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第二章ダイジェストその2
「先手を打たれたか……」
翌朝、焼け落ちたバックス都市長宅でカイルが苦々しく呟く
石造りの建物だと言うのに不自然なまでに完全に焼け落ち、バックス都市長をはじめ使用人等も全て行方不明となっていた。
また呼ばれたのか、訪ねたのかは解らないがガザスが昨日の昼頃に都市長の屋敷に入ったところが目撃されたとの報告があり、そして今は完全に行方が解らなくなっている。
内心ショックを受けているだろうがミランダはこの事を伝えた後そんなそぶりは見せず、気丈にふるまいながら一度大使館にと戻っていった。
(あの時泥酔したミランダが言っていたのは『もっと早くに地下に行っていれば……あの隠し通路に気づいていれば……』と後悔していた……つまりガザスは地下で亡くなった、それも隠し通路の先でということだ)
死を偽装するのではなく、その隠し通路を発見されないようにするために屋敷を焼け落ちさせたとしたら……
(ここに地下に通じる隠し通路があったとしてそれをどうやって見つけるかだが……)
地下に続く通路があるとにらんだカイルはウルザにかなり無茶なお願いをする。
土の精霊の力で片っ端から穴を開けて探してほしいと言うのだ。
敷地面積の十分の一も探せば魔力がつきるとウルザはうったえるが、不味い魔法薬で無理矢理にでも回復してほしいと頼んだ。
「頼む! 時間がないんだ! こうしている間にも都市長に逃げられるかもしれないし、何よりガザスの身に危険がせまるかもしれない!」
ウルザは顔をひきつらせながらも半ば自棄ともいえる勢いで引き受ける。
「すまん、頑張ってくれ……」
カイルが申し訳なさそうに、紫色をした如何にも不味そうな魔法薬を並べていった。
その後なんとか地下通路を発見したカイル達は顔色の悪いウルザも連れてそのまま進むこととなった。
◇◇◇
しばらくその地下通路を進むと広い空間へと出た。
そこに足を踏み入れた瞬間カイルを既視感が襲う。
その空間は広く天井も高くなっておりカイル達が入ってきた以外にもいくつかの通路に繋がっている。
床にはぼんやりと光る魔法陣が書かれていて中心には簡易祭壇があり薄い緑色のエメラルドらしき宝石が設置されている。
その前には人間らしき人影が横たわっている。
カイルはこの光景に見覚えがあった。規模はだいぶ小さいが、あの最後の戦いで魔王の間に踏み込んだときにも同じ光景が広がっていたのだ。
それは禁呪の儀式といわれるもので生命そのものを魔力に変換する禁断の儀式……要するに生贄を捧げて魔力を得る外法だとシルドニアが苦い口調で説明する。
近づきよく見ると祭壇の前の人間はその生命力を吸い取られ枯れ木のようなミイラになって死んでおり、隅には枯れ木を重ねた小山のようにも見える塊がある。
「あっちは……恐らく誘拐されたカランの住人達か」
カイルは軽く目をつぶり黙とうをする。
何らかの大魔法をおこなうために魔力が必要で、それを確保するために生贄として誘拐事件を起こしていたことがわかった。
しかし肝心の触媒のエメラルドが許容ぎりぎりで間もなく暴走し、その場合カランが半分吹き飛ぶとシルドニアが説明する。
そこでシルドニアは何かに気付いたかのように振り返り、カイルもまた険しい目で同じ方向を見る。
更に地下深くに続くだろう通路の先からこちらに来る気配を感じたのだ
「みんな隠れろ!」
小声だが鋭い声でカイルが指示をして隠れた。
そしてやってきたのは男と女二人の魔族、魔法陣の確認に来たようだった。
その会話から魔族達が情報収集を行う命令を受けていることがわかり、その為に人族に協力していることもわかった。
魔王の命でなるべく人族を殺さないよう、目立たないよう命令されているのに、男魔族の人族殺害に、女魔族はあきらかに不満げだった。
どうやら男魔族のほうが立場が上のようだが、完全に従っているという訳ではなく、方針で対立もしているようでもあった。
◇◇◇
魔族二人が立ち去りどれだけの時がたっただろうか、完全に安全を確認した後カイルが動いてもいいと皆に言う。
とたんに全員から大きく深い安堵のため息が出る。
「だがいい感じで喋ってくれたな。おかげで色々情報が掴めた」
魔族の目的は情報収集と、何か重要な物を手に入れるもののために都市長に協力しているらしいという事だ。
「後は都市長とガザスの行方だな」
幸いというべきか、ここにはガザスらしき死体はない。
魔族がいなくなったのは好都合と、魔族たちがやってきた更に地下へと進み始める。
◇◇◇
またひらけた空間に出て、そこは簡単な居住区にでもなっているのか、テーブルや椅子などの最低限の家具が置かれている。
そしてすぐに目に入ったのが縛り上げられ、床に転がされているガザスだった。
血を流し動かないガザスを見て一瞬だけ迷ったが、命の危険を感じ飛び出すことにする。
すぐにリーゼが駆け寄り容態を確認し、命に別状がないことを確認する。
そこには幽鬼の痩せたバックス都市長もいた。
カイル達がジルグスからの使者だとわかると力の限り罵り始める。
「正確には俺達はジルグスを代表しているわけじゃないんだが……」
カイルが困ったように頭をかく。
バックスはただ立ってるだけなのに息が荒い、顔色も最悪と言っていいがその気迫には鬼気迫るものがあった。
だがそれも燃え尽きようとしている蝋燭の最後の灯火のように感じられる。
そこでカランの命ともいうべき鉱脈がもうすぐ尽きると、ガザスが苦い口調で説明をする。
今までは何とか誤魔化し隠してきたが、ジルグスの従属国になったことで隠すにも限界が来て、そうなればカランは終わりだった。
鉱山都市の生命線ともいうべき鉱脈が尽きれば存在価値そのものが無くなる。
腕のいい鍛冶師も材料がなければ何もできず、いずれは散り散りになるだろう。
そんな事は絶対にさせないと血走った眼で唾を飛ばすバックス。
その為の犠牲など些細な問題ですらないとまで言い放った。
そんなバックス都市長を冷静に観察していたシルドニアが病でもって一月程度だと見抜く。
「なるほど、病気は本当だったんだな。二年前の帝国との戦争から色々な問題を抱えカラン存亡の危機になり、そこにとどめとばかりに己の死病……そこに付け入られたか、弱った心の隙間を魔族にな!」
魔族という単語に嫌悪感をにじませながらカイルが吐き捨てる。
そこに突如として背後から声が聞こえてくる。
弾かれたようにカイル達が振り向くとそこには、すらりとした長身で端正な顔立ちだが口の端を釣り上げるような笑みを浮かべた、青い羊の角をした魔族が立っていた。
カイル達は瞬時に戦闘態勢に入るが、男魔族は余裕の態度を崩さない。
そこからカイルは会話で男魔族を調子づかせ様々な事を聞き出した。
生贄の魔法陣はかつて行われた地形変更の魔法をもう一度行うための魔力を溜めるためだったこと
そして取引の材料が聖剣ランドである事も。
更に聞き出そうとしたが、そこに女魔族もやってきてこれまでとなる。
「ここまでか……まあいい。最低限知りたいことは知れた」
カイルが抜身の剣を男魔族に突きつける。
「おい、そこの羊角。貴様の相手は俺がしてやる」
さきほどまでの、調子づかせる為の恐怖と驚きの入り混じった態度は微塵も見せずカイルが男魔族を挑発する。
カイルの態度から喋らなくてもいいことを喋った自分に気付き、男魔族の顔に怒りの赤みがさす。
戦闘になろうという時に女魔族がまだ任務の途中と止めるが、すでに任務失敗で最終的な決定権は私にあると黙らせた。
そして魔族の態度からバックス都市長もはじめから約束を守るつもりがなかったのだと気付き、絶叫しようとした瞬間セランが当身で気絶させた。
そしてカイル達が戦闘準備をすると自然と男同士、女同士で向かい合うが、カイルはセランにリーゼとウルザについていてくれと言う。
一対一になるぞ? とセランが聞くが
「ああ、お前女魔族と戦いたいと言ってたろ? こっちは一人で充分すぎる。そっちが苦戦するなら手伝う余裕もあるだろうしな」
ここでもまた一つカイルは挑発する。
そして戦闘が始まった
◇◇◇
ウルザとリーゼは女魔族と向かい合うが、相手には明らかにやる気がなかった。
魔王からの命令で人族はなるべく傷つけるなと命令されていて、戦うのを許されているのは魔族の情報漏えいを防ぐのと、身を守る場合のみでお前たちは自分を傷つけられるはずがないと言った。
慈悲をかけているわけではなくただ余計な事、無駄な事ははしたくないと言う態度だ。
だが、当然ながらそんな事を言われて大人しく引き下がるような二人でもなかった。
要するにお前たちは敵に値しないという言われているのだ。
それなりに腕に自信のある二人からすれば、かえって闘志を燃やす結果となり戦いが始まる。
だが実力差は明白で、まるで大人と幼児のように軽くあしらわれることとなり、魔族と人族の差を思い知らされる事となった。
側にいるセランは下手に手を出せば、女魔族を本気にさせかねないので見守っているだけだ。
それよりも、とセランはシルドニアにバックス都市長が持っていて、気絶させたときにくすねた魔法文字の書き込まれた黒い直方体の物体を見せる。
シルドニアが特殊な魔道具で、周囲にある魔力を持つ品物の反応を打ち消せる、例えば【ディテクト・マジック】等で魔力を感知されるのを阻害する事ができると説明する。
それを聞いてセランがニヤリと笑う。
魔族との取引の切り札である大事な聖剣だ。
それがもし魔族に見つかるようなことになれば強奪され、取引を反故にされるだろうから隠しておいて初めて取引は成立する。
だが自分の腹心まで生贄にするような奴が誰かを信用して預けるとも思えず手近に、それも目の届く範囲に置いている可能性は高い。
セランは先ほどまで都市長が座っていた、大きいが古ぼけた椅子を見た。
◇◇◇
カイルと男魔族の方の戦いもまた一方的で、魔力弾を放つ射撃攻撃にカイルは手も足も出ず追い詰められていった。
◇◇◇
セランは大きく少し高価な印象の古ぼけた椅子の前に立ち、その背もたれ部分を確かめる。
皮張りで綿と何かが入っている感触を確かめた後剣を斜め上から振り下ろす。
当然椅子は斜めに真っ二つになり――セランの剣も半ばから綺麗に切断され、切っ先が落ちる。
その剣の断面は鏡のように綺麗で、崩れ落ちた椅子の残骸からは見事に光る刃が見えた。
ニタアという音が聞こえてきそうな会心の笑みと共にセランが歓声をあげた。
◇◇◇
セランのこの場にそぐわない突拍子も無い叫びに少しだけ反応する両魔族。
そしてそんなセランの行動に慣れていてまったく動揺しなかったカイル達、この差が大きかった。
聖剣を見て動揺した女魔族に詰め寄り、リーゼはかすり傷を負わせることに成功する。
カイルの方はほんの僅かの隙をつき、男魔族の羊角を斬り落とした。
悲鳴を上げる男魔族を見て更に挑発するかのように笑いかけ、カラカラと乾いた音をたて、足元に転がる角の先を足で踏みつけるカイル。
それを見て激昂した男魔族だがカイルが冷静に言う。
「おっと動くな。それ以上近づけばこいつを踏み砕くぜ」
その言葉にピタリと動きが止まるが、その眼の憎悪の光は更に強くなる。
そこにリーゼ達との戦いを中断した女魔族が駆けつけ、心配そうに気遣うが、それを振りほどきカイルに向けて角を返せと叫んだ。
「嫌だね。知ってるぜ、魔族にとって角は大事な名誉の象徴で『角無し』となると最早魔族としてみなされなくなるってこともな」
魔族の社会において大罪を犯した者は角を落とされることがあり、それは死よりもつらい罰と言えた。
聖剣を手にして上機嫌のセランもカイルの元にやってくる。
早く試し切りをしたいとばかりに魔族達に詰め寄るセランを押さえてカイルは一時中断しようと申し込む。
「そこで……そうだな三日後に改めて戦いたい。そっちが勝てば聖剣とこの角が手に入るぞ。この状態ならまだくっつけることも可能だろ?」
切り落とされた角を血走った目で凝視していた男魔族が目を見開き、聖剣と聞いた瞬間女魔族も目の光が変わった。
それに対しセランはまたも不満な声をだし、俺のだぞと聖剣を抱きしめるような動作をするがそれも無視をする。
魔族二人はそれを受け、貴様だけはどんなことがあろうとも私がこの手で殺すと、カイルに向けそう捨て台詞を残し、通路の暗がりの中に消えていった。
◇◇◇
カイルが仕切りなおした理由は、このまま魔族を追い詰めれば自棄になり魔法陣の魔力を暴走させかねないからだ。
そうなれば自分たちもカランも終わりで、三日の間に解除しようと言うものであり、同時に戦いのための準備期間でもあった。
ウルザとリーゼの二人も多少傷は負っているものの、三日後の再戦女魔族との逆に闘志を燃やしているくらいだ。
「心折れなかったか……」
早速魔族対策を話し始めた二人から離れ、カイルは呟くように言う。
強大な敵にぶつかり、もう戦いたくないと心が折れる場合がある。
特に魔族との戦いでそうなる事が多いと、前世の体験で解っていた事だった。
二人には魔族と戦うことによって、そうなる事をある意味ではカイルは望んでいたのだ。
もし僅かでも魔族に対し恐怖心を持った場合、カイルは二人をこの旅から外しどこか安全な場所にいてもらうつもりだった。
頼もしくもあるしまだ一緒にいられると嬉しくも思うが、同時に彼女たちをまだ危険な目に合わせなければならないと複雑な気持ちだった。
◇◇◇
カイル達はいまだ気絶しているバックス都市長とその側に力なく佇んでいるガザスの元に来た。
ガザスは偶然行方不明の都市長の仕業だと知り、それで脅されていたと説明する。
そして聖剣ランドはこのカランの国宝みたいなもので私物化されては困るとも言う。
そこで今回命を助けたのと、昨日はゴウとミランダの命も助けたと恩を着せ、聖剣の事を黙っていれば、ミスリルをはじめとする貴重な魔法金属を提供しようと持ち掛ける。
ガザスも色々な葛藤があったが、聖剣に匹敵する剣をいつか打ちたいとの夢をかなえるため、申し出を受ける。
こうしてカランに来る目的の一つだった鍛冶師を確保する事に成功した。
早速カイルは魔族と戦うために必要な物をミスリルで作ってくれと依頼する。
かなり無茶な依頼なので、この後ガザスはすぐに鍛冶場に籠り、ミランダには魔族との戦いがあり、追い払ったとだけ報告した。
三日後の再戦の事を知らせなかったのは、カイル達以外の戦力では魔族に対抗どころか足手まといにしかならないと解っているからだ。
バックス都市長も引き渡し、カイル達は再戦の準備に入った。
◇◇◇
カイルは生贄の魔法陣のエメラルドから魔力を『神竜の心臓』に移すことに二日かけて成功し、暴走しないようにした。
ウルザとリーゼは女魔族との戦いに備え作戦をたて、コンビネーションをセランを実験台に練習をする。
三人は一日目をひたすら作戦を練り、模擬戦闘を繰り返しすごした。
二日目の夜にはげっそりとやつれた、精も根も尽き果てたかのようなガザスが戻ってきて倒れるかのように眠りについた。
ゴウは空気読んで父親の看病をミランダに譲っていた。
そして約束の三日後になった。
◇◇◇
カイル達は地下の、三日前魔族達と戦った場所で待ち受けている。
これが緊張した面持ちで腕でも組んで立って待っていれば様にもなっただろうが、床に布を敷いて座り込み、買い込んできたお菓子をつまみ茶も飲みながらなので、地下でなくカイル達が完全武装でなければ完全にピクニックの様相だ。
「三日後と言ったが、細かい時間を指定しなかったのは失敗だったな……」
さすがに魔族を待ちぼうけにするわけにもいかず、朝から待機しているのだ。
そんな状況でずっと緊張感を保ち続ける事なんてできるはずもないので、こうしてくつろいでいた。
しばらくした後、暗がりの中から現れた二つの人影、それは紛れもなく魔族の二人だった。
「待っていたぞ。決着をつけようか!」
カイルが立ち上がり人差し指を突きつける。
が、口の周りにお菓子の食べかすがついておりしょうがないなあ、とリーゼが口調とは裏腹に少し嬉しそうに手拭きでカイルの口の周りを拭いてあげる。
その背後では慌てて食器や敷布を片付けているセランとウルザ。
シルドニアは口いっぱいに菓子を頬張っている。
まったくしまらなかった。

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