「ビッグデータ」や「アナリティクス」はビジネス書籍などでキーワードになっている。マーケティングの分野では顧客の購買履歴などのデータをもとに販売戦略が展開されている。最近はマーケティング以外でもビッグデータを活用する動きがみられ、中でも高い関心を集めているのがピープル・アナリティクスと呼ばれる人材活用の分野である。本書はピープル・アナリティクスの中でもセンサー技術から得られるデータに焦点を当て、従来とは異なる人材活用の方法を提案している。
本書が特に強調するのがフェイス・トゥ・フェイスによるコミュニケーションの重要性。電子メールやウェブの閲覧記録だけでは組織の線に沿った情報しか得られない。従業員同士の交流パターンや話し方などのインフォーマルな情報が重要と説く。その情報は赤外線装置や加速度計などのセンサー技術を内装したIDカードから得られる。
コールセンターでスタッフが休憩時間をそろえると生産性が向上した事例などセンサー・データを活用した実践例も紹介する。メール・コミュニケーションと距離に関する事例も興味深い。距離が遠い相手ほどメール・コミュニケーションも少なく、知らない人より顔見知りの方がメールを送りやすいという。
一方、IT化とグローバル化によってソフト開発などは途上国への移行が進み、スタッフ間の距離はむしろ広がる傾向にある。そこで著者はリモートワークでもプロジェクト開始前に全員で顔合わせの機会をつくるよう提案する。こうした取り組みはコストではなく投資であるとの指摘は示唆的である。
ピープル・アナリティクスはグーグルのような先進企業だから可能なのではない。イノベーションの創出に苦しむ日本企業にとって有効なツールとなりうる。人材活用における日本企業の課題は、個々の社員が持つ高い創造性を、組織が引き出せていない点にある。人事情報は、手間や時間、予算の制約などから社員アンケートやヒアリングが中心で、社員の特性や志向の違いを十分把握できているとは言い難い。
しかし、ITを活用したアナリティクス時代の到来で制約は解かれつつある。社員を顧客と見立て、アナリティクスを駆使して社員の創造性を引き出す環境づくりを目指すことが人事の重要な役目になるだろう。アナリティクスと聞いて「人事部門とは無縁の世界」と受け流す前に、まずは本書を一読することをお勧めしたい。
(日本リサーチ総合研究所主任研究員 藤原 裕之)
[日本経済新聞朝刊2014年7月20日付]