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【芸能・社会】蜷川幸雄さん死去 世界のニナガワ80歳、多臓器不全2016年5月13日 紙面から
「世界のニナガワ」逝く−。「NINAGAWAマクベス」など大胆な発想の舞台で知られた世界的演出家で文化勲章受章者の蜷川幸雄(にながわ・ゆきお)さんが12日午後1時25分、肺炎による多臓器不全のため死去した。80歳。埼玉県出身。葬儀・告別式は16日正午から東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で。喪主は妻宏子(ひろこ)さん。 ◆車いすで稽古場2013年1月に狭心症で手術を受けた後、14年秋に体調を崩し、車いすで稽古場に通った。今月25日が初日の「尺には尺を」は病床から演出していた。 「現代人劇場」の旗揚げ、演出家デビューを経て、1972(昭和47)年に演劇集団「桜社」を結成し、74年に解散。同年「ロミオとジュリエット」を大劇場で上演して成功を収めた。 国内外の現代劇や「近松心中物語」などの古典のほか、シェークスピア作品やギリシャ悲劇を斬新な解釈と大胆な手法で演出した。83年にイタリアやギリシャで「王女メディア」、99年に英国のロイヤル・シェークスピア・シアターで「リア王」を上演。歌舞伎など東洋の文化を取り入れた演出も注目を集め「世界のニナガワ」と呼ばれた。 厳しい指導で知られたが、演劇的な深みと完成度の高さから、慕う俳優は多かった。2006年に彩の国さいたま芸術劇場芸術監督に就任。中高年で構成する「さいたまゴールド・シアター」や、若者による「さいたまネクスト・シアター」を旗揚げし、俳優の育成に尽力した。 大作「グリークス」で紀伊国屋演劇賞や読売演劇大賞を受けるなど、受賞多数。文化勲章受章などに加え、02年に名誉大英勲章第3位(CBE)。 映画監督作に「嗤(わら)う伊右衛門」「蛇にピアス」など。著書に「演出術」などがある。 ◆写真家の長女実花さん「かっこいい父」蜷川さんの長女で写真家の実花さん(43)は、昨年12月に父が入院してから5カ月間、ほぼ毎日病室に通っていた。12日も、亡くなる直前まで病室におり、その後撮影現場に向かう車内で訃報を聞いたという。 実花さんは写真共有アプリ「インスタグラム」で「今日、父が逝ってしまいました。最期まで闘い続けたかっこいい父でした。父の娘でいられたことを誇りに思います」とつづった。 ▽市村正親(67) 「50歳でリチャード三世で初めて演出していただいた。その後、ハムレットを53歳。そして蜷川さんの代表作NINAGAWAマクベスをやらせていただいた。渾身(こんしん)の魂からの演出に心から感謝です。ニーナと出会うことができて、本当に役者としてシェークスピア俳優にさせていただいた。感謝してもしきれません。悔しいです! 寂しいです!」 ▽「盲導犬」「海辺のカフカ」などに出演した宮沢りえ(43) 「自分の言葉をどれほどかき集めても、足りないほど悲しいです。でも、蜷川さんはそれを乗り越えるためのたぎる思いと、志を与えてくださいました。ただただ、そのことに感謝しかありません。どうぞ天国にいらしても、私たちの心に檄(げき)を飛ばし続けてくださいますように…」 ▽「ハムレット」など多くの作品でタッグを組んで成長を遂げた“蜷川チルドレン”の小栗旬(33) 「正直、まだ現実を受け止められないでいます。『ムサシ』以来7年ぶりの公演を今秋に予定しており、ついにまたご一緒できる、叱っていただけると心の底から楽しみにしておりました。つらいです。『おい!小栗。何やってんだよ!』という声が聞こえないのは」 ▽蜷川さん演出舞台「尺には尺を」(25日開幕予定)の出演者、多部未華子(27) 「まだ気持ちの整理がつきません。芝居そのものが楽しいものなのか迷走していたときに、光をさしてくれたのが蜷川さんでした。お芝居って楽しいものなんだと心から思える瞬間を、いくつも作ってくれました。この感謝の気持ちを忘れることは、今後絶対にありません。蜷川さん、本当にありがとうございました。心からご冥福をお祈りいたします」 ◆寺島しのぶ、藤原竜也ら蜷川さんといえば、役者と1対1による直接レッスン「千本ノック」が代名詞。ダメ出しの連続で、役者にとってはまさに地獄だ。怒鳴りながら灰皿を投げつけるシーンも有名になった。女性にも容赦はなし。ただ、そのスパルタ教育も愛情あってからこそ。乗り越えた多くの若手俳優の才能が開花した。 女優・寺島しのぶ(43)は「正直何から話していいのか分かりません。ただただ涙が止まりません。19歳で主役に抜てきしていただいたこと、そこで容赦のない灰皿と靴と罵声が飛んできたこと。『お前はブスだから、誰もが黙る演技力を身に付けろ』と言われたこと、要求の芝居に答えられず『お前なんか死んじゃえ』と言われながら目の前で胃薬飲まれたこと」などと振り返った。 その上で「今ある私は完ぺきにあなたのおかげです。冥福なんてお祈りしません。だってまだまだやりたいものをまた、違う世界でやるのでしょうから」と感謝をにじませた。 藤原竜也(33)は蜷川さんの秘蔵っ子。1997年に5537人が応募した「身毒丸」の主役オーディションに合格し、15歳のときにロンドン公演でデビューを果たした。その後も「ハムレット」「ロミオとジュリエット」「天保十二年のシェイクスピア」「ムサシ」など、数多くの作品で蜷川ワールドを支えてきた。 22歳だった2010年に彩の国シェークスピア・シリーズ第23弾「じゃじゃ馬馴らし」で初めてタッグを組み、「トロイラスとクレシダ」にも出演した山本裕典(28)は「『そのステージに立てないヤツがごまんといるんだ、やめていくヤツがごまんといるんだ。お前は立ててるんだろ。もっと勇気もってステージに立て。もっと責任をもって舞台に上がれ』。今もその言葉、忘れたことがありません」と叱咤(しった)された思い出を振り返った。 ▽平幹二朗(82) 「あなたは私の演劇生活の中で最高の相棒でした。数え切れないあなたとの作品は私の宝物。日本の、いや世界の演劇界でトップに上り詰めたあなたの名は永遠に消えることはありません。今は、あなたの内にある怒りと熱情を安らげてください。シャーロックに死なれたワトソンのようなやりきれない思いでいっぱいです」 <蜷川幸雄(にながわ・ゆきお)> 1935(昭和10)年10月15日生まれ、埼玉県川口市出身。開成高校卒業後、55年に「劇団青俳」に俳優として参加。演出家転向を目指して、68年に蟹江敬三らとともに「劇団現代人劇場」を創立し、69年に「真情あふるる軽薄さ」で演出家デビューした。2001年に紫綬褒章、04年秋に文化功労者、10年秋に文化勲章を受章。 PR情報
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