奥穂高岳・コブ尾根での登山者救助風景(長野県警提供、画像の一部を加工しています)《スマホで視聴する場合はここをクリックしてください》
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 ゴールデンウィーク中(4月29日~5月8日)、全国から大勢の登山者が訪れた北アルプスで、山岳遭難が相次ぎました。長野、富山、岐阜の3県にまたがる北アルプスの長野県側で発生した山岳遭難は、15件、死者3人、行方不明1人、けが人4人、無事救出10人という状況になりました。長年、山岳遭難報道に関わり、大型連休中の遭難多発は毎年のことながら、いつもやるせない気持ちになります。理由の一つは、救助費用が無料だということです。例えが乱暴かもしれませんが、救助ヘリコプターについては、まるで街中で救急車を呼ぶような感覚でSOSを出す登山者がいるからです。

 本来、登山は自己責任のスポーツです。わずかなミスでも命を落としかねない遭難につながることを肝に銘じなければなりません。自らの足で下山するのが登山者としての責務だと思います。危険を回避して、安全登山を心掛けるのが基本ルールです。事前に登山コースを調べ、天気予報もチェック。積雪や岩場の状況など、現地に行って自分の技量に合わない場合、潔く登山を中止すれば遭難は大幅に減るはずです。

 連休前半の5月2日。長野県警と長野県防災ヘリは、北アルプスでフル稼働しました。奥穂高岳と北穂高岳で単独登山の男性2人が、雪の急斜面を滑落して死亡。奥穂高岳近くの稜線(りょうせん)では、2パーティー5人が、無事、救助されました。しかし、奥穂高岳南側の斜面に転落した40代男性は、周辺に新雪が積もって雪崩が発生していたため、ヘリから雪面に横たわっている男性の姿を確認するのが精いっぱいで、救助は出来ませんでした。

 穂高連峰を管内に持つ松本警察署は2日だけで、無事救助5人、死者2人、未救助1人の8人の遭難救助活動にあたりました。ヘリも山岳遭難救助隊員も、まさに不眠不休の活動を続けました。

 今回の遭難原因は、悪天です。連休中の北アルプスは「春山と冬山が同居する」と言われます。穂高連峰の登山基地の涸沢(標高約2200メートル)は、積雪数メートル。一般登山ルートのザイテングラートも岩場に雪が積もっているうえ、穂高岳山荘のある鞍部(あんぶ)から先の岩場のルートは、険しくてとても初心者にはお勧めできません。アイゼン、ピッケルはもちろん、万が一に備えてザイルも必要です。

 長野地方気象台によると、連休入りした4月29日から5月2日にかけ、穂高連峰一帯は冬型の気圧配置になりました。稜線では、新たに20~30センチの積雪があったと見られます。連休前は好天が続いていました。しかし、一気に冷え込んだため、硬い雪の斜面に新雪が積もり不安定な状態になりました。日本山岳協会の副会長で、著名なヒマラヤ登山家の尾形好雄さんは「連休の北アルプスは雪面が硬く、アイゼンを履いていても慎重に行動しないと、滑落の恐れがある」と話します。2件の滑落事故死は、まさにこのような状況で起きたと見られます。

 長野県警などを取材して、私が疑問に思った遭難は、奥穂高岳の稜線で孤立した2パーティーです。愛知県の山岳会の2人をAパーティーとし、東京都の山岳会の3人をBパーティーとします。ともに、30日に穂高連峰南面の岳沢(2200メートル)のベースキャンプから奥穂高岳近くのジャンダルムと呼ばれる岩峰を目指しました。両パーティーとも、稜線で悪天候のため、行動が出来なくなり、標高2900メートルの高所でビバーク。視界も悪く、下山ルートを見いだせず、2日間足止めされました。Aパーティーは30日午後7時ごろ、Bパーティー1日午前11時ごろ、長野県警に救助要請をしました。

 2日は好天となり、北アルプス一帯では朝から長野県警ヘリ2機、長野県防災ヘリ1機が登山者たちの救出に当たりました。A、Bパーティーは5人が救助され、うち1人が低体温症の恐れがあるため、松本市内の病院に収容されましたが、体調に問題はありませんでした。

 無事に下山できたことは不幸中の幸いといえますが、本来は好天になれば、自力下山すべきです。おそらく、新雪による雪崩などの危険もあるうえ、体力低下などから救助に至ったと思います。

 ならば、どうすれば良かったのか? 理屈は簡単です。悪天が予想されていたのだから登山を中止するか、途中で引き返すべきです。どうしても登りたいのであれば、悪天でも行動できる体力、技術を身につけるべきです。

 2014年の大型連休中に奥穂高岳南面(2700メートル)で救助された8人も、今回と同じようなケースでした。救出後、男性リーダーは報道陣に深々と頭を下げ、「メンバーにレベルの差はあったが、行けると思った。私の判断ミス」と謝罪しました。いずれのケースも、春の北アルプスに対して甘い認識と力量不足が原因です。死亡事故になれば、残された遺族の悲しみは、はかりしれません。

 私は1986年に入社し、初任地の富山支局(現富山総局)で、富山県警山岳警備隊を取材して以来、これまで岐阜県警山岳警備隊、長野県警山岳遭難救助隊の北アルプスで救助活動を続ける隊員たちを取材してきました。どの県警の隊員も「救助を待つ遭難者がいる限り、自分たちは全力を尽くす。それが職務です」と口をそろえます。雪崩や落石などの危険地帯でも、命がけの救助をしているとの誇りがあると思います。登山者に対して愚痴めいたことは決して言いません。新人隊員は、時に涙を流しながら歯を食いしばって厳しい訓練に耐えています。その崇高な姿勢には、いつも尊敬の念を持って接しています。

 長野県内の山岳遭難では現在、ほとんどのケースで県警ヘリか県防災ヘリが出動します。民間と違いヘリによる救助費用は無料です。長野県は北アルプスや八ケ岳など人気の山域が全県にまたがり、県警山岳遭難救助隊員だけではカバーしきれません。山小屋従業員や山岳ガイドらでつくる山岳遭難防止対策協会のメンバーが救助にあたる場合は、人件費などの費用がかかります。今回、救助隊員全員が警察官だったので、すべて無料での救助でした。奥穂高岳で無事救助された5人は、大きなけがもなく、無料のヘリに乗って10数分でふもとまで下山。どうしても、素直に喜べない気持ちになります。

 私は、何度もネパール・ヒマラヤで取材をしています。トレッキング中に高山病にかかると、ヘリによる下山となりますが、すべて有料です。まだ一度も事故を起こしていませんが、山岳保険に加入して入山しているので、費用は保険から支払われます。また、欧州アルプスなどでも遭難救助は、民間のヘリが出動します。山岳遭難救助費について、日本は世界でも特異な例といえるでしょう。

 昨年、長野県では過去2番目に多い273件の山岳遭難が発生しました。遭難者の9割近くが県外からの登山者でした。県警ヘリや県防災ヘリの費用は、県税から出されています。県民の間からは「せめてヘリ代など救助費用の実費だけでも請求できないか」との声も上がっています。

 「自分の足で登って、自分の足で下山する」。登山の基本を考えれば、おのずと力量に合ったコース、入念な登山計画をたてるなど、安全登山への取り組みはたくさんあります。雪が消える夏山登山に向けて、まず長時間の行動でもばてないだけの体力を付けることから始めてください。

<アピタル:近藤幸夫の山へ行こう・健康と安全>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/climb/(近藤幸夫)

近藤幸夫

近藤幸夫(こんどう・ゆきお) 朝日新聞山岳専門記者

1959年。岐阜市生まれ。信州大学農学部卒。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で、北アルプスを中心に山岳取材をスタート。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。現松本支局長兼山岳専門記者。