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強くてニューサーガ 作者:阿部正行

第三章

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第三章ダイジェストその2

 翌日の会談も同じように平行線となっていた。
 ジルグスになんとしてでも責任をとらせたいガルガン帝国だったが、ジルグスも一貫して責任は無いという態度を崩さない。
 話し合いは堂々巡りだったが、帝国としてもなんらかの譲歩を引き出さねばならないと攻撃の手段を変えてくる。

 魔族がいたのは確かに認めるところだが、そもそも本当にその者が討ちとったのか? と矛先がカイルにも向き、エルドランドもその話に乗る。
 しかしそれを待っていたとばかりに、カイルが魔族を倒すだけの実力を持っていると解れば問題ないと言う事かと、オーギスがつめ寄ってくる。

 エルドランドが失言だったかと多少悔いたが、立場上一度言ったことをそう簡単に撤回するわけにもいかず、どうやって証明するつもりかとオーギスに聞く。

 そこでオーギスは建国祭におこなわれる催し物の大武術祭の事を挙げ優勝できれば人族で有数の強さであるという事の証明になると。
 すでに予選は始まっているが、皇家の力を使えばねじ込むことはできる。
 そしてオーギスは帝国のの武術祭の優勝者には、それほど権威はないのかと明らかな挑発をする。

 そうなるとエルドランドも引けずその挑発をうけ、カイルの参加を許可するのだった。

「……あれ?」
 寝不足で欠伸を噛み殺し、口を挟むタイミングを逃していたカイルが首を捻ったころには交渉は終わっていた。


   ◇◇◇



 帝国関係者が退室し、我に返ったカイルにオーギスがこの展開がミレーナ王女からの指示だったことを明らかにする。
 ジルグスが決して譲らず、ガルガンも引く訳にはいかない。
 交渉がこじれて、このような膠着状態になる事をミレーナは見越しており、その際の解決策として単純だが帝国に関しては有効な方法を指示していたのだ。

 それは殴って言う事を聞かせるだ。

 言い方は悪いがガルガン帝国は実力主義の国で、ある意味強い者の意見がまかり通る、強さを見せつけることで黙らせることができる国柄だ。
 だからこそ強さに自信があり、この提案には十中八九乗ってくるとミレーナは判断した。
 証明の場に大武術祭を選んだのは、多くの人目に晒すことにより、誤魔化したり有耶無耶に出来ないようにするためだった。

 一応事後承諾ではあるが拒否権はあるし、負けても責任は一切問わないとキルレンとオーギスはカイルに説明する

 カイルは元々この武術祭に出る事は考えていた。強者というだけで一目置かれるガルガン帝国内で名を上げるのに一番効果的だからだ。
 大会で優勝できれば、例えジルグス出身のカイルでもこの国で敬意を持たれるだろう。
 だがそれはマイザーが皇帝になっているはずの二年後の予定だった。その方がマイザーに受けが良いと考えていたからだ。
 前倒しになったが武術祭に出る事自体はカイルにとっても利益になる。

 そしてカイルの目的である全世界に影響を与えられるような英雄になる、これにはジルグス女王になるミレーナの協力は絶対に必要だ。
 少なくとも自分を使い潰すつもりはないだろうし、親密になればなるほど色々便宜もはらってくれるだろう。

(俺も彼女を利用している身だからな……王女と平民という立場の差では仕方ない事だ。今のうちに恩を売っておくと思っておこう)
 そう自分を納得させるカイル。

「お任せください。必ず優勝してみせます」
 心の中の葛藤は一切見せず、自信にあふれた笑顔で宣言するカイルだが、いつかミレーナに一泡吹かせてやろうと心に誓った。


   ◇◇◇


 同じころ、セランはアンジェラ皇女は宮殿の脇に建つ騎士団の詰所にある鍛錬の間と言われる部屋で、模擬戦を行っていた。
 アンジェラは大国の皇女に似つかわしくない正統な指導に裏打ちされた鋭い攻撃を繰り出すが、セランはそれを遥かに上回り難なくあしらっていく。

 その後も何度か手合せしたが、アンジェラは結局一度もセランにかする事もなく二人の模擬戦は終わった。

 昨日の晩餐会でアンジェラがセランに願ったのは一度手合せを願えないかと言うものだった。
 セランがあいまいに時間があれば、と返事をしていたのだが翌日早速呼び出されたのだ。

 接待のような模擬戦を終えてようやくほっとしたセランだった。

 そこにダリウスがやってくる。
 模擬戦の様子を見ていたダリウスはセランの実力を認めた後、面白そうにカイルとどちらが強いんだと挑発するかのように問いかける。
 セランがどちらが強いかにこだわっていないと言ったところにカイルもやってきた。

「俺の方もまったく気にならないんだけどな」
 表れたカイルにアンジェラがまたも嬉しそうな声を出す。
 カイルは交渉が終わったあと、セランがアンジェラに呼び出されていると聞いて気になり探してここに来たのだ。

 三人が揃ったことにアンジェラは非常に喜んだが、エルドランドに呼び出された為、後ろ髪引かれる思いで去って行った。

 気に入られた様子をカイルはからかうがセランは疲れた様に嘆く。
 セランは自他ともに認める女好きで、アンジェラは文句なしの美少女だが、帝国の皇女でいくら気に入られようとも、下手に手を出せば国家を敵に回しかねない。
 なので自重するぐらいの分別は一応はあり、アンジェラはセランにとってはただただ気をつかう、疲れる相手にすぎなかった。

 そして残された三人だったが、カイルが特に話すこともないと「では失礼」とダリウスに言って立ち去ろうとし、セランもそれに続こうとした。
 だがダリウスがゼントスの事を持ち出し、カイルを挑発をする。

 心ならずも斬ったゼントスの事を出され、段々とカイルも剣呑な空気を出し始める。
 挑発にある程度成功したダリウスはここで引き、自分も武術祭に出ることになった事を告げて、楽しみだと言いながら立ち去った。

 カイルが武術祭に出ることになったと知り、セランが少しだけ微妙な反応をする
 興味があるのかとカイルが尋ねるが軽く笑って否定し、いつも通り呑気でだらけた態度で歩き出すセランの後ろ姿をカイルは何となく見続けていた。


   ◇◇◇


 そして場面は冒頭に戻る

 ロッケルトとの試合が終わった後、カイルがリーゼ達三人を連れ立って闘技場内を歩いていた。
 闘技場正面玄関に来るとトーナメント表にいくつか名前が出ていない、空欄がある事にリーゼが気付く。

 それはサプライズ枠というもので、盛り上げる為に試合直前まで発表されないと武術祭案内というパンフレットを見ながらウルザが説明する。
 現在出ている選手名にダリウスの名前は無いのでこの推薦枠の中にいるのだろう。

「ところでセランはどうしたんだ?」
 カイルが先ほどから見かけない悪友の事を尋ねるとアンジェラ皇女に呼び出されていたるとのことで、相当気に入られたようだとわかった。



 用意された観客席にいき、一回戦の試合を見るカイル。
 第二試合は順当に前評判で有利だった斧使いが勝ち、カイルの次の対戦相手が来まる。
 その後も試合は続いていき、カイルは真剣な顔で言葉少なに観戦していく。
 人族最大規模の武術大会で、大陸中から富と名声を得ようと腕自慢が集まっているに相応しい試合内容ばかりだった。

「だが……想定の範囲内でもあるな、これなら」
 どうやらロッケルトが優勝候補だったのは間違いないようで、比べると予選を勝ち抜けた者達は実力的には一段下と言ったところで、今のカイルなら確実に勝てる相手ばかりだった。

 緊張していたカイルの顔も段々とやわらいできて、余裕が出てきたようだ。

「……楽勝とは決して言わないが、このまま油断さえしなければ優勝自体は何とかなりそうだな。予想外の事でもおきない限りな」
 ふと漏らしたかのような、カイルの言葉だった。

 武術祭一日目の最終試合、一回戦第八試合にガドフリーと言われる前回準優勝者で、前評判では優勝候補筆頭が出てくる。
 美形の戦士として女性人気も高いようだった。
 対戦相手はサプライズ枠で姿を見せた瞬間、それまで騒がしかった闘技場内が一瞬静寂に包まれる。

 赤を基調とし、鳥の羽を身体のあちこちにあしらい、舞台役者か道化師でもなければとても着ないような派手な服。
 金糸で縁取った真紅のマントが歩くたびになびき、何より目を引くのは顔の上半分を隠す仮面と帽子。
 とにかく目立つ、これから試合に臨むとは思えないような剣士だった。

 サン・フェルデスと紹介された仮面剣士に闘技場は野次や歓声に包まれるが、アンジェラ皇女の強い推薦により出場が決まったと聞くと野次が止まる。
 強者好きで良くも悪くも有名なアンジェラ皇女の推薦と言う事で、その正体はともかく実力の方が保障されたようなものだった。

 サン・フェルデスの正体はカイル達には一目瞭然だった。
 何せ例え顔が見えなくても、手にしている剣がセラン自慢の聖剣ランドなのだから。


   ◇◇◇


 観客の騒ぎが収まる前に試合開始となる。
 優勝候補筆頭に相応しく、ガドフリーはカイルの目から見ても他の出場者と比べて頭二つは飛びぬけていて、正確無比で華麗な剣技も確かなもので人気があるのも頷けた。

 だがガドフリー渾身の斬撃を仮面剣士は難なく受け逆に反撃し、仮面剣士の猛攻に防戦一方となり、その端正な顔が段々苦しみに歪んでいく。
 相手が自分よりはるかに強いと、剣を合わせるごとに望的なまでに解ってくるのだが、それでもガドフリーは諦めず食らいつくかのように剣を振るう。

 仮面剣士の方も、対戦相手のその目に宿る光に強い意志を感じ、その心を折って降参させるのは難しいと判断して戦い方を変え、まず顔面への攻撃でフェイントをかけ、次に鋭い足場らいを放つ
 ガドフリーは足を刈り取られ、尻餅をつき転倒するが、すぐさま立ち上がり、体勢を立て直そうとしたところに仮面剣士は強靭な足腰を利用し、全体重を乗せた膝を顔面に見事にめり込ませた。
 顔面を潰されたガドフリーは吹き飛び、地面を転がった後ピクピクと数度痙攣し動かなくなった。

 大番狂わせに闘技場は大歓声に包まれ、そして新たに現れた優勝候補に惜しみない拍手を浴びせた。


   ◇◇◇


 控室で謎の仮面剣士サン・フェルデスことセランは、会いに来たカイル達を前に膝を抱えて座り込みながら少しいじけた様に、好きで出たわけじゃないとぶつぶつと呟いでいた。
 何故出場する羽目になったかカイルが聞くと、やはりアンジェラ皇女に頼まれたとのことだった。

 現在年頃になりつつあるアンジェラ皇女には国内外から様々な求婚があり、国内で特に強く希望しているのがウォーバル公爵という重臣で、嫡男との結婚を希望していた。
 皇帝もエルドランド皇子も末娘に甘く今のところ婚姻に興味がないアンジェラに無理強いをしてはいなかったのだが、重臣である公爵の強い望みも無下にできず、帝国的にも利のある事なのでまずお見合いという形で公爵家嫡男と会わせる事にしたのだ。
 しかしその息子はアンジェラの理想とはほど遠い文官タイプだったらしく、そこで上手く断るために条件を出したらしい。
 公爵が推薦して後ろ盾にもなっているガドフリーに、自分の推薦した選手と対戦して勝てたら結婚を了承すると言うものだ。

「ようするに結婚話を断る為に使われたってことか?」
 カイルの問いにセランは頷いた。
 仮面はジルグス出身と言うのも多少問題あるので正体を隠して出場したとの事だ。
 とにかくこれで約束は果たした、と次の試合を棄権しようとしたセランをカイルは少し慌てた様に止める

「……出てしまったものは仕方ない。二回戦と三回戦も勝って準決勝で棄権してくれ。その方が俺が楽だ。少しでも優勝の確立を上げるために頼むぞ」
 セランはしばらくカイルの顔を見た後、渋々と言った感じで了承する。


   ◇◇◇


 武術祭の一日目の日程が終わり、カイル達は宮殿内に用意されている部屋に戻る途中の大通りを歩いていた。
 辺りは人であふれかえり、帝都ルオスはお祭り真っただ中だと改めて認識させ、カイル達は大通りの両脇にぎっしりと並んでいる露店をひやかしつつ歩いている。

 それぞれが祭りの雰囲気を楽しんでいると、カイリス神の大聖堂前を通りかかった時リーゼが少し寄っていきたいと言った。
 元々興味のないセランと食べるのに忙しいシルドニア、精霊神ムーナの信徒であるウルザは残り、リーゼとカイルが大聖堂に入る事となった。

 大聖堂内にある一般信者向けの数百人は入れる巨大な礼拝堂では、今も多くの人が
 正面祭壇には大地母神カイリスの大きな像が慈愛の女神らしい柔和な笑顔で参拝に来ている信者を見ている。

 熱心に祈るリーゼを、カイルは少し複雑そうに見ている。
 カイルもそれほど熱心な信者ではないがカイリス信者で、両親もそうだ。
 だがここしばらく、少なくとも二度目の人生では神に祈った事は無い。

 世界を作り、人間をはじめとする人族を創造した光の神々。神話ではそう語られている。
 神々は確かに存在し、何千年と言う歴史の中で数えるほどではあるが姿を表しており、そして零れ落ちた神々の力を信仰によって集め、奇跡をおこなうのが神聖魔法だ。
 信仰は人々の生活の中に完全に溶け込み、一部ともなっており、このように祈る人が絶えることは無い。

 だが基本的に神々は見守るだけで地上の事に干渉することは無く、それはあの大侵攻の最中でも同じだった。
 人がいくら祈ろうとも、神の慈悲にすがろうとしても答えてはくれなかった。
 大侵攻の絶望の最中に、ただ見守るだけの神を呪い、信仰を捨てた者も少なくなかった。

 今のカイルは信仰を捨てているわけではない。
 回復の神聖魔法には散々世話になったし、他の仲間で信仰に支えられていた者も多かった。
 ただ素直に祈る気になるにはもう少し時間がかかりそうだった。

 リーゼと共に礼拝堂から出ようとしたとき少しだけ振り返り
「どんな困難も自分達の力で乗り越えていきます。ただこれ以上の艱難辛苦はいりませんので、もう少しお手柔らかにお願いします」
 祈りではなく決意と、ほんの少しだけ愚痴をカイリスの像に言ってみた。

 そのまま礼拝堂を出て、セラン達と合流しようと大通りに出ようとしたその時、カイルの背筋にぞくりと駆け上るのぼる様な悪寒が走る。
 表現するのが難しいが、まとわり粘りつくかのような悪意とでも表現すればいいのか、とにかく不快になる気配だった。
 その悪寒は一瞬で消え急ぎ振り返るが、カイリス神の像は変わらず微笑んでおり、周りを見回しても信者とカイリス神官しかいない。
 更に注意深く周りを見るとある人影を認め、慌ててリーゼと別れてその人影を追った。

 一瞬だけだったがそれは間違いなくミナギだった。



 ミナギの恰好はこの間の晩餐会の時とはとかなり変わっており、酒場で好評の看板娘といった風情で、完全に人混みにまぎれていた。。

(さっきの気配はミナギか? いや……あいつはあんな気配は出せるとは思えない……何よりこっちに気付いていないようだし)
 ミナギの後ろ姿を尾行し、物陰から様子を伺っているカイルを見つけた相変わらず両手に食べ物をいっぱい持ったシルドニアが話しかけてくる
 そしてカイルがつけているミナギの姿を見て、シルドニアが晩餐会の時に料理を取り合った相手だと思い出す。

「何やってんだお前ら……」
 更にミナギが料理を隠し持った袋で持ち帰ったと聞き、呆れかえるもシルドニアと別れ再び尾行を続けた。


 人の多さが幸いし何とか気付かれずに尾行に成功し、スラムにほど近い長屋のような集合住宅地の、その中でも隅にある特に粗末な家へと入っていく。
 カイルは周りを確認し気配を殺して壁際に張り付き、何とか中の様子を探ろうと耳を澄ますと、食事がまたしばらく賄いの残り物だ……と何やら色々な意味で悲しいミナギのつぶやきが聞こえてきた。


 その後も独り言は続き、どうやらかなり金に困っている生活をしているようで、賄いということは格好の通り飲食店で給仕あたりをしているのが解った。。

(どういうことだ? 仕事に失敗したのか? だがそれなら何故晩餐会の場に潜り込んでいたんだ……)
 ミナギの現状を推察していると、がさごそという音と布がすれるような音が聞こえてくる。
 恐らくは着替えているので一度立ち去ろうとしたその時、カイルは足元に音の鳴る罠が仕掛けられていることに気付かず踏んでしまい、室内から鈴の音が聞こえてくる

 そこからのミナギの行動はカイルの反応を超えていた。
 元々壁に細工でもしてあったのか瞬時にして破り出て、カイルの前に立ちふさがる。
 その手にしているのは独特の反った片刃の剣を、両手に持つ二刀流で、やはり着替え途中だったらしく目のやり場に困る下着姿だ。

 だがすぐにそんなものは気にはならなくなる。
 純粋な殺意とでもいうのだろうか、対峙しているだけで全身に鳥肌が立ってくるような、それだけの気迫をミナギから感じる。

 だがカイルは同時にちょっと嬉しくもなる。
 先ほどまでの何と言うか残念な感じが吹き飛び、とっさの反応といいこの思い切りの良さと言い自分の知っているかつてのミナギなのだから。
 しかし喜んでばかりもいられないし、ここで戦うのは得策ではない。

(さてどうやって誤魔化すか……やはりあいつの名を出すか)

「戦うつもりは無い……お前の事はソウガから聞いている」
 親代わりでもある師匠の名前をだされ、ミナギは絶句した。



 ソウガの名を出され後、落ち着いて話がしたいとカイルが言うと驚いたことに室内に招いて、ミナギは茶まで出してくれた。
 目の前のミナギは相変わらず警戒したままだが、殺す寸前からお茶を出すまで行ったのだ、ソウガの名はミナギにとって効果絶大だった。

「ありがとう」
 毒の使い手であるミナギから出されたお茶だが、ここはあえて飲むことにする。
 じっとこちらを見ているミナギより先に、薄いお茶を飲みながらカイルから話し始めた。

「……ソウガは大陸の東にある島の、暗殺をはじめとする闇の技術を受け継ぐ一族、確かシノビ……という呼称で一定以上の地位や財産を持つ者にしか存在を知られていない。年齢はもう少しで六十くらいだったかな? 若いころに負った顔の刀傷か目立つな」
 ミナギと同じようにかつての仲間だったソウガの事を語る。

「そしてお前の師匠で育ての親でもある。ソウガに子供はいないので戦災孤児だったお前を引き取り弟子として育てた。幼いころ修行していたのはシュミン山と言われる山で、八歳の時に崖から落ちる大けがをしたろ? その傷が脇腹にまだ残っているんだってな」
 とにかくここは信頼を得るのが大事だと思い出せる限りの情報を並べていった。

 自分とソウガしか知らないことを語られミナギは思わず絶句する。
 ミナギはソウガの事を心から信頼していたのは知っていた為、ソウガの名前を出せば効果があるとは思ったが予想以上だった。

 問題があるとすれば、ソウガ本人にミナギがこの事を尋ねられたら一発でばれる点だ。
 もしソウガと緊密に連絡を取り合っているようならすぐにばれるが、どうもその気配はない。
 むしろこちらにソウガの事を聞き出そうと探っている感じで、別行動をとっていると見た上で話している。
 幸いソウガの方は話しが解るし取引もできるタイプだった。話のもって行き方次第でうまく口裏を合わせてもらえる可能性がある。

(何とかしてソウガと先に会うしかないな……)
 とにかくこれである程度の信用を得たのだろう、ミナギの警戒が緩んだようにカイルには感じられ、今の現状を聞き出すことに成功した。



 ミナギがここにいる理由は、いつまでたっても半人前扱いなので、自分の実力を認めてもらおうと、ソウガが断るであろう仕事を勝手に受けて単身ガルガン帝国に来たと言うのだ。
 仕事の内容はガルガン帝国の中枢に近づき、情報収集を行った後最終的には指定の人物の暗殺。
 細かい指示は追って出されると言うので入念な下準備をして、いざとりかかろうと言う時に依頼が中止になったと言うのだ

「ひょっとして依頼主って……」
 嫌な予感がしつつもカイルが聞くと、ジルグスのレモナス王だと言われ、心の中で頭を抱える。

 依頼人が亡くなってしまっては確かに中断せざるをえない。
 その暗殺の標的はエルドランドになった可能性が高く、現にあのタイミングでのエルドランドの死は、帝国にとって大打撃だった。
(なるほど、ミナギだったのか……あの王様嫌がらせに関しては才能あったんだな)
 苦々しい思いで、レモナス王の顔を思いだす。

 前金も下準備に全部使ってしまい大赤字で借金をしてしまい、その返済の為に酒場で掛け持ちで働いていると恥ずかしげに語った。
 この間の晩餐会に忍び込んでいたのは、せっかく作った偽装身分が勿体ないので食費を浮かそうとしていたようだ。
 カイルに接触したのは金を持っていて女に弱いとの情報だったので、とりあえず近づいておいて後々何かに役に立つかと思ってと、更に恥ずかしげに語るミナギ。
 そしてこのことはソウガに黙っていてほしいと、気弱そうに頼むミナギに、カイルは喋るつもりは無いと言うと心からほっとしたようだった。

(しかし、俺が会うのは今から約三年後だが……何というか別人に近いな)
 カイルの知っているかつてのミナギは自分に自信を持っており、気が強く凛としてどんな相手だろうと、例え貴族だろうが王だろう対等に渡り合っていた。
 詳しく聞くと、一人でこういった裏仕事をするのは今回が初めてという事らしい。

(じゃあこいつは初めてでガルガン帝国皇太子暗殺を成功させて、それから約二年で世界一の暗殺者と言われるようになったのか?)
 凄まじいなと思いつつ、カイルには何となくだが今のミナギがこうなっている理由が解った。

(とんとん拍子で成功していって自信と実力をつけたのが俺の知っているあの時のミナギで、初っ端からつまづき挫折しかかってるのがこのミナギか……三年もあれば人は変わるがこいつは変わりすぎだろ)
 挫折して落ち込んでいるろころに、頼れる存在のソウガを知る者が現れて、思わずすがってしまったというところなのだろう。

 ここでカイルはミナギを助ける為にある依頼をする。
 実は武術祭は裏で国同士の密約により自分の優勝が決まっているので、自分に賭けてほしいとザーレス金貨十枚ほどを預け、これを全部自分にかけてほしいと依頼する。

「依頼料はその儲けの半分だ。何なら個人的に賭けてくれ」
 突然の展開に戸惑うミナギだったが、ちょっとだけ涙ぐみながらカイルに礼を言う。
 ミナギも気付いていたのだ、この依頼が自分を助けるためのものだと。

 かつてのミナギと比べてしおらしいのを新鮮に思いつつも、カイルは笑顔で答えた。

「気にしないでくれ。ソウガには世話になったからな……だからミナギに恩を返したい」
 実際それは嘘ではなくソウガに、そしてミナギにも助けられており、何よりもミナギ自身の力になりたいのだ。

「……後で他にも何か依頼するかもしれないが、その時は頼むな」
 もしかしたら……例え最後の手段だとしても暗殺を頼むような事態があるかもしれないので、ここで恩を売っておく事は今後の利害の面からも大事だ。
 優勝しなければならない理由が一つ増えたなと思うカイルだった。
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