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強くてニューサーガ 作者:阿部正行

第一章

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間話 王都でのとある一日①

第一章と第二章の間の話です。
 国王の突然の死は王都マラッドに大きな影響を与えていた。
 王都の中心部にある大地母神カイリスの大神殿で国葬が行われたばかりで、マラッド全体が喪に服している状態だ。

 だが王都から人がいなくなったわけではなく、その生活は続いている。
 歌舞音曲にかかわるような催し物はさすが中止されているが、それもあくまで自粛という形だ。
 ミレーナ王女も強制などはしないので生活に必要な店などは通常通り営業しており、その他の店も控えめながら営業はしていた。
 そんな店の一つマラッドでも高級店が多く並ぶ場所のとある甘味処の店にカイルとウルザの二人はいた。
 文化水準の高い国であるジルグスは料理も評判がよく、高級店ともなれば他国からも食べにくる名店がある。
 そしてこの店はそこそこ高級ではあるが、一般庶民でもちょっとした贅沢をしたいという時に利用するような店だった。

「ここの店はこの氷菓子が美味しいそうだ。この季節にはぴったりだろ」
 二人がいるのは店の前のテラス状になっているテーブルで、カイルが目の前に出されたガラスの器に盛り付けられた氷菓子を見ながらウルザに言う。
 カイルの言う通り季節は本格的な夏になるところでこの時期に氷菓子はさぞ美味しいことだろう。

「見たことのない氷菓子だな……美味しそうではあるが」
 ウルザが目の前の見慣れない白い氷菓子をスプーンでつついている。

 通常食べられている氷菓子は氷を砕いたものにシロップをかけたものや、果汁を甘くしたものを単純に凍らせたものが主だった。
 だがこの店で出されているのは家畜のミルクに砂糖を混ぜ、特殊な凍らせ方をして粘性をもたせたものだ。

「アイスクリンと名づけているらしい。これは流行るぞ」
 確信をこめてカイルが言う。勿論そうなると知っているからなのだが。

 今から二年後、マラッドではこのアイスクリンが大流行しており、この店は発祥の店として有名になっていた。
 だが今はまだ知る人ぞ知るといった知名度だし、国王の件もあってかほとんど客はいない。

「まあとにかく食べてみよう」
 ウルザがアイスをすくい口に入れる。

「これは……!」
 舌触りの良い冷たい甘さが口の中に広がっていき、ウルザが思わず声を出す。

「どうだ?」
「あ、ああ……悪くない、いや美味しい……」
 初めての食感に戸惑いつつもウルザが素直に褒め食べ続ける。

「気に入ってもらえたようで良かった、是非ウルザに食べてほしかったからな」
 ウルザが意外と甘い物好きだと知っているカイルはこの店につれてきたかったのだ。

 カイルはそれほど甘いものが好きと言う訳ではないが、この店の上品な甘さは気に入っている。
 だが今はそれほど手はすすんでおらず、片手で頬杖をつき目の前のウルザの食べる様子を見ている。
 機嫌が良い時には時折動くことを知っているウルザの長い耳が、ピクピクと動くのを見てカイルは軽く笑っている

「……さっきから人の顔ばかり見て何をにやついている」
 夢中で食べていたウルザが視線に気づき、手をとめて少し頬を赤く染めながらカイルに文句を言う。

「ああ、すまん。ついウルザに見いってしまった」
「な、何をバカなことを言っている! 美味しいのだから早くお前も食べろ」
「確かに美味しいが……俺としては美味しそうに食べているウルザを見ているだけで胸がいっぱいになりそうだからな」

 カイルの言葉に目に見えるほど、それこそ耳の先まで赤くなるウルザ。
 ウルザは少しの間怒りとも羞恥ともつかない感情で小刻みにぷるぷると震えていたが、猛然と誤魔化すかのように目の前のアイスを食べ始める。

 ちょっとからかいすぎたかな、と思うもののさきほど言った事はカイルにとって心からの本心でもあった。



 前の人生でカイルがウルザと出会ったのは戦乱の最中だ。
 互いに故郷を家族を大事な人を失い、ただただ生きるため、復讐のために戦い続けた日々の中での出会いだった。
 共に戦う中で絆は深まっていった。それこそ命を預け、預かることが出来るくらいに。
 だが平穏なときはほとんどなかった。
 当時は物資も不足し甘い物などほとんど手に入れることが出来なかったので、平和になったら二人でウルザの好きな甘い物でも食べてゆっくりとしよう、そんな約束をしていたのだ。
 その約束もウルザを失い儚く散った、そう思っていた。

 それがこうして形は少し違うが、約束が叶ったのだ。笑顔にもなろうというものだ。



 そのウルザは顔をしかめて両手でコメカミを押さえ唸っている。一気に食べ過ぎたようだ。
「何だその目は……にやついて」
 ちょっと涙目になったウルザが睨むようにカイルを見る。

「温かい目で見守っていると言ってくれ……しかし確かにもったいないな、では」
 カイルはスプーンで少し溶け始めているアイスをすくうとウルザにむける。

「ほら」
「……な!?」
 その意図するところがわかりウルザの顔がまた赤くなる。

「もったいないと言ったのはウルザだろ? 無駄にはしたくないから食べてくれ」
「う……」
 色々と葛藤があったのだろうが、やがておずおずと顔を近づける。
 ウルザの開いた口から可愛らしい舌が見え、もう少しで口にといったその時、脇からやってきた遠慮容赦無い大口が先に食らいついた。

「やふぁりふぉのふぁいふふぁ、ふぁふぁふぁふぁ……」
「……おい」
 スプーンをくわえたままもごもご言っているシルドニアを軽く睨むカイル。

「うん? 勿体無いから食べさせようとしておったのじゃろ? なら妾が食べても問題なかろう」
 アイスを飲み込みスプーンを口から出したシルドニアは意地の悪い笑みを浮かべる。
「……お前わかっててやってるだろ」
「人をダシにしてつれてきたくせに、妾を放っておくからじゃ」
 フフンと鼻を鳴らして笑うシルドニア。

 実際ウルザをこの店に誘い出すときに少し渋られたので「シルドニアが甘味処に行きたいと言っている。俺だけで連れて行くのも何だから一緒に来てくれないか」と口実に使ったのだ。

「も、もう食べ終わったのか?」
 焦ったようにウルザが尋ねる。

 シルドニアは全メニュー食べたいとの事だったので、量が多いから作る厨房に近い店内で食べていたはずだ。
 店内を見ると山のように積み上げられた空の食器が見えるので無事制覇したようだ。

「うむ中々良かった。特にこのアイスクリン、確かにこれは流行るな」
 カイルからスプーンを取り上げ残りも全部食べながらシルドニア。

「いかがでございましたか、ご満足いただけだでしょうか?」
 三人のもとに四十くらいの店主がもみ手をしながら挨拶にやってくる。
 全メニュー制覇というかなり厄介な注文だっただろうが、それでも笑顔なのは商売人として見事だ。
 完食したし、事前に払った代金を含めた高額のチップもその笑顔にプラスされているかもしれないが。

「うむ、満足じゃ。またそのうち来よう」
「ありがとうございます。あの、できればその際は事前に連絡を……」
「なるほど、そうすれば二週目にも挑戦できるな。いや、何なら今からでも……」
 シルドニアの食べる速さのため戦場のようになっていた厨房を思い出し、段々と店長の愛想笑いが硬くなる。

「さて、そろそろ行こうか。ご馳走様でした」
 カイルがシルドニアを押すかのように店を出た。



「それでこの後どうするんじゃ? 妾としては甘いものの後は少し塩味のきいた屋台系のが食べたいのじゃが」
「もっと食べるのか……というか身体に悪くないか?」
 まだまだ食べるというシルドニアに呆れ顔のウルザ。

「この間の鳥になっての偵察はかなり魔力を消費したからのう。今のうちに補充しておきたい」
 魔法生命体であるシルドニアが実体化するには魔力を消費している。
 当人が言うには最も安定してるのが今のシルドニアの姿らしく消費は少ないのだが、鳥のような特殊なものは消費が大きくなるらしい。

「今後のためにも食べれるうちに食べておきたいのじゃ。これは致し方なくであって決して妾の食い意地が張っているとかではないので誤解の無いようにな」
「念を押さなくていい……すまんが俺はこの後少し用事があるんだ。そこでウルザ、悪いがシルドニアに付き合ってくれないか?」
「別に構わないぞ。リーゼも午後から用があると言って出かけたようだしな。宿に戻ってもやることはない」

 そう言ってウルザはカイルから剣を預かる。
 魔力で作られるシルドニアの分体は本体の剣の宝玉から離れれば離れるほど魔力を多く消費するので、宝玉に魔力を蓄えようとしている今は剣からあまり離れるわけにはいかないのだ。

「ではいくぞ、目をつけていた屋台があるのじゃ。あれは美味そうじゃったからな」
 嬉々として歩き出すシルドニア。
「私はもうちょっと甘い物が食べたい気も……」
 ウルザもそれについていく。
 線は細いが意外と健啖家のウルザならシルドニアの食べ歩きにも付き合えるだろう。



 二人を笑顔で見送り、姿が完全に見えなくなったところでカイルが弾かれたように振り向く。
 視線の先にはマラッドの名物の一つである大時計塔が見える。

「時間は……くっぎりぎりか!」
 一日を示す時間は十二刻に別れていて、夜に日が変わる時を零または十二の刻といい真昼は六の刻になる。
 今はもうすぐ七の刻になるというところだ。

「間に合え!」
 そう言うとカイルは全速力で走り出した。

 魔法で身体強化をし目にも止まらぬ速さで走り、邪魔な通行人や馬車を避け更にはジャンプをして建物の上に乗り疾走し、目的地へとほぼ一直線で向かう。
 そして目的地である広場に近づくと急停止した。

 深呼吸をし息を落ち着かせ、乱れた髪をなで付けて軽く身だしなみを整える。
 そしてゆっくりと、余裕をもっているかのように歩き出した。

 広場には普段より少ないとはいえ露天がならび賑わっている。
 そして中心には広場のシンボルでもある英雄ランドルフの像がある。
 勇ましく剣を握っている像、その台座部分に寄りかかり長い髪をいじりながら手持ち無沙汰でいるリーゼがいた。
 リーゼが周り見渡し、カイルの姿を見つけると顔を輝かせ小走りで近づいてくる

「カイル!」
「すまん、待たせたか?」
「ううん、あたしもさっき来たところだから」
 えへへ、と少しだけ照れの混じった笑顔を浮かべるリーゼ。

「それにしてもカイルから誘われるなんて思ってもみなかったなあ」
「そうか? 俺は以前からリーゼと二人で王都を回りたいと思っていたぞ」
「そ、そう? ちょっと嬉しいな……でも何で皆知らせないようにして待ち合わせなの?」
 わざわざ宿から別々に出る事もなかったのに、とリーゼが首を傾げる。

「いやその……知らせたら二人っきりは無理になりそうだったからな。それにこのほうがデートらしいだろう?」
「あ……そ、そうだね」
「さ、行こうぜ」
 カイルがリーゼの手をとり歩き出す。
 いつもより少しだけ強引なカイルにちょっと頬を赤らめつつも「うん!」と本当に嬉しそうにリーゼはうなずいた。



 田舎街で暮らしていたリーゼにとって、話に聞いただけの華やかな王都はちょっとした憧れであった。
 そんな王都でカイルと二人でデートをしたい、正式に付き合い始めた頃リーゼはそんな希望を何度と無く言っていた。
 当時は「機会があったらそのうちな」と適当に答えるだけだったので、その度にリーゼの機嫌が悪くなったのをカイルは思いだす。
 結局その機会は訪れることなく、あの大侵攻によって全てが終わってしまった。

 その約束を今果たそうとしているのだ。



(俺は二人との果たせなかった約束を守ろうとしているだけ、悪意は無いし問題は無いはず! ……多分、きっと……)

 そう自分を納得させ、さきほどまで一緒にいたウルザの笑顔を心の棚の上にそっと置き、リーゼにどこに行こうか? とにこやかに訊くカイルだった。

間話ですが思いのほか長くなりそうなので①です。
②で終わる予定ですがもうちょっと長くなるかも?
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