三上伸治・消費者庁表示対策課食品表示対策室 室長 インタビュー 後編
健康食品の悪質な広告・宣伝取り締まりのリーダーに聞く後編。話は、インターネットに氾濫する巧妙な広告手法にも目を光らせる話から、措置命令に至った広告事例の具体的な解説にまで及んだ。(聞き手; 松永和紀、森田満樹)
●インターネットの手法も、厳しく監視
松永 2016年4月20日から5月20日までパブリックコメントが行われている「健康食品に関する景品表示法及び健康増進法上の留意事項(案)」ですが、インターネット上の広告の取り扱いについても、ていねいに説明しているのが印象的です。
◆「健康食品に関する景品表示法及び健康増進法上の留意事項について」に関する意見募集について
三上 景品表示法(景表法)と健康増進法(健増法)は一体運用を行いますが、違うところもあります。「規制の対象となる者」が景表法は「商品・サービスを供給する事業者」であるのに対し、健増法は「何人も」なのです。「何人も虚偽誇大表示をしてはならない」と定めています。食品の製造業者や販売業者に限定されるものではなく、新聞社、雑誌社、放送事業者、インターネット媒体社等の広告媒体事業者、それに広告の仲介・取り次ぎをする広告代理店、サービスプロバイダー等も、規制の対象となり得ます。
インターネットを用いた広告手法に「アフィリエイトプログラム」というものがあります。アフィリエイターのサイトに広告のリンクを載せ、その広告を見てクリックした人が購入した時に、サイトの運営者であるアフィリエイターに広告主から報酬が支払われる仕組みです。アフィリエイターやアフィリエイトサービスのプロバイダーは、商品を自ら供給する者ではないので、景品表示法の措置は受けません。しかし、表示内容の決定に関与している場合には、「何人も」虚偽表示をしてはならないと定める健増法上の措置を受けることもあり得ます。
私も新しい言葉に慣れず、最初は「なんのことやら」という感じでした。パブリックコメントを実施中の「留意事項」の全面改正案においては、ブレークダウンして、なるべくわかりやすく書いています。
また、口コミサイトやブログ等において、実際には特定の健康食品の広告宣伝なのに、その旨を明示せず個人の意見のように表明するのも問題です。著しく事実に相違する場合又は著しく人を誤認させるような場合には、健増法上の虚偽誇大表示等に該当するおそれがあります。どのような場合にそうした可能性が生じるのかなども、詳しく説明しています。
松永 いわゆるステルスマーケティングでしょうか。口コミサイトやタレントのブログなどでよく見られますが、判断はなかなか難しそうですね。
●景表法・健増法で問題になるのは、顧客を誘引するための手段として行う広告
三上 インターネットでリンクしたページも、まとめて景表法や健増法上の「表示」としてみなす場合があることも記述しています。
景表法の「表示」や健増法の「広告その他の表示」がなにを指すのか、消費者はあまりご存知ないようなのですが、この改訂案ではしっかり説明しています。「顧客を誘引するための手段として行う広告その他の表示」であって、次に掲げるものをいう、として具体的に示しています。容器包装やチラシ、パンフレット、新聞や雑誌、放送の広告は当然ですが、口頭や電話でのセールストーク、店頭でのディスプレイや実演なども該当します。
旧薬事法、現在は薬機法と呼びますが、この法律では「広告の三要件」というものが決まっています。(1)顧客を誘引する(顧客の購入意欲を更新させる)意図が明確にあること、(2)特定食品の商品名等が明らかにされていること、(3)一般人が認知できる状態であること・・・の三つがあると「広告に該当する」と判断しています。が、景表法や健増法では、とらえ方が異なるのです。
松永 健康食品の事業者が広告を打つとき、この薬機法上の広告三要件をとても気にしています。商品名さえ書いていなければ広告とはみなされない、と考えて工夫している事業者も多いように思いますが。
三上 景表法、健増法では、特定の食品や成分の健康保持増進効果等を記述した書籍やウェブサイトに商品名がなくても、その説明の付近に販売業者の連絡先やウェブサイトへのリンクがあったりするときには、まとめて「表示」にあたると判断することもあるのです。そうしたことも、ていねいに説明しています。
松永 たしか先日、そのテクニックの業者に景表法の措置命令を出されました。
三上 そうです。商品紹介ページ、これにリンクさせたページからさらにリンクさせたページ全体を、商品の広告として認定しました。認知症、がん等を予防する効果を表示していましたので、その合理的根拠を尋ねましたが示されず、景表法上の優良誤認にあたるとして措置命令を行いました。
◆消費者庁・ココナッツジャパン株式会社に対する景品表示法に基づく措置命令について
現在パブリックコメントにかけている留意事項の改正案では、後半に違反事例としてこのような措置命令を出した事例や、プレスリリースはしていないが消費者庁が指導した例、健増法による勧告事例や指導事例等も記載しています。
ただし、広告・宣伝の規制が、行き過ぎたもの、表現の自由を侵害するものであってはいけません。これまでは、国が規制を執行していましたが、16年4月からは権限委譲により、自治体職員の方々などにも執行を担っていただくことになります。ニュートラルに監視をしていただきたいので、先日改定した健増法のガイドライン、その留意事項、現在パブコメ中の景表法と健増法上の留意事項案など、示せるものはしっかりとお示しして、事業者、消費者、自治体職員などの理解を深めて行きたい、と考えています。
●トクホを健増法違反で勧告
松永 もう一つ、最近のトピックとして特筆すべきは、トクホの新聞広告に健増法の勧告を出されたことです。これは、業界の人たちが本当に驚いたようですよ。
三上 この事案は、トクホとしての許可表示が「本品は食酢の主成分である酢酸を含んでおり、血圧が高めの方に適した食品です」となっており、「血圧を下げる効果がある」と表示することについては、消費者庁長官から許可を得ていません。ところが、新聞広告に「臨床試験で実証済み! 驚きの『血圧低下作用』」などと記載していました。これは「著しく人を誤認させる表示」であり、健増法の第31条第1項の違反にあたります。
さらに、高血圧は、薬物治療を含む医師の診断・治療によらなければ一般的に改善を期待できない疾患で、この商品を摂取するだけで高血圧を改善する効果があるとは認められません。こうしたことから、「国民の健康の保持増進及び国民に対する正確な情報の伝達に重大な影響を与えるおそれがある」と認め、第32条第1項に基づき、この広告が違反であることを消費者に知らせ再発防止策を講じることなどを事業者に勧告しました。
第31条第1項に違反するおそれがあるとして指導することはこれまでもありましたが、第32条第1項に基づいて勧告に至ったのは初めてです。
◆消費者庁・ライオン株式会社に対する健康増進法に基づく勧告について
●科学者のセカンドオピニオンがはじまる
松永 先ほど、広告が主張する内容に科学的に合理的な根拠があれば、景表法、健増法上、問題はないと仰られました。措置命令や勧告を出す場合に非常に重要なのは、事業者の広告・表示する内容が妥当か、科学的根拠があるか、ということを確認することだと思いますが。
三上 景表法では、不実証広告規制というルールがあります。消費者庁が事業者に対して合理的根拠の資料提出を求め、資料が提出されなかったり資料に合理的根拠があると認められかったりした場合などは、優良誤認とみなし、行政処分することができます。
一方、健増法には不実証広告規制はなく、「著しく事実に相違する表示」または「著しく人を誤認させる表示」であるかどうかを、消費者庁側が判断する必要があります。先ほど説明した健増法の勧告では、消費者庁長官が許可した表示を超えた内容を表示していたため、「著しく人を誤認させる」と判断しました。
いずれにせよ、景表法、健増法上の行政措置には科学的な判断が求められます。これまではその都度、科学者に検討をお願いしてきましたが、今年度、「食品表示に関する違反事件調査等:健康食品のエビデンスに係るセカンドオピニオン事業」がはじまりました。いわゆる健康食品と保健機能食品の表示に関する疑義について、複数の専門家による科学的根拠の文献査読・検証等を行う体制を構築します。国立健康・栄養研究所に取り組んでいただくことになりました。これにより、措置や勧告等を迅速に進めることができると思います。
●データベースを次々に更新
松永 件数が増えると思っていいのですか?
三上 まずみなさんが感じるのは、国立健康・栄養研究所のデータベース『「健康食品」の安全性・有効性情報』の情報が、次々に更新されて行くということでしょう。消費者庁は、さまざまな健康食品について科学者と協議し評価して、措置命令を出したり、事業者に改善を要請したりしています。措置命令はプレスリリースで公表しますし、インターネットにおける健康食品等の虚偽・誇大表示に対する要請については、事業者名などは明らかにしないものの件数等について定期的に発表しています。でも実は、この成分についてこういうデータが収集されて、でも根拠としては不十分と判断した、というような科学的な調査の結果については、当然やっているのですが、特定の事業者の事案としては公表できないのです。たとえば、○○はがんに効く、という広告があって、それは合理的な根拠がない、と判断した時には、相当な情報を集めそのうえで判断しています。今までは、このようにして集めた情報は消費者庁だけが持っていました。
しかし、科学的な評価の中身は、事業者、消費者にも知ってもらいたい。こうした情報をほかの事業者が見れば「この表示をしてはいけない」ということがわかり、大きな抑止力につながります。そのため、国立健康・栄養研究所のデータベースに情報を提供し更新してもらうことにしました。消費者もこのデータベースをよく見ていますので、消費者にも役立ててもらうことができます。
◆国立健康・栄養研究所・『「健康食品」の安全性・有効性情報』
森田 あのデータベースは、私もなにかにつけ見て、参考にしていますが、メンテナンス、更新が大変だ、という話はよく聞きます。
三上 セカンドオピニオンという事業により、措置や勧告等の迅速化だけでなく、科学的なデータの蓄積、データベースの充実にもつなげられれば、大きな効果を期待できると思います。
松永 厳しい措置命令、勧告もお願いします。一罰百戒という意味合いも大きいです。
三上 措置命令まで出すのはほんの一部。とくにインターネットは数が多いですから、虚偽・誇大表示については多くの場合、改善を要請するという事実上の「イエローカード」方式をとっています。広告の中身は疾病の治療、身体の増強などさまざまな効果を標榜し、それにより一般消費者が受ける誤認の程度もいろいろで、本当に玉石混交。中には、「風邪の季節には○○の実をどうぞ」とか「△△でがんが治る」とか、ぷぷぷっと笑ってしまって、「そんな効果をうたってもだれも信じないぞ」というようなものもあります。しかし、国民の健康保持増進上、大きな問題があるというような広告については、科学者の意見もよく聞いて、「これは悪質。やらねば」というものについては、積極的に措置命令、勧告に結びつけて行きます。
●魑魅魍魎の健康食品に厳しい監視を
松永 表現の精査をしなければならないし、科学的な根拠も確認しなければならない。景表法や健増法を執行するというのは大変なことですね。そういう意味で、2015年4月に厚労省から食品衛生監視員の方が食品表示対策室に来られ、食の科学について豊富な知識を持って食品表示調査官となられたのは、とても大きなことだったのでは、と思うのですが。
三上 科学の方は、相談する先生方に100%お任せ、というわけではなく、消費者庁でも、そのエビデンスはこの表現とうまく結びついているのか、十分な根拠と言えるのか、詳細に検討します。薬機法との連携も非常に重要です。健康食品に関する情報を収集していると、「景表法にもかかるし健増法もかかる。薬機法も関係する」というような事例も出てきます。厚労省と、いつも情報交換していくことが重要となります。
松永 健康食品の広告は、やっぱり目に余るものが多いです。それに、機能性表示食品も、届出された表示内容と実際に販売する時の広告・宣伝の中身との乖離が気になります。機能性の根拠も、かなり弱いと感じられるものがありますが、消費者庁への届出を、受理されたと勘違いされている事業者もいるように思います。今後、中身をしっかりと見て、厳しく取り締まっていただくことを期待します。
三上 保健機能食品以外の食品において、エビデンスを持たず一般消費者を著しく誤認させる広告は、消費者をあざむくもの。魑魅魍魎と言わざるを得ませんし、こうした広告が多く見られたことも事実です。一方、特定保健用食品や機能性表示食品は、その機能性表示に一定のエビデンスを持った製品です。したがって、監視手法は異なりますが、いずれの場合もエビデンスの見極めは当然しっかりとやらなければいけないことです。
松永 まあ、魑魅魍魎対策のほうが優先順位は高いのでしょうねえ。
三上 今のように、エビデンスを持たず機能を標榜する広告がいいとは、だれも思っていないでしょう。昨日今日、不適切な広告が出てきたわけではない。役所もこれまでさまざま取り組んできたけれども、課題があった。すぐに変えることはできないけれど、ちょっとずついろいろなところで汗をかき情報提供することによって賢い消費者が増えて、不適正な広告のものを買わなくなると、次の世代には不適正な広告自体が少なくなる、という方向性を作って行きたいと思っています。
私は「商品の真の効果を一番良く知っているのは事業者の皆さん方。自分の胸に手を当てて良く考えてほしい」とよく言います。記者の方々にも言います。「あなたがたは、100人中1人の効果あり、という内容をそのまま記事にしますか? 広告しますか?」。そうではないですよね。
食品表示対策室が作成した消費者向けパンフレット。まずは、バランスのとれた食生活を心掛けることが大切であること、機能性の食品は表示をよく見て購入することを呼びかけているhttp://www.caa.go.jp/foods/pdf/syokuhin1487.pdf
●広告は、真の効果を歪みなく伝えるもの
松永 でも、効果ありが1人いるのは事実なのだから、それをおかしいというのは「表現の自由」の侵害だ、という主張をする人は、事業者にもメディアにもいますよ。
三上 それは、真の効果でしょうか。買う人は、真の効果を知りません。知っているのは作っている事業者。広告でそのことを伝えずゆがみを作ってしまうのも事業者。それに、伝える媒体です。そのあたりを、きちんと判断してもらわなければなりません。広告は、真の効果を、歪みなくありのままに表現してほしいということに尽きるのです。
●食品表示対策室の役割は……
三上 健康食品の事業者は、薬機法違反にはならないように注意しているおられるようですが、景表法や健増法については、あまり理解が進んでいません。留意事項等で知っていただきたいし、私たちと目線を合わせていただきたいと考えています。
表示対策には長い歴史があり、先人たちの努力により、大きな箱に小さな中身しか入っていない、というような商品は、もう見られなくなりました。われわれのやっていることにより、次の世代で「なくなってよかったね」になればいいと思います。
食品表示対策室は今、農水省、厚労省、公取委からのメンバーが集まって計17人です。農水省といっても、農林水産消費安全技術センターや水産庁などから来ている人もいます。知識の融合によりうまく進んでいる面はあります。ただ、監視の仕事、レベルの維持はものすごく難しい。モチベーションも大事。自分自身の情熱を傾けなければ。措置命令や勧告の件数は氷山の一角ですが、その陰に細かな調査や事業者への改善要請、データベースの充実、ガイドラインや留意事項等の作成など地道な取り組みがあります。そうしたものを見て、事業者が「この広告表現はまずいから止めておこう」などと決めてくれれば、違反の発生を未然に防ぐことができる。あるいは消費者が、購入時に考えてくれる。そうしたことが、国民の利益になると思っています。
松永、森田 ありがとうございました。