【ワシントン=河浪武史】オバマ米政権が一段のドル高を警戒している。ルー財務長官は、20~21日に仙台で開く主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議で「通貨安競争の回避を再確認する」とし、日本にクギを刺す。米国の景気対策や大統領選、環太平洋経済連携協定(TPP)の承認に向けた議会対策という3つの理由でドル高阻止に動かざるを得なくなった。
「通貨安競争は連鎖する。限られたパイを奪い合うだけで世界のためにならない」。ルー氏は13日の講演でこう力説した。批判の矛先は「(円高阻止へ)介入の用意がある」(麻生太郎財務相)と踏み込む日本だ。米国が長らく標的としてきた中国は、今や資本流出を恐れて正反対の人民元高誘導を繰り広げる。G7議長国の日本に、米国は強硬姿勢を崩さない。
ドル・円相場は年明けから一時、15円近く円高・ドル安が進んだ。日本は円売り介入を示唆しながら市場をいさめるが、ルー氏はまず4月中旬に「市場は秩序的だ」と反論した。4月末には日本など5カ国・地域を為替報告書の「監視リスト」に加え、露骨に介入をけん制した。深刻な貿易摩擦を抱えていない日米が通貨を巡ってこれだけ対立するのは極めて異例だ。
オバマ政権は3年にわたって安倍晋三政権の円安・ドル高路線を黙認してきた。その方針を急転換したのは(1)米景気の急減速(2)11月の大統領選(3)TPPの承認を巡る議会の反発――で3重のドル高阻止策を打ち出す必要がでてきたためだ。
7年近く景気回復が続いてきた米経済は、1~3月期の実質成長率が0.5%と急減速した。輸出と設備投資が減少したためだが、大元の原因は過度なドル高にある。
ドルは2年にわたって上昇し、主要通貨に対する実効レートは1月に13年ぶりの高値となった。米連邦準備理事会(FRB)が追加利上げを先送りして足元でドル高は修正されつつあるが、実効レートはなお約10年ぶりのドル高圏にある。「急激な円高」とみる日本側の相場観は、「なおドル高」とみる米国と決定的に異なる。
11月の大統領選は景気と相場が結果を大きく左右する。株価と選挙の関連性を分析したS&PキャピタルIQのサム・ストーバル氏は「7月末から10月末まで株価が上昇すれば、8割の確率で現職か与党の候補者が大統領になる」と言う。
逆にドル高で景気と相場が悪化すれば、野党・共和党の「トランプ大統領」が現実味を増す。トランプ氏は日本を為替操作国と名指しで批判している。この時期の円売り介入は内向きな米世論も刺激し、同氏に大きな追い風となる。
米為替政策はオバマ大統領がレガシー(遺産)ともくろむTPPとも密接に絡む。米議会には「アジア勢は輸出拡大のために通貨安誘導を強めており、TPPは米国のためにならない」とし、TPP承認に反対論がある。通貨安誘導に対する米政府の強硬姿勢は「TPP審議をにらんだ議会のガス抜き」(日本政府関係者)の側面もある。
新興国の通貨安や原油などの資源安を再発させるドル高は「今は世界全体でみても望まれにくい」(国際金融関係者)。過度な円高懸念は薄れつつあるが、市場参加者は息をのんで当局の出方を探る。世界が注視するG7会議で米国と日本の対立が先鋭化すれば「当局発」の相場混乱が起きかねない。