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「お隣いいですか?」:HIS×東大美女図鑑の一連の騒動について

HISが「『東大美女図鑑』の学生たちがあなたの隣に座って現地まで楽しくフライトしてくれる企画」なるものを立案し,セクハラであるとのバッシングを受けて即日中止するという騒動があった。もう削除されている企画ページによれば,キャンペーンに応募して当選すれば,ヨーロッパ便等の長距離フライトの間「東大美女図鑑」の学生たちが当選者の隣に座り,「現地まで楽しくフライト」してくれるというものであった。一応,学生たちが東大生であることを活かして,現地までは学生らによる講義を受けることのできるという特典が売りになっていた。そのうちいくつかは学生の専攻分野に関わるものであったが,*1中には単なる学生の趣味である「お笑いについて熱く語る」だったり,「教養のある雑学」(って何?)を教えてくれる学生もいたりした。

私の見る限りでは,HISはこの問題によって著しく評価を下げていた。当然である。いろいろなところで言われている通り,こんな企画を立て,しかもそれが通るというのがまず信じられない。

たとえばid:saebou先輩はこのように述べていらした。ちなみに私はと言うと

もはやこんなことを言ってふざけていた。だってもはや,まともに取り合うのがバカバカしくなるほどの企画である。ちなみにHISの応募資格によれば,「アテンド役の東大美女と同様に東大在学中の女性,あるいは東大卒の女性は除く」などとは書かれていなかったので,私にも立派に応募資格があったことになる。ちょっとやってみたかった気もする。まあ,当選させてもらえないだろうけど。

それにしても,世間様はHISばかりを非難する。それは前述の通り当然ではあるのだが,HISは堂々と馬鹿なことをやって晒し者になり,ようやく事態の深刻さに気付いてすぐさま撤回するなどという,いわば潔いほどの浅薄っぷりを披瀝したまでであり,それによって社のイメージを思いっきり下げるという社会的制裁も受けているわけだから,私は別にこれ以上どうとも思わない。HISを使うことはしばらくないだろうが。心底馬鹿だなあと思っただけである。

しかし,この企画,HISが「東大美女図鑑」とやらを勝手かつ強引に使ったわけではないはずで,両者の間には合意があったはずなのである。つまり,「東大美女図鑑」は一方的に搾取されたわけでもないはずだ。じゃあ「東大美女図鑑」の方は,この件に関して何も言わないのか?と思って彼らのTwitterアカウントを覗いてみたところ,

呑気に五月祭でタピオカドリンクを売る宣伝などしている。いや,待って,そもそも,「東大美女図鑑」って,何?

stems-ut.jp

「賢いだけじゃない,かわいいだけでもない。知性と美を兼ね備えた『東大美女』たちを発信してい」くサークル(団体?)であるらしい。ああ,と思った。こういう,「東大女子って勉強ばっかりしてるわけじゃないんだゾ♡かわいい子だっていっぱいいるんだゾ♡」系のサークルって,私が学部生の頃からチャラ東大女子によって毎年のように作られては,泡沫のように消えていった。ちなみに「概要」を見ると,以下の通りである。

「東大美女図鑑」は、「勉強一辺倒で大学生活を楽しんでいない」という従来の東大女性のイメージを打破し、東大女性と東京大学のイメージアップを図るために、東大文科一二類26組のクラスメイトを中心とした男女7名によって、2013年3月24日に活動を開始しました。「東大美女図鑑」は、東大女性のイメージ向上に貢献することで、女子学生比率がわずか18.2%(2012年現在)である東大の女子受験者数増加を目指しています。

ありがたいことに彼らは「東大女性と東京大学のイメージアップを図る」ことを目標としてくれているらしい。*2そもそも,彼らが奮闘しなければならないのは,「『勉強一辺倒で大学生活を楽しんでいない』という従来の東大女性のイメージ」によるものらしい。そして彼らのがんばりの結果,「東大の女子受験者数増加」が果たされると見込まれているらしい。

それ,誰かに頼まれたの?

そもそも,「勉強一辺倒」だと「大学生活を楽しんでいない」ことになるのだろうか。そしてそれは東大女性のイメージを悪くしているのだろうか。ちなみに私自身も,学部生の頃から東大受験を考える高校生たちに話をする企画にいくつか携わってきた。修士の頃からは男女共同参画室にも時折顔を出していたし,「在学女子学生による母校訪問プロジェクト」にも参加したことがある。こうして高校生たちと話をする中で,「勉強一辺倒で大学生活を楽しんでいない」から東大には行きたくない,などと言われたことは今まで一度もない。むしろ一番多く聞かれたことこそ,大学に入ってからの勉強のことである。つまり,勉強一辺倒って,むしろ東大の魅力であるはずだ。そして多くの高校生は,それを評価して東大を選んで入学してくるはずだ。その敷居を低くしたところで,女子受験者数が増加するなどとはまったく思わない。綺麗なお姉さんがいるからという理由なら,むしろ男子受験者の方が増加してもおかしくない。勉強一辺倒がイメージダウンにつながるなら,東大よりもはるかに勉強一辺倒な海外の大学において,たとえばハーバード美女図鑑とか,オクスフォード美女図鑑とかがあってもおかしくないものだが,見たことある?ないでしょう。

と,前提からしてどうかしていると思わざるを得ないのだが,先述の通り,こういう勘違い系サークルは昔から現れては消え現れては消えしていたので,この「美女図鑑」とやらも遠くないうちその運命をたどるであろう,というのが私のおおかたの予想(であり希望)である。そのよくわからない信念に基づいて,勝手に活動してくれるのは別に構わないが,今回のように,声をかけられたからといって,浅はかに(しかも「東大美女」などと勘違い極まりない冠をかぶって)企業とコラボしたりするのは本当にやめてほしい。イメージダウンというなら,あなたがたのやっていることこそがイメージダウンに直結するはずだ。まあ,「美女図鑑」の学生たちのようなのばかりが東大女子であるとは,世間も微塵も思っていないだろう。ただ,少なくとも私は卒業生として非常に不愉快である。そして同じ思いの東大卒女性はそれなりに多いはずだ(今回の件へのリアクションだけを見ても,私の周りには一定数いた)。

今回のことはHISの「セクハラまがいの」企画に非があったのだという声は多い。確かにその通りではある。しかしその,(意識的か無意識的かは定かでないにせよ)セクシズムを,当の女性が何の疑いもなく受け入れているということをこそ,反省すべきではないのだろうか。男女の平等を希求するにあたり,敵は男性優位社会ばかりではないし,女性はいつも被害者であるというわけでもない。「女性の自立を妨げているのは男性社会ではない。女性自身の心の中に潜む男性への甘えと媚ではないか」というベティ・フリーダンの訴えは,半世紀経ってもまだ当の女性に届かないのだろうか。*3君ら,呑気に五月祭でタピオカなぞ売っている場合ではないぞ。何ならHISに今回の違約金として航空券代を出してもらって,ヒースローかシャルルドゴールかフランクフルトか,とにかくヨーロッパのハブ空港まで来なさい。そこから日本へのフライト中ずっと,私が君らの隣に座ってジェンダー論を講じましょう。一応ジェンダー史も専門分野のひとつだから,「熱くお笑いの話をする」とか「教養のある雑学」よりは専門性が高いはずだ。ついでに,私も東大卒だし。「お隣いいですか?」

*1:たとえば都市工学を学ぶ学生が「行き先の街の成り立ち」を講じるものであったり,建築学を学ぶ学生が建築を語ってくれるものであったり。

*2:ちなみに1段落の中で「東大女性と東京大学のイメージアップを図る」「東大女性のイメージ向上に貢献する」と,同じ内容のことを2回も繰り返しているあたり,彼らの国語力のなさが露呈している。それで文I・IIって,大丈夫か?

*3:

www.keisen.ac.jp

 あとベティ・フリーダンの著書として,これは必ず読んどこうな。「東大美女図鑑」のみなさんは100回書写してもいいくらいですよ。

The Feminine Mystique (Penguin Modern Classics)

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新しい女性の創造

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 ついでにこのへんも読んどこうか。

 

決定版 第二の性〈1〉事実と神話 (新潮文庫)

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決定版 第二の性〈2〉体験(上) (新潮文庫)

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