坂元桂 1998 NEW 教育とコンピュータ, 14(10), 96-97.

インターネットと差別


1. インターネットは差別を助長する?

インターネットが普及するにつれ、我々は遠くにいる見知らぬ人とコミュニケーションをしたり、莫大な量の情報を瞬時に得ることが可能となった。インターネットを介してコミュニケーションをしたり情報獲得ができる人のことを情報エリートと呼ぶことがあるが、現代社会はこうした情報エリート中心になっていくのではないかという懸念が出されている。
これは、次のような考えによるものである。彼らは、インターネットの利用により、様々な情報を持ち、社会との結びつきを生み出したり維持したりすることで、経済的利益を得るとともに、重要な意思決定にたずさわり、社会の中心になっていくと考えられる。一方、インターネットを利用できない人は、これらの利益を得ることが難しいため、二者間の社会経済的ギャップは益々広がっていくと考えられる。
では、実際に、インターネットを利用できる人と利用できない人とのギャップは広がっているのだろうか。ビクソンとパニスは、1989年から1993年までのアメリカ国勢調査局によって集められた289,979人のデータを分析し、6つの社会経済的特徴(収入、教育水準、人種、年齢、性別、居住地域)が、「家庭でのコンピュータ保持」や「家庭の内外でのネットワーク利用」と関係があるかどうかを検討している[1]。
その結果、収入が少ない人は収入が多い人に比べ、コンピュータ保持率が低く、ネットワーク利用率も低く、しかも、この差は、1989年から1993年にかけ更に拡大していることが示されている。教育水準についても、教育水準が高い人の方が、コンピュータ保持率もネットワーク利用率も高く、こうした差は、1989年から1993年にかけて拡大している。
一方、1989年の時点では、女性よりも男性の方が、また田舎に住む人よりも都会に住む人の方が、コンピュータ保持率が高かったが、1993年ではこれらの差は縮まっている。
その他、人種、年齢によって、コンピュータ保持率に差違があることなどが示されている。これらについては、1989年と1993年で変化は見られていない。
このように、社会経済的特徴によって違いはあるものの、ギャップが埋まっているとは言えない状況である。
興味深いことに、家庭でのコンピュータ保持と家庭の内外(つまり、学校や職場)でのネットワーク利用のパターンはかなり類似している。つまり、家庭でコンピュータを保持していない人は、学校や職場でもネットワークを利用できない状況にあるということだろう。このままでは、ギャップが消えていくことは期待できず、何らかの政治的介入が必要であることが指摘されている。

2. インターネットは差別を減らす?

先の研究では、収入、教育水準、人種、年齢などによって、インターネットの利用状況に違いがあることを報告している。しかし、現在インターネットを利用できない状態でいる人も、インターネットを利用できる機会を用意すれば、有用な情報を獲得し、社会と密接につながりを持ち、裕福になり、重要な意思決定に参加できるというような様々な恩恵を受けることができるのではないだろうか。
サイバースペースの中では、互いを見ることができないため、性別、年齢、国籍、身体的特徴などは、本人が公にしたいと思わない限りわからない。つまり、これらのことに妨げられることなく、本人に能力があれば、インターネットの利点を思う存分享受できるということになる。
ここで、インターネット利用をすることで、人種や年齢による差別・不利益をなくす2つの試みを紹介したい。1つ目が、仮想統合教室(virtually integrated classroom)で、2つ目が、シニアネット計画である。

3. 差別をなくす試み1−仮想統合教室−

アメリカでは、随分以前から、公立学校の人種隔離(学校を人種ごとに分けること)が問題となっている。1950年代から、脱人種隔離を図る試みが行なわれてきているが、あまり功を奏しておらず、現在でも人種隔離は多く残されている。こうした人種隔離は、子どもの人種差別や偏見行動に悪影響を及ぼすだけでなく、マイノリティの子どもが多い学校には新しい機械や教材が入らないといった教育内容及び機会の差別化を引き起こしている。
こうした事態に対し、人種隔離が進んでいたカンザス・シティでは、1993年にインターネットを用いた脱人種隔離の試み”シェアネット計画”が行われた[2]。この計画では、6年生3000人をインターネットで結び、生徒は、インターネット上で出会った後、1週間に一度は実際に会ったり、サマーキャンプで会うようにされた。こうして、実際には学校の違う生徒同士が、まるで同じ学校の生徒のように活動した。
こうした仮説統合教室では、@インターネットにアクセスできるようになることで教育的な欠陥を修復できる、A人種隔離を止めるのに役立つ、という利点が考えられている。
第1の点については、仮想統合教室は実際に、電子メールの使用を通して「読み」のスキルを教えるのに成功している。また、インターネットに接続することは膨大な量の最新情報を獲得できるので、教育の質も改善している。さらに、最も重要な貢献として、生徒の自尊心を高めたことがある。
第2点については、実際に、生徒たちの異人種間の交流が促進されていた。仮想統合教室では、直接出会ったときに互いの身体的特徴を知るようになるが、交友関係は人種に関係なく最初に形成されており、それは最後まで維持されていた。

4. 差別をなくす試み2−シニアネット計画−

シニアネット計画とは、1986年にサンフランシスコ大学ファーロングによって行われたプロジェクトで、その目的は、年配の人(55才から90才まで)がコンピュータを学ぶことに関心を持つかどうか、年配の人のための電子コミュニティを創造できるかを調べることであった[3]。
プロジェクトの結果、多くの年配者がコンピュータに関心を持ち、若い人と同じくらいそれを使うことができるようになった(例えば、ワープロ、私財管理、電子メールなどのコミュニケーション)。また、コミュニティが形成され、メンバー間で話をしたり、恋愛をしていることも報告されている。恋愛をしている人たちは、私的なやり取りを電子メールによって行なっている。ある女性は、ラブレターをフォーラムに誤って投函してしまい困惑したことを報告している。
シニアネットのようなネットコミュニケーションに参加する年配者は、電子メールを使ったり、オンライン会議に参加することで、自分が社会とつながりを持ち、社会から隔離されていないと感じるようになることが報告されている[4]。

5. まとめ

インターネット社会は、現存する収入や教育水準などのギャップを広げていく一方で、政治などの介入により、インターネットを利用する機会を持たない人がインターネットに接続できるように支援すれば、そうした人がインターネットを実際に利用できるようになり、教育内容を改善できたり、人種差別が減少したり、また、社会から隔離されていないと感じるようになることが示唆されている。
しかし、差別を減らすには、何らかの介入が必要であることも忘れてはならないだろう。また、単にインターネットの利用の機会を与えればいいというわけではないことも注意する必要があるだろう。実際、視力が低下した人のためにフォントを大きくする必要性などが指摘されている。ハード面とソフト面の両面を考慮に入れた、ネットワーク利用機会の増大が望まれる。

引用文献

(1) Bikson, T. K., & Panis, C. W. A. (1997). Computers and connectivity: Current trends. In S. Kiesler(Ed.), Culture of the Internet (pp.407-430). Hillsdale, NJ:LEA.
(2) Davies, M. S. (1995). "Virtually integrated classrooms:" Using the Internet to eliminate the effects of unconstitutional racial segregation in the public schools. Journal of Law and Education, 24, 567-599.
(3) Furlong, M. (1995, March). Communities for seniors in cyberspace. Aging International, 31-33.
(4)Shannon, L. R. (1993, August 24). Peripherals: The new-age mailbox now sits on your desk. The New York Times, p. C9.