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ジャズ・クラリネット奏者の北村英治「100歳まで吹くため、年下のクラシック奏者に基礎を習った」〈週刊朝日〉

dot. 5月15日(日)11時30分配信

 今年、米寿を迎えたジャズ・クラリネット奏者の北村英治。今も現役で活躍しているジャズ界の“生きる伝説”と呼ばれる人物で、あのクリント・イーストウッドなどが聴きに来ることも。大御所に元気で現役を続ける秘訣を聞いた。

 東京・赤坂のサントリーホールで4月1日に行われた米寿記念コンサートを大成功に終わらせるなど、今も旺盛にステージをこなす。これまで世界各地で超有名ジャズ・ミュージシャンたちと共演を果たし、レコーディングに参加したアルバムは100枚を超え、その功績が認められて2007年には旭日小綬章も受章。

 クラリネットを手にしてから70年近くが経っても北村の探求心は尽きない。

「考えてみると、吹き始めてから長いですよね。でも、クラリネットを吹くことがますます面白くなってきているので、困っちゃうんですよ(笑)。こんな音を出してみたいなとか、どんどん出てくるんです。それに挑戦することがまた面白いんですよ」

 運命とも言えるクラリネットとの出会いは14歳の時。戦時中のことだった。

「当時、うちではクラシック音楽しか聴かせてもらえなかったんですけど、ある日、クラシックのレコード盤にまざって、一枚だけ小さい盤があったので、何かなと思ってかけてみたら、ベニー・グッドマンだったんです。一発でしびれちゃって、こんな音楽が世の中にあるのかと思いました。『ドント・ビー・ザット・ウェイ』という曲で、ベニーのソロはほんのちょっとしか出てこないんですけど、ビックリしましたね。そこで、初めてクラリネットという楽器の魅力を知りました。目をつむって聴いていると、ニューヨークの絵ハガキが浮かんでくるような感じでした。それを学校で友達に話したら、うちにみんなで遊びに来て、一緒に聴いていたんですよ。そうしたら、母親に『今、日本はアメリカと戦争をしているんだから、そんな音楽を聴いていたら、憲兵に連れていかれるよ』って言われましたね(笑)」

 1930年代から40年代前半まで、ジャズと言えば、ビッグバンドによるスウィング・ジャズが主流であり、ベニー・グッドマンに代表されるようにクラリネットが花形の時代だった。しかし、40年代後半からマイルス・デイヴィスらの登場により、少人数によるアドリブ重視のジャズが人気を集め、ビバップと呼ばれるスタイルが誕生。クラリネットからトランペットやサックスが主役の時代へと変わっていく。

「クラリネットは惨憺たる状態でしたね。誰も相手にしてくれなかったです(笑)。当時はスウィングをやっていると、『古いな』って言われましたよ。僕もアルト・サックスをやったり、ちょっとビバップ系のクラリネットをやってみたこともあるんですよ。ビバップに関しては、バディ・デフランコのレコードを聴いて、コピーした時代がありました。それで、グレン・ミラー・オーケストラのリーダーとしてバディが日本に来た時に楽屋を訪ねて、自分がレコードからコピーしたフレーズを本人の前で得意になって吹いたんですよ。そうしたら、『よく音を取ったね。君はアマチュア、それともプロ?』と訊くので、『プロです』と言ったら、途端に怒り出して、『プロが俺の真似をするなんて、冗談じゃない。自分のものがないじゃないか。スタイルは何でも良いけれど、自分のスタイルがない限り、プロとは言えないんだよ。コピーなんかやめて、自分のスタイルで吹いてみろ』って言われた。大ファンだった人から言われたので、僕はビバップをやめ、スウィングのスタイルに戻ったんです」

 クラリネットが少し停滞した時期に、北村は昔ながらのスウィングではなく、ビバップに一度足を踏み入れた経験を活かし、新しいスウィングのスタイルでプレイするようになる。

「僕はちょっとモダンなスウィングをガンガンやることにしたんです。そうしたら、嬉しいことに、ロサンゼルス・タイムズに記事が載ったんですよ。僕の演奏を聴いたレナード・フェザーという評論家が、『クラリネットの出ずる国、日本』と書いてくれたんです。『クラリネットの沈滞を救った男』とね。嬉しくて、その記事は宝物のようにしています」

 77年に初めて出演したアメリカのモンタレー・ジャズ・フェスティバルで、スタンディング・オベーションを受けて以来、同フェスティバルに19回出演するなど、世界を舞台に活動を続けた北村は、スタン・ゲッツ(サックス)、ウディ・ハーマン(クラリネット)、ディジー・ガレスピー(トランペット)、ベニー・カーター(アルト・サックス)、テディ・ウィルソン(ピアノ)といった著名なミュージシャンたちと親交を深め、彼らから多くのことを学んだという。

「いろいろなフェスティバルに行って、いろいろな人と共演ができるのは財産ですね。若いとか年寄りとか関係なく、何かを持った人は勉強になります。僕は人に教えることは決してうまくないけれど、教わることはうまいと思うんです。欲張りなんですよ(笑)。世界中を見回すと先生ばかりですね。勉強することはたくさんあります。いろんなことを吸収したいんですよ」

 そんな勉強熱心な北村に転機があった。「100歳まで吹き続けるには、基礎から学ぶ必要がある」と、50代の時に年下のクラリネット奏者、村井祐児に弟子入りし、クラシック音楽を学ぶことを決意する。

「村井先生がちょうどドイツから日本に帰ってこられて『東京芸術大学に就職しました』って言うんですよ。『それなら教えてください』と言ったら、『嫌です』って言われました(笑)。『何とかお願いします』と言ったら、『ちょっと見てみましょうか』と言ってくれたんです。最初、モーツァルトか何か教えてくれるかと思ったんですけど、それが全然違って、『蝶々(ちょうちょう)』を吹かされました(笑)。アタマの『ソミミ ファレレ』だけですよ。『発音が悪い。音が崩れている』と言われて、次のフレーズの『ドレミファソソソ』までいくのに3カ月以上掛かりました。初めは冗談じゃないと思ったんだけど、この先生を逃したら他にはいないと思ったんですよ(笑)」

 村井先生との出会いによって、クラシックの世界とも交流が生まれ、現在はクラシック音楽をプレイする機会も増えている。

「クラシックは決められた通りに吹く必要があるので、誤魔化しがきかないんですよ。でも、その中でいかにうまく歌うか……、そこが魅力でもあるんですよね。ジャズの方は楽しみながらできるけれど、クラシックは楽しんでいる余裕がないんですよ(笑)。クラシックが楽しんで吹けるようになるには100歳過ぎないとダメかなと思います(笑)」

 まだまだクラリネットへの飽くなき挑戦が続く北村だが、その魅力を尋ねると、こう笑った。

「感情が最も入れやすい楽器の一つだと思いますね。トランペットのようなブラス楽器は弱く吹くのは凄く難しいので、目いっぱい吹く人が多いですけど、クラリネットのようなリード楽器はピアニッシモ(小さな音)の魅力があるんですよ。それだけに面白くてしょうがないですね。まだ勉強しなければいけないことがいっぱいあって、どんどんやりたいことが出てくるんですよ。いい楽器を選んじゃったと思いますね」。(聞き手・Jun Kawai)

※週刊朝日 2016年5月20日号

最終更新:5月15日(日)15時49分

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