ジャニーズ全く関係ないです\(^o^)/好き勝手書いているので曲解です\(^o^)/
「これが最後かもしれないとあなたにあたしはキスをする」
aikoの近年のテーマ「終わり」「時間は有限であり、心はうつろいゆくのが当たり前ということ」をひしひしと感じさせる、最初の強力な一節。aikoが提唱する「終わり」はつまり今までの「あたし」は終わり、新しいあたしになる。この「終わり」は永遠である…というなんとも重たい気持ちを挿げ替えた言葉になっている。「人間に終わりは来るけれども、気持ちは永遠にあってほしい」シングル『ずっと』が出た際に「あなたに出会えたことがあたしの終わり」と表現したaikoが口にした言葉だ。これが最後だとしても後悔しないように1日を生きてきちんと終わらせ、明日を迎える。だからこそこの曲の「最後かも」「もう逢えないかも」という言葉はその仮定のもとで、そうなってしまっても後悔しないように触れておこう、という固い決意なのだ。最後の「帰るあなたに手を振ろう」はシングル曲『向かい合わせ』の言葉を借りるなら「明日がちゃんとあるのなら今日は終わらせないといけない」という意味だ。本当に今日が最後なら離れなくてもいい。だが明日は何食わぬ顔をしてやってくる。日々を続けるためには今日をきちんと終わらせる、手を振る儀式が必要なのだ。その決意はBメロの「いつもこんな気持ちでいるから」につながっている。「あなたの愛だけで生きていたい 高く高く消えないあの青い空のように永遠だったら」と決して実現し得ないことをそれでも願ってしまうのは、Aメロの固い決意をしてもなお来るか来ないかわからないあなたとの明日が不安だからだ。Aメロの裏打ちのビートはその理想と現実の乖離を表しているのかもしれない。前述の通り、aikoの中で「永遠」とは即ち「終わり」だ。今のこの気持ちに終わりが来れば、もっと楽になれるのか?という簡単な方の選択肢に揺れ動く心が低めのトーンでフラフラ揺れながら歌われている。
そこからサビのスコーンと突き抜けたメロディに乗せられる、「たまにやって来る春がたまにやって来る夏が」。四季はきちんとめぐりめぐる、はずだ。ここには2つの考えを提唱する。1つ目は普通に、春の次は夏。当たり前のように思っているかも知れないけれども決してそんなことはない。きちんと季節がめぐってくるのは奇跡なんだ。大切に思わなければならないんだ。ということ。2つ目はここでaikoの言っている「春」「夏」という季節はそのままの意味ではなく、「あなたと一緒に過ごせたという実感のある時間の一連の流れ」と解釈することだ。有名なシングル曲「カブトムシ」の2番にも、春夏秋冬の流れを「それもあなたと過ごしたしるし」と言う一節がある。それならきちんとやってくる季節の後ろに通常なら反するはずの「たまに」という言葉を付けることにも納得できる。「やってきてくれるのかなぁわからない」の音の駆け上がりからの下がってゆらゆらする部分はBメロの終わりにも通ずる部分がある。
2番のAメロ「何度直しても狂ってく少し壊れてる腕時計」はさすがaiko。「出の悪い水道」「切れた電球」など、aikoは身近なもので日常のほころびを表現するのがとても上手い。「腕時計」という単語はただの時計よりも、もっと自分に寄り添って時を刻むもの、あなたとあたしの時間そのものを言い換えたもののように思う。「巻き忘れて止まったままの腕時計 そこには少し昔の二人がまだいるような気がして(『自転車(アルバム『時のシルエット』収録)』より)」
後悔しないように生きようと思ってもそうはいかず、結局「また逢いたいよって言うための言葉をいつでも探してる」という現実。「回りくどい言い方しか出来ないダメなの(『舌打ち』より)」と歌っていたように、「逢いたい」とは言えない。この良く言えば奥ゆかしさ、悪く言えばめんどくささがaikoの書く歌詞の醍醐味だ。
そしてBメロで求められるのは1番の「永遠」の言い換えである「いつまでも」という約束されない確証。それを「長く噛んだガムの味」という言葉で表現する巧みさに脱帽だ。長く噛んだガムの味がいつまでも忘れられないか、と訊かれればうなずけるようなうなずけないような…という感じなのだが(笑)『深海冷蔵庫』という曲に「ガムの味は無くなって甘さはあたしの体になる」というフレーズがある。ここから察するに「自分の体の中に染み付くくらい」の忘れられないキスということなのだろうか…他の方の考察が読みたいです…。
サビは自分を追い越していく時間を風と重ねあわせ、後ろから吹く風に見立てて「後ろ髪をなでる」と表現している。うなじ、えりあし。そして後ろ髪。無防備な首の後ろの描写にはaikoのフェチズムが感じ取れる部分もある。「全部あの人にあげれば」という仮定はこの「あたし」にとってはしたくないこと、それでいてやってしまえば楽になることだ。先程も引き合いに出した『舌打ち』にこんな描写がある。「本当にしたいことをあなたに言ったらきっともっと困らせるんじゃないかと言えないことは増えていく」相手の気持ちを顧みず自分の思いをぶつけることは簡単だ。しかし相手を慮れば慮るほどそのぶつけられる量は限られていく。それを考えるほどに、次のフレーズが際立つだろう。
「心があなたの事で 全部埋まってしまった 夢見る隙間も残ってない あぁでも言わない」
デビュー15年目を迎えたaikoが繰り出すものすごい威力の歌詞。重い。重すぎる。だがしかしその重さをくるくる軽やかなバンドサウンド、軽快なホーンがフォローしてしまう。とんでもない化学反応で、さらりと歌い上げてしまうaikoの能力は誰にも似ていない唯一無二なのだ。1番のサビを繰り返し、ここまで並べ立てた数々の言葉の最後の結末は「逢いたい」のひとこと。結局はそれに尽きるのに、それが言えなくて言い訳を探す。その心の様を「夢見る隙間も残ってない」というフレーズで表現してしまうaiko。さすがである。
3分40秒という短さの中でありとあらゆる思いを抱いて疾走するこの曲は、まさしくaikoが生み出した問題児だ。これから彼女が更にどんな曲を生み出していくのか、ワクワクが止まらないのである。
蛇足だが最後に「逢う」という言葉について触れたい。今回「あう」は「逢」の漢字を用いられている。「逢う」は「会う」よりももっと、情緒を込めた時に使われる。普通に会いたいわけではない、もっともっと深く彼女は「逢いたい」のだ。
ーーーーーー
ライブで聞いた夢見る隙間がものすっごい問題児来ちゃったなコリャ!!な感じだったのでいろいろ考えながら書きました。歌詞や発言の引き合いはもっとあったんですがわからなくなりそうだったのでちょっと割愛しています…。曲調は『遊園地』に似ているんですが内容はそうでもないので引っ張りそこねました。ここでひっそり入れておく。