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/5止(その2止) 小さく見える発生確率 誤解招く国の政策

 

     活断層を震源とする地震が広く注目されたのは、1995年の阪神大震災からだ。専門家には知られていた六甲・淡路島断層帯の一部が動いて起きたが、多くの住民には「寝耳に水」だった。

     その後、既知の活断層を徹底的に調査すれば内陸地震の予測は可能として、国は地震調査研究推進本部(地震本部)を設置し、全国の活断層調査を急いだ。国内に2000以上あるとされる活断層のうち主要97断層については、発生確率を公表した。

     熊本地震で4月16日の「本震」の震源となった布田川(ふたがわ)断層帯(布田川区間)は、今後30年以内の発生確率は「ほぼ0〜0・9%」とされた。ごく低い確率にしか思えないこの数字が意味する発生確率は「やや高い」だ。

     地震本部は発生確率が3%以上を「高い」、0・1%以上3%未満を「やや高い」と位置付けている。阪神大震災直前の六甲・淡路島断層帯の一部の確率を、発生後に計算したところ、0・02〜8%で「高い」だった。

     小さな数字になってしまうのは、数百〜数万年に1回起きる確率を「今後30年以内」に当てはめるからだ。このため地震本部は断層単独ではなく、「九州中部でマグニチュード(M)6・8以上の地震の発生確率は18〜27%」という地域全体の数値も示していた。それでも危険性の理解が進んだとは言い難かった。

     布田川断層帯の「やや高い」とする評価が、熊本市の地震ハザードマップで「極めて低い」に変わった経緯を、市の担当者は「国のデータをそのまま使っているが、分からない。発生確率の数字が高いのか低いのかは分かりにくい」と言いよどむ。

     「20年前と同じことが繰り返された。これではだめだと証明された」。政府の地震調査委員会の平田直委員長(地震学)は痛恨の面持ちだ。阪神大震災で「関西では地震がないと思っていた」という言葉を耳にし、地震の予測地図を改訂してきた。それなのに「九州では地震がないと思っていた」との声が繰り返された。佐藤比呂志・東京大地震研究所教授(構造地質学)は「熊本地震の根本的な問題は、防災を担う人々に危険性を伝えられなかったことだ」と指摘する。

    耐震基準、地域で差

     実は、国自体が自治体や住民の誤解を招く政策を続けている。耐震基準でビルやマンションなどに求める強度を、地域によって割り引く「地域別地震係数」(地域係数)だ。

     これは、首都圏や東海地方、関西圏を基準通りの「1」とし、北海道や東北地方、四国の一部、九州では「0・8〜0・9」、沖縄は「0・7」の耐震性で良いとするものだ。熊本地震で震度6弱を観測した八代市や、市庁舎が損壊した宇土市などは、熊本県内でも低い0・8だった。

     旧建設省の52年の告示で定められ、80年に1度だけ見直された。国土交通省建築指導課によると、東大地震研の所長を務めた河角(かわすみ)広氏(故人)が51年に作成した地震の揺れ予測データなどを基に、地震の頻度や活動状況などに応じて決められた。

     「これからどんどん建物を造ろうという時代に、経済的コストを加味して考えられた。基にしたデータも今では古い」と明治大の中林一樹特任教授(都市防災学)は指摘する。東京工大の和田章名誉教授(耐震工学)は「いつ、どこで地震が起きるか分からないのに、相対的に弱い建築物でいいのか」と疑問を呈している。だが同課は「被害状況を詳しく見た上で見直すかどうかを検討したい」と述べるにとどまっている。

     地域係数を独自に引き上げている自治体はある。東海地震に備えてきた静岡県は2002年、県全域で「1・2」に強化する指針を設けた。「0・8」の福岡市は、震度6弱を観測した05年の福岡沖玄界地震を受け、条例で「1」に上げた。ただし、建築コストを考慮し、対象を断層直上などに高さ20メートルを超す建物を新築する場合に限定している。

     国の大地震対策は、78年に制定された大規模地震対策特別措置法(大震法)を機に本格化した。東海地震の予知を前提に、静岡県などの対策強化地域に財政上の特別措置をし、優先的に地震対策予算を投じた。

     しかし、その後に起きた大地震は強化地域以外ばかりだ。研究が進み、東海地震は東南海地震、南海地震とともに「南海トラフ巨大地震」として連動発生が懸念される状況になった。

     国の中央防災会議の調査部会は13年5月、東海地震について「規模や発生時期などを高い確度で予測することは困難。現在の科学の実力に見合っていないという認識が強まっている」とまで指摘した。それでも、予知を前提に東海地震だけを特別扱いする大震法は、ほとんど姿を変えていない。

     「大地震はいつ、どこで起きてもおかしくない」と警戒を呼び掛けつつ、地域係数など矛盾した政策を続けている国。地震調査委委員の纐纈(こうけつ)一起・東大地震研教授(応用地震学)は、04年の新潟県中越地震や08年の岩手・宮城内陸地震など、主要な活断層以外の場所で大地震が相次いでいる例を挙げ、「既知の活断層を中心に備えるのは効果的とはいえない」と既知の活断層に基づいた地震対策自体の危うさを指摘する。古村孝志・東大地震研教授(地震学)は「発生確率は出せても、いつ起きるかまでは分からない。科学には限界がある」と訴える。

     地震災害が起きるたび、新たな対策が重ねられてきたが、解決しなければならない課題が次々と積み上がっている。=おわり

        ◇

     この企画は中里顕、平川昌範、杉本修作、飯田和樹、山田泰蔵、高本耕太、黄在龍が担当しました。

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