのか指示した側が悪いのか。

たとえ時代の利器でも、使う人の心しだい、なんですね。
この掲示板がその縮図になってるんじゃないかと。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

国土の宿業とは

 投稿者:Newtype  投稿日:2016年 5月18日(水)01時57分36秒
  樋口陽一氏の「もういちど憲法を読む」という本を読みました。そこで云われていることが
まさに、今の情況そのものではないのか?この問題意識は過去のものでは決してないのでは
ないか? そう思われたので、長くなりますが引かせていただきます。

“皆さんに思い出していただきたいのは、大日本帝国憲法というのは一八八九年、明治二二年に発布されて、どこまでつづいたかというのは学者の間で議論があって、ポツダム宣言受諾によって
終わっちゃったのだというのと、日本国憲法が正式に成立することによって終わったんだという
のとがありますけれども、どっちみち一九四五年ないし四六年、四七年までですね。一八八九年
から五十数年つづいたわけですけれども、しかもその間、一字一句改正されることなしに帝国
憲法はつづいた。
 その帝国憲法の下で、あの大正デモクラシーから軍部の独裁まで、およそ全く違った国家のありよう
が可能であったということを、私たちはもっと真面目に考える必要があるでしょう。憲法が変わってないから安心だということは、ほかの国だったら言えるかもしれません。法というものがあ
ると、それがよい法であればよい社会、悪い法であれば悪くそれに合った社会ができる、大まか
にいってそういう社会もあると思うのですけれども、どうも日本の社会はそうでないということは、帝国憲法の経験で我々は十二分すぎるほどわかってるわけです。あの帝国憲法の下で、マルクスの『資本論』の翻訳が世界中で一番売れたという時代、メーデーで何万人も東京に人が集まっていたという時代もあれば、ご承知のような、端的な軍部と特高警察が支配する時代までもが
あったということを、考え直す必要があるように思います。”

国家(政府)を暴走させないための成文憲法を一字一句変えることなく、全く違った
国家のありようを見せることを可能にする、日本の国民性とはいったいなんのか? もし、国土
の宿業というものがあるならば、そこに住む人々の持つ宿業(命の傾向)が国土の宿業となって
現れるのでしょうか。
教学的な回答は私にはだせないでがしかし、なし崩し的に大勢
に流されていってしまう日本人の傾向性を宿業と捉える、そしてそれを転換するのが創価(価値創造)と捉えるならば、今の情況は、創価がこの国において価値創造してきたのかと問われているような気がしてきました。
 

『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 5月18日(水)01時44分12秒
編集済
  矢部宏治著の『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』が
近日発売になるのは、今という時機を見てのこと。

とりもなおさず、昨年決まった安保関連法の流れをなんとか変えたい、日本の立場を苦しめ続ける軍事的構造を変える契機にしたいと、作者が強く願ってのことです。

昨年9月19日、私たちは、長年大変な思いで支援してきた公明党が、安倍日本会議と一緒になって、今まで先人の官僚と首相たちが、ギリギリの交渉で巧みに守ってきた平和の鎖をあっさりと断ってしまう、愚かとしかいいようがない愚行を犯す様を目撃しました。

立ち読み概要でお伝えしたように、安倍日本会議自民党と公明党は、戦後政治で最大の過ちを犯してしまったのです。

日米には、「統一指揮権密約」というものがあり、アメリカの公文書で確認されています。
これは、簡単にいえば「戦争になったら、日本軍は米軍の指揮下に入る」という密約です。

この密約が自衛隊の創設から今回の安保関連法の成立にまでつながる、日米の軍事的一体化の
法的根拠となっているのです。
けれども、これまでは、あくまで日本とその周辺だけの話でした。
戦後の日本は、憲法9条を押し立てて、自衛隊の海外派兵という一点だけは、なんとか阻止してきました。
憲法9条2項「戦力不保持」は、あきらかな矛盾がありましたが、9条1項「戦争放棄」の大原則だけは守り続けてきました。
アメリカの軍部から加えられる軍事的一体化のプレッシャー。
その圧倒的に不利な状況で、抵抗を続け、「権力者をしばる鎖」として憲法9条1項「戦争放棄」の理念に集中してきました。米軍をしばる鎖として使ってきたのです。
また米軍をしばることによって、日本の右派の動きを押さえこんできました。
それが、日本の戦後70年でした。
しかし、その鎖を、安倍晋三という政治プレーヤーの手で、公明党も手を貸して、引きちぎってしまいました。
その結果、長い平和な暮らしと経済の繁栄、比較的平等な社会を、半世紀以上実現した「戦後日本」の政治体制は、ついに終焉をむかえることになりました。


今後は、戦争が必要と米軍司令部が判断したら、自衛隊は世界中どこでも米軍の指揮下に入って戦えます。そのために必要な「国内法の整備」を、昨年ついにやってしまいました。それが、あの安保関連法の本質でした。
 

ロマン様

 投稿者:大道の歌  投稿日:2016年 5月18日(水)01時32分46秒
  再三すみません

ロマン様の過去ログに先生が原田さんを指名して会長にした
原田批判すると指名した先生を批判することになるというような投稿がありました

先生は原田さんを指名していません
皆で決めなさいと言われて皆で決めたと聞いています

先生が指名したのは、自分が知る限りでは、正木さんだけです

浅見さんに
「面白い奴だ
副会長以上にはなるよ」
と言われたと聞いたことがあります

もしかしたら、それで、浅見さんは会長になると思ったのかもしれません

しかし、あくまでも、副会長以上です
理事長も副理事長もあります

会長に指名されたのは自分が知る限り、正木さんだけです

原田さんはそもそも先生は指名されていない
愛人、隠し子がいる人を先生は指名されないでしょう
原田さんの女性問題は職員は殆ど知っているので、原田さんが会長になることはないと皆さん、言っていました

ので、原田会長批判=先生の責任になることはありません
ご安心ください

 

ロマン様

 投稿者:大道の歌  投稿日:2016年 5月18日(水)01時08分29秒
  太ちゃんが作成してくれた検索機能で、あなたの過去の投稿を読ませて頂きました

その中に
時流ですと言った幹部にそれは違う!と1人も言わなかったことを嘆かれている投稿があります

それは違う!と言わなかった人の中に北条会長、秋谷会長も入っていると思います

それを嘆いていたあなたが、何故急に会長の大変さの理解者になられたのでしょうか?

また、先生に執務室を用意しなかった全責任は会長である北条さんにあります

それに対しても、あなたは職員全員にあると言われています

しかし、あなたの過去ログを読むと学会はトップダウンなので、トップがしっかりしないと会員に迷惑がかかると

つまり会長に大きな権限があり、他は追随するだけと思われている

そのあなたが、何故、先生に執務室を用意しない北条さんを責めるのではなく、全職員を責めるのでしょうか?

今になって、何故、それは違う!と叫ばなかった北条さんを庇うのでしょうか?

これまでのあなたのコメントは宿板寄り風ですが、肝心な個所はどちらともとれる曖昧な書き方をされていました
そして、今は完全に会長サイドに軸足をおいているように見えます

転向したのでしょうか?
境目はなんでしょうか?
それとも、元々軸足は執行部サイドだったのでしょうか?

それから
misson様の御質問にも回答お願いします

過去ログを読み、今のあなたのスタンスに疑問を感じています

そう、「我らの谷川」はおちゃらけて言っている風にしていますが、実は本音なのではないか?と思っています
 

大道の歌さま

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年 5月18日(水)00時34分37秒
編集済
  お疲れ様でございます。
>北条会長、秋谷会長ともに頑張ったとおっしゃりたいと言うことですよね<

今はこの質問のみ答えさせていただきます。
答えは直近でも少し述べましたが、頑張ったという様な上から目線は毛頭ございませんが、師匠の元で直接薫陶を受けた弟子(理事長、会長に登用していただきながらも←この部分を頑張ったというかは人にもよりますが:追記)でも魔に破れてしまうことを、創価学会の歴史に残したということです。池田先生を裏切ったという歴史も合わせてですが。

奇しくも池田先生は初代、二代両会長と同じ、「遠離塔寺の難」を受けられました。牧口先生の時は戸田先生も登山停止、戸田先生の時代には狸祭り事件で戸田先生が登山停止されたが、池田先生をはじめとした弟子達が宗門に異議を申したてるなど戸田先生のために戦いました。
しかし、第一次宗門問題では池田先生お一人だけで受けられました。
戸田先生の時代に共に戦った青年部ですら、池田先生のためには戦わなかった。
池田先生だからこそ大難を呼び起こされたとも拝察できます。

最終結論は逆説的に、「池田先生が師匠たる所以」を4代会長以降が自ら示している。
会長なるまでに例え実績のある人でも、道を違える(ダークサイド落ち:追記)ということです。会長職というのは想像だにしない、それだけ大変な役職なのだと思います。
 

ちゃんと答えろ!

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 5月18日(水)00時24分41秒
  壮年地区部長Kさんのところでは、○三の時局講演会に、自民党参議院議員が登壇すると聞いて、壮年部活動家のほとんどが行く気を失い、参加しなかったんだそうです。

参加しない理由は、
「それじゃあ、自民党員がたくさん行くんだろうから、勝手にやれば」と不服型。
「公明党時局と聞いていたのに、その顔ぶれなら、それは自民党時局だろう」とプライド型。

「なぜ自民党が一緒なのか、不満と疑問が大きくなっていくばかり。
世間の噂通り、知らされてないだけで、公明党消滅、気がついたら俺たちも自民党の中なのか?
この様子では、事実のように見える。 幹部にただしても答えないので、ますます怪しい。
我々は本当は、幹部と公明党に騙されているのか?」
というのです。

頭にきたのは、婦人部本部長が、詰問してきたこと。
「壮年部の結集目標を知らなかったんですか?」と。

おいおい、結集目標を知らないのかって言い草はないだろう。支援は自由のはずだろう。
それよりも、不参加の理由を聞いたらどうだ。

壮年部では、本部長も支部長も、結集目標など誰にも連絡しなかったとか。
そりゃそうだ、時局の開催に自民のハンドルが入ってるのは、なぜなのかという、こっちの質問に全く答えてないんじゃ、行きたくないのは、本部長も支部長も同じ。

質問に答えず、結集を押しつける、そんな傲慢、いつまでも通用しないでしょうが。
公明党だけだったから、今までは協力した。
しかし、あくまで協力だ。 義務じゃない。

俺は動員用のコマなのか?そんな扱いなのか。ふざけんな。
説明もなく、ただ日時と場所の連絡だけで、行くのが当然みたいに決めつけられちゃ困る。

こっちは会場に行くまでに、ガソリン代もかかるし、仕事もホッポリ投げなきゃならん。
説得ぐらいしたらどうなんだ。
そうだ、まだ安保にも納得いく答えをもらってない。 あれもこれも、ちゃんと答えろ!

……と、さんざんな御立腹ですぞ、さあどうする?
 

(無題)

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2016年 5月18日(水)00時17分55秒
  自分の質問のせいで、これだけの大騒ぎを引き起こしたのに、皆様の感覚にはついていけない、との捨て台詞を残して去る?
この板の皆様の善意を踏みにじり、自分の価値観に収まり切らないものは、頑なに拒否。

人の振る舞いとして、どうなのかなと思いました。
困ったもんだなまったく…。

信濃町様は悪くないです。
どうも、お疲れ様でした(笑)。
 

忘れられた北條ひろし氏について

 投稿者:ビィマラキルティー(正義の獅子同盟)創価青年学会メール  投稿日:2016年 5月18日(水)00時13分4秒
  私の周りにいる男子部は

北條さんの存在すら知らな
い人はざらにいます。以前ゾーン男子部長と北條さんの話しになった時に
「誰?そんな人いたの?」
といってたくらいです。

私の場合は両親が入会が

古かったので北條ひろしに
ついては存在はしっていました。

北條会長が死去の話しは

ずいぶんと美化されたようです。

当時の地元幹部が「北條会長は畳の上で眠る様に亡くなられた。」と事実を捏造して末端会員に

説明があったそうですが、初めてこの板で

北條会長が裏切り者であっ
たことを知りました。

何も知らない両親は当時の
幹部の話しを間に受けて

「北條さんはとても高潔な
人物だったときいたよ」

としか私は聞いていませんでした。

今の世代にとっては「そんな会長いたの?」

というのが本音のようですね。

これは私個人の考えですが
池田先生の五四年の会長辞任についてなぜ側近幹部が変節して裏切りものになったのか検証するいいサンプルになりますね。

若い世代の方で

「北條会長って誰っ?」て思いながらこの掲示板をみている方も登場しないだけで

けっこういるのではないで
しょうか?

追伸
「空き家栄之助って誰?」
「腹田会長そんな人いたの?」

「谷ガワしる訳ないでしょう?」

そんな人達がいづれ青年部幹部で出てくるのも
間違いないでしょう。

 

貧困と戸籍抹消の世界 それは昭和33年まで続く~

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 5月17日(火)23時52分7秒
編集済
  管理売春が売春防止法制定の昭和33年まで続き、赤線廃止。単純に言って人身売買でした(-_-)
青年部の皆さん方は、全く知らない世界でしようが、分かりやすく例は、『ALWAYS三丁目の夕日』の時代背景です。

小説家の茶川が恋い焦がれる居酒屋の店主、石崎ひろみから、子どもを預かるが店を閉めて姿を消してしまう。
ひろみが、父親の治療費を捻出するために、身を売って踊り子となっていた(-_-)

私が仕事の切れ目の時に行政書士をして戸籍調査していた時に同様な依頼がありました。
身売りは、戸籍の抹消であり闇の中で人生が終わる世界です。こんな事が昭和33年まで実体法(公娼制度)として施行されていた事に驚くと共に、それは貧困と隔絶、社会保障制度が整っていなかった時代の産物です。

今は、生活保護制度もあり、ある程度の生活環境は整いますが、ちょっと昔までは身売りしなければ生活出来ない時代もあった事を様々な書物をよく読んで勉強して下さい。

女性の人権が、著しく損なわれていた時代背景、今も創価は女性に対する人権侵害甚だしいところですが、男尊女卑は臆病者の典型ですよ!
 

ロマン様

 投稿者:大道の歌  投稿日:2016年 5月17日(火)23時46分29秒
  ロマン様は結論から言わせていただくと、北条会長、秋谷会長ともに頑張ったとおっしゃりたいと言うことですよね

50周年に関して先生は
「50周年は大敗北だった
沢山の同志がいた
1人も柱を守れない
大恥をかいた、屈辱の歴史」と言われたと聞いています

また、ある時
「54年の時、僕は1人ぼっちだった
守ってくれる弟子は1人もいなかった」と言われたとも聞いています
誰かが書いておられました

また、先生御自身がかかれた随筆にも
時流とはなんだ!
第三代を守れとの戸田先生の言葉を忘れたのか!との怒り

54年当時、第三代を守れ!との戸田先生の言葉を命がけで守った人は奥様しかいなかった

秋谷さんは学会は守るけれど、先生は守らないと誰かが投稿されていました

池田先生がよく言われた言葉があります
戸田先生の弟子は私1人

実際に戸田先生の弟子は池田先生1人ではありません
沢山いらっしゃいました

しかし、本当に戸田先生の心を、言葉尻ではなく、言葉の奥に秘められた心まで斟酌し、理解し、そして実践した弟子は池田先生1人だったのではないでしょうか?

戸田門下のどなたかが言われていましたが、自分達は戸田先生が言われていることを理解出来なかった
池田先生がいつも解説してくださり、やっと理解した

54年
元法華講の北条さんは先生をお守りするよりも宗門の方を見ていたと思います
先生の思いがわかるならば、名誉会長室を作るのは当たり前

部屋を取り上げたということは、本部に来るな!と言っているのも同じ
これは、立派なパワハラです

54年、池田先生が1人もいなかったと言われているのは事実です

北条さんを励ました云々の記載は当たり前では?
一応会長なのですから
それよりも、先生の随筆に北条さんを励ましたと書かれるのではなく、
本来1番大変だったのは、批判の矢面に立っていたのは、北条さんではない、池田先生です
批判の矢面に立っている先生を北条会長が必死で守ってくれたと記載していただける会長であって欲しかったです

1番大変な先生に励まして頂いている
だから、先生を必死でお守りしていたと考えるのはあまりにも、安直すぎる見方であると自分は思います

何よりも、先生ご自身が1人も守る弟子がいなかったと言われているのですから、素直にそうだと受け止めたらいいのではないでしょうか?

そこを認めないで、あーだ、こーだと言っても、この板の主題から外れていくだけではないですか?

戸田先生の愛人の件
池田先生から伺ったことがあります
その時、先生は戸田先生は明治の人だからと言われていました

明治時代の普通と、現代の普通は違っていたのだと思います

たしか、戸田先生の出版関係の仕事を一緒にされていた方で、戸田先生亡き後、息子さんが出版社を継いだと思います
大道書房と言う名前でした

ここで、勘違いしないで欲しいのは、戸田先生の時代は広布部員制度はずーっと後から誕生しました
それまでは、戸田先生が会に必要な経費を出して下さっていた
その意味では、会員の浄財で愛人を養っていた訳ではない

原田会長のケース(浄財で愛人と隠し子養う)とは大きく違うことを付け加えさせて頂きます




 

別の機会に掲載いたしますが

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年 5月17日(火)23時39分34秒
  同盟唱題ありがとうございました。

昭和54年5月3日の本部幹部会での池田先生のご挨拶「恩師の遺言すべて遂行  愛宗護法こそ学会精神の第一義」の新聞掲載記事(5/4のSP三面)が手元にございますが、同じ紙面に秋谷副会長、辻武寿師範会議議長、溝口隆三男子部長、宮川清彦総務のそれぞれ挨拶が掲載されています。

池田先生の挨拶の文面、司会の言いつけどおり拍手の記載がありません。
秋谷副会長、辻師範会議議長、宮川総務には拍手の記載はあります。(溝口氏には拍手の記載なし)
徹底していますね。この池田先生の挨拶も先生の本意ではなく、山崎正友がタッチしているんですよね。
 

「ノーカット」に池田先生ご自身の言葉で言われてます

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 5月17日(火)23時06分35秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/46076
ノーカット語録のURL(再掲)

すぐに提示しない理由は二つです。

とりあえずは、僕自身が北条氏のことはこの掲示板で名前を知った、という知識レベルなので、単純に情報が知りたいという点からですけど。
もうひとつは、ロマンさんの主張はまだ提示途中になってる、という点です。
ネットゆえ時間がかかるのも仕方ない面もあることでしょうから。

ロマンさんは過去のコメントより良心的にやってきてるのが明らかなので、お互いに良心的にやってるぶんにはちゃんと「落ち着くところ」に落ち着くでしょうから慌てることもないと感じられるんですよ。

さて、以下の「ノーカット」についてのコメント群のどれだったか再確認していようと思うので、ロマンさんがお話を進めている間に見つけておきますね。


http://6027.teacup.com/situation/bbs/9690
http://6027.teacup.com/situation/bbs/9701
http://6027.teacup.com/situation/bbs/9715
http://6027.teacup.com/situation/bbs/9854
http://6027.teacup.com/situation/bbs/9855
http://6027.teacup.com/situation/bbs/9867
http://6027.teacup.com/situation/bbs/9880
http://6027.teacup.com/situation/bbs/9894
http://6027.teacup.com/situation/bbs/9963
http://6027.teacup.com/situation/bbs/10202
http://6027.teacup.com/situation/bbs/10204
http://6027.teacup.com/situation/bbs/10206
http://6027.teacup.com/situation/bbs/10208
http://6027.teacup.com/situation/bbs/10210
http://6027.teacup.com/situation/bbs/10431
http://6027.teacup.com/situation/bbs/10436
http://6027.teacup.com/situation/bbs/10439
http://6027.teacup.com/situation/bbs/10467
http://6027.teacup.com/situation/bbs/10784
http://6027.teacup.com/situation/bbs/11315
http://6027.teacup.com/situation/bbs/12051
http://6027.teacup.com/situation/bbs/12749


追伸:信濃町の人びとさんへ
●●●●●
おそらく、戸田先生という全人格を受け入れて師匠の教えをそのまま実践された池田先生しか話せない指導だっだのではないか。と感じています。
●●●●●
僕も同感です。
さて、ちょっと遅れたけどこれから参加します。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

同盟題目23時開始

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 5月17日(火)22時56分18秒
  よろしくお願いします。

1つだけ追加で述べます。
池田先生の指導で、ありのままの師匠の姿を受け入れなければ
本当の師弟の世界はわからない。このような趣旨の指導を直接聞いたことがありました。文献的な記録は残っていません。
おそらく、戸田先生という全人格を受け入れて師匠の教えをそのまま実践された池田先生しか話せない指導だっだのではないか。と感じています。
 

安保反対創価大学関係者の会より

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 5月17日(火)22時54分4秒
 
集会の様子が動画でアップロードされました。私たちの登壇は35分頃からとなります。
https://twitter.com/sokauniv_nowar/status/732328279378558976?cn=ZmxleGlibGVfcmVjcw%3D%3D&refsrc=email
 

結果が物語っています

 投稿者:JACK  投稿日:2016年 5月17日(火)22時39分23秒
  人柄がよかろうとも、戸田先生の「三代会長を守れ!」ができなかったのは事実。

牢獄に入れられた弟子の身を案じた戸田先生のような気持ちは、当時の幹部たちにはなかったのでしょう。

そうでなければ、「時流ですから」なんて言えない。

三代会長が、「情けなかった」だの、「学会は私を裏切ったな」などと言うものか。


昭和54年以降に入会した婦人部の方で、入会してから初めて会長交代のいきさつを知り、
「周りの幹部は、なぜ守れなかったのか」
「四国の会員は、船で先生の元に駆けつけた。他の地域でも、駆けつけた人たちがいた。でも、自分のいる地域では、一番上の幹部も、会員も駆けつけなかった。一体どうして行かなかったのだろう?」
と、純粋に疑問に思い、当時何かしらの役職に着いていた人達に質問をしてきた方がいます。
今に至るまで、あたった人数はかなりの数になるはずですが、これらの疑問を投げかけると、それまで饒舌だった人も、みんな黙り込んで、誰1人何も答えなかったそうです。
この質問をしたことで質問者を疎ましく思う人、「昔の話を蒸し返すな」と嫌がる人もいたとか。
相手を責めているわけではなく、どんな事情があったのかを聞いただけでもこんな反応になるのかと、54年の出来事の根深さを考えさせられたとおっしゃっていました。
 

誰か私を呼んだ?様

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 5月17日(火)22時38分6秒
  言葉が過ぎたかもしれません。(笑)
また、心情的に受け入れ難い方はスルーで良い話です。

夫婦制度は中世社会から近現代までの社会状況の変化により、価値観が異なるので一律に考えてはならないのだと思います。
また、キリスト教文明が入ってくるまで、日本は案外そのあたりは緩い社会だったというのが私の認識で、明治時代の人間の社会規範から逸脱した話ではないのに、あまりに過敏に反応し過ぎというのが私の感想です。
あまり現代社会の基準に合わせて判断されると間違った理解をする良い例ではないでしょうか。
公家社会や武家社会、また、僧侶の世界でも価値観は違います。御書には女犯という記述もありますし。
ただ、僧侶の妻帯も明治期からですが、良し悪し両面あり、ことさらマイナスだけでは無いと思います。
SaySaySayさん紹介の映画スポットライトはカトリック
聖職者の独身主義が招いた惨劇です。
この事件後に、妻帯を可能にする改革が行われたそうです。
近現代の女性の地位確立、向上があってはじめて理不尽な社会制度が変わってきたことは間違いないと思います。

これは蛇足の話なので、本筋の54年問題を思いっきり語ってください。
中心はロマン様と虹さんでしょうか。
よろしくお願いします。
 

太ちゃん様

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年 5月17日(火)22時25分24秒
  検索に使わせていただきます。
ありがとうございます!
 

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