日本報道検証機構の楊井人文代表から連絡があり、5月3日付の産経新聞朝刊1面トップの記事に目を通したのですが、これまでにもましてひどい誤報が掲載されており、「懲りない面々」だと思いました。憲法記念日らしく、記事は次の見出しで始まります(以下、ニュースサイトの記事から引用)。
施行69年、国民を守れない憲法… 今こそ9条の改正や緊急事態条項の創設が欠かせない
記事のうち、問題の個所は次の通りです。
9条の下では、空自機から領空侵犯機を撃つことはできない。相手が警告を無視して領空を自由に飛び回っても、攻撃されない限り空自機は退去を呼びかけるだけだ。
相手からミサイルや機関砲を撃たれて初めて『正当防衛』や『緊急避難』で反撃できるが、編隊を組む別の空自機は手出しができない。爆弾を装着した無人機が領空に侵入しても、攻撃を仕掛けてこない限りは、指をくわえて見ていることになる。
9条が羽交い締めにしているのが、日本の守りの実態である。産経新聞ニュースサイト2016年5月3日掲載
あたかも憲法9条が邪魔になって、対領空侵犯措置もとれない状態になっているかのような書き方です。
確かに、自衛隊法第84条は、退去を求めることや強制着陸させることしかできないような条文になっています。
(領空侵犯に対する措置)
第84条 防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法(昭和27年法律第231号)その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる。
しかし、現実にはそれで済むはずがありません。これについては、日本報道検証機構が指摘しているように、政府の国会答弁では侵害が迫っていると判断されれば、相手の攻撃に関係なく危害射撃が可能だとしているのです。
「必要やむを得ざる場合、例えば領空侵犯機が実力をもって抵抗する、あるいは領空侵犯機が国民の生命及び財産に大きな侵害を加える危険が間近に緊迫しているような場合、こういう場合には武器を使用して適切に対応することになりますが、撃墜といったことも排除はされない」(2012年12月5日、中島明彦防衛省運用企画局長)
敵機のミサイルがロックオン(照準)する動きを見せた場合についても、次のように述べています。
「(ロックオンについて)相手がこちらに向かいまして照準を合わせて射撃しようとしている場合のように、侵害が間近に迫っている場合にも、相手の攻撃を待つことなく危害射撃を行うことが法的に認められている」(2012年12月6日、中島明彦防衛省運用企画局長)
産経新聞が気にしている無人機についても、安倍晋三首相は2013年10月16日の衆議院本会議で次のように答弁しています。
無人機への対応についてお尋ねがありました。
一般論として申し上げれば、無人機が我が国領空を侵犯する場合には、有人機に対する場合と同様、自衛隊法第84条に基づき、自衛隊による対領空侵犯措置を実施することになります。
具体的な対応については、政府としてはさまざまな検討を行っておりますが、いずれにせよ、我が国の領土、領海、領空を断固として守り抜くとの観点から、国際法及び自衛隊法に従い、厳正な対応をとってまいります。
国際法的にも問題はありません。
一般論として申し上げますと、領空侵犯機に対しては、領空外への誘導を行ったり退去を命じたりすることができ、侵犯機が指示に応ぜず、なお領空の侵犯を継続するときには、発砲の警告、威嚇射撃をもって命令を強制することもできるというふうに考えられております。
さらに、もちろん、必要やむを得ざる場合、特別な場合だと思いますが、例えば侵犯機が実力で抵抗するような場合においては、撃墜をも含む緊急実力手段に訴えることもできる、そういうふうに考えられております。
(2013年11月1日、石井正文外務省国際法局長)
対領空侵犯措置の手順は次の通りで、ほとんどの先進国のやり方と変わりはありません。
まず、レーダーサイトが防空識別圏に接近してきた識別不明機に対して、国際緊急周波数を使って英語、当該国の言語などで領空接近を通告します。それでも接近してくる場合、戦闘機を緊急発進させます(スクランブル)。
そして、戦闘機からも国際緊急周波数を使って英語などで領空接近を通告しますし、領空侵犯が認められると、無線で警告するほか、翼を振ったり、パイロットの手信号で退去を求めます。警告しても立ち去らない場合は、並行して飛びながら前方に向けて警告射撃することになります。
通常、スクランブルした戦闘機は識別不明機を両側からはさんで飛びます。しかし、相手が攻撃能力を持った戦闘機などの場合、うち1機はシックス・オクロック・ロー、直訳すると「6時の方向の下側」ですが、つまり相手機の後方(6時の方向)の下側から、ただちに撃墜できる態勢をとるのです。
産経新聞の記事が、誤報であることがおわかりだと思います。
産経新聞2012年4月29日付朝刊1面
2013年6月6日号で取り上げたことがありますが、産経新聞は2012年4月にも同じような誤報をしています。
2012年4月29日付朝刊の1面は、日本国憲法の欠陥の結果、日本の戦車だけがウインカーを取り付けさせられており、「軍隊否定」の象徴だと、大きく取り上げています。
しかし、戦車にウインカーがついているのは世界の常識で、陸上自衛隊の10式戦車でも戦場では光らないようにカバーをかぶせるようになっているのです。産経新聞は、基本的な確認を怠って誤報してしまったのです。
悪いことに、この誤報を訂正することなく、産経新聞の憲法改正案を収録した『国民の憲法』という本にそのまま転載している無責任さですが、その上塗りをしたのが今回の記事だと思います。
日本の領域警備についての法整備の不十分さは私も厳しく指摘してきましたが、憲法9条に関係なく列国なみのレベルに実現できる課題が数多く残されているのが実情です。それを憲法9条のせいにするというのは、「郵便ポストが赤いのも、電信柱が赤いのも、みんな私のせいなのよ」のレベルです。子供じみているとしかいいようがありません。
正面から憲法改正を求める立場からも、防衛省・自衛隊に深く関わる立場からも、贔屓の引き倒しになるような記事は即刻、訂正してもらいたいと思います。
(この記事は、会員制メールマガジン『NEWSを疑え!』第488号(2016年5月12日号)より了承を得て改題し、一部転載しました。)
- (初稿:2016年5月13日 06:10)