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ver. 伊達京也 作者:千代丸
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紫陽花

(あ、雨降ってきてる…)
ふと曇天からぽつりぽつりと落ちてくる水滴が顔を叩いた。もう梅雨入り間近のこの季節に、雨具の準備もせずに出歩いているわたしが悪いんだけれど。
今日は定休日で、本当なら「彼ら」を喜ばせるあたらしいメニューを考えたり、技術を磨いたり、お店のレイアウトを考えたりする、そんな時間を楽しむことができたはずだった。それなのに、なんだかここ数日、すべてがどうでもよくなってしまっていたわたしは、天気を気にする余裕すらなくなっていたのかもしれない。
次第に勢いを増す雨粒が、いくつもの筋を作って顔を流れていくのが分かる。あてもなくさまよい込んだ公園には、見渡す限り、雨よけになるものも見当たらない。
(わたしのバカ…これで風邪でも引いたら、ますます会えなくなっちゃうのに)
落ち込んでいる理由は、ただひとつ。
彼に会いたい。今すぐ。
でも、彼にだって、都合があるわけで。そしてわたしはただのレストランの店長であって、彼らを応援することはできても、自分から彼になにかを求めることなんて、できない。写真や動画で彼の姿を見られるだけで十分だと、満足していればいい。そして、時々わたしのお店で癒されてもらえれば、それだけでいいはずなのに…。
それなのに、わたしの心はもう、彼に捕われてしまった。会いたくて、触れたくて、寂しさが溢れ出してしまう。

「こんなところで会うなんて、運命?」
突如、背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に、びくりと足を止める。まさかー。
「京也さん…!?」
振り返った先に居たのは、わたしが会いたいと思っていた彼だった。
すらりとした体躯に、襟元を寛げたシャツスタイル。トレードマークの金髪とカチューシャ。かすかに前髪に雨粒が滴っていて、少し咎めるような目で、わたしに微笑みかけている。
「こんな雨の中、傘もささずに歩いてるなんて、悪い子ちゃんだな」
驚いて向き直ったわたしに近づいて、彼はわたしの頬に手を重ねた。
「こ…これはっ、その、ちょっと忘れちゃって…」
触れられた頬が熱くなるのを感じながら思わず目を伏せてしまう。
「京也さんこそ、濡れてる…風邪ひいちゃうじゃない…」
彼も傘をさしていないことに気づいて、おろおろと言うと、ふいに強く抱き寄せられた。
薄いシャツ越しに伝わる彼の体温と鼓動、やわらかく香る香水に、泣きたくなるほど安心してしまう。
(京也さんの鼓動…はやい…。腕、熱い…。もしかして、どこかからわたしを追いかけてきてくれたの…?)
「そうだな、このまま風邪ひいたらまずいから、行こうか」
「え、行くって、どこに…」
「んーじゃ、ここから近いから、俺の部屋」
「え、えっ…」
有無を言わさず彼はわたしの肩を抱いて、歩き出してしまう。
さっきまで灰色一色に見えた視界に、ふと鮮やかな紫陽花が飛び込んだ。
(…雨も、悪くないな)

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