4月からずっと僕の面倒を見てくれていた先輩の退職がほぼ確実のような流れが社内で出来上がっており、悲しいやら嬉しいやら複雑な心境なのだった。
僕の先輩はとても素晴らしい人だった。物腰が柔らかく、年齢に関係なく敬語を使い、いつも笑顔で、誰よりも人の面倒を見てくれる素敵な先輩。ところが最近は雨に打たれた猿のように疲れ切った顔をしていて、ずっと心配だった。仕事の成果を出したくても周りの人間から邪魔をされ、一度説明したことを改めて大勢の前で謝罪させられ、やりたくもない仕事を押し付けられ、夜遅くまで働き、少ない基本給に嘆く日々。コップの水がゆっくりと溜まっていき、やがて優しく溢れるように限界がきていた。
先輩は実家が自営業なので、その仕事を継ぐ選択肢と、さらに自分自身で勉強をして資格を取り、新たなビジネスをする選択肢があるのだという。僕としては心細いけれど、先輩の門出を応援したいと思う。
先輩は絶対に怒らない人であった。人の良いところを褒め、悪いと思うことは面と向かって優しく説き、嫌味を言わず、伸び伸びと成長させていきたいという信念を持っていた。僕はそんな先輩が大好きだった。二人で車に乗って取引先に赴く時、まるで幼い時に大好きだった遠足に出かけるような、そんな楽しさがあった。
なぜこのような人が会社を失意ながら辞めていかなければいけないのか、僕にはさっぱりわからない。まともな人間ほど、様々なものに縛られてしまうのだろうか。どこか狂っていないと、生きていけないような組織なのだろうか。そんな風に考えて、時々胸が苦しくなる。
不満げなことをブログに書いている僕も、一足会社に入ればニコニコしながら仕事をしている。注意深く仕事をし、会社という仕組みからはじき出されないようにバランスを取っている。まるで役者が物語の主人公に身を寄せて演技をするように、僕も会社の一員として公正な振る舞いをすべく踊っている。たぶん、みんな、少なからず、そうだ。
僕は上手に踊り続けられるだろうか?雨の中、風が強くてずぶ濡れになり、磨いても磨いても綺麗にならない靴を眺めながら、そっとため息をついた。