三十六歳女性が寝る前にヨガをやっている。
すぐに飽きるかと思っていたが、しっかりと続いているようだ。スマホでインストラクターの動画を流し、それにあわせて色々なポーズをとっているのである。
ネコたちはそんな三十六歳をジッと眺めている。あれは笑う。観察されてるじゃん、と思う。毎日エサをあげているのに、飼い主であるはずなのに、おもしろポーズの珍獣扱いである。
さて、しかし今回はネコの話ではない。
今日書きたいのは、三十六歳女性のポーズに、『おしゃれ手帖』で最後のアイドル夢川しゅんが「らっきょ!」と叫ぶシーンと同じものがあったことなのである。
この説明でピンときた読者は一人もいないだろう。これは断言できる。絶対に一人もいない。今の説明で即座にイメージが浮かんだ人は頭がおかしい。なので説明しておきたい。
『おしゃれ手帖』というのは、長尾謙一郎のギャグマンガである。これに夢川しゅんというキャラが一度だけ出てくる。
愛蔵版の第5巻から引用しておこう。
三十六歳女性がこのポーズをしていた。
というか、ヨガの一連の動きのなかに、これとまったく同じポーズがまぎれこんでいた。当然、私は爆笑した。まさか同居人が長尾謙一郎マンガのマイナーキャラになってるとは思わないもん。
ということで、三十六歳女性がヨガをはじめるたびに、私はらっきょのポーズが出るかを楽しみにするようになった。ネコといっしょにジッと観察である(ネコはらっきょを待っているわけではない)。
三十六歳女性は「ジロジロ見るな!」と言う。
「もうらっきょ終わったから!」
「ジロジロ見るな」はいいとして、「らっきょ終わったから」は意味がわからない。三十六歳の中でもらっきょのポーズになってしまっている。これには小首をかしげるしかない。
らっきょ女を観察する日々が続き、三十六歳女性がカレーの添え物に見えはじめた今日、こんなことを言われた。
「あんたもやりなさいよ!」
このフィールドに上がってこい、ということだった。おまえは客席から見ているだけなのか。らっきょを見る者と、らっきょをやる者、どちらを選ぶのか。完全な挑発である。私は乗った。
仰向けに寝ると、こうなった。
馬鹿が二人に増えたわけである。
やってみて分かったのは、らっきょのポーズは異常にキツいということだった。アホらしいポーズだが、負荷はキツい。これは発見だった。ポーズのアホらしさと負荷のキツさは比例する。日常にない筋肉の使い方をするからだろう。
「らっきょキツいでしょ…!」
三十六歳女性はプルプルしながら言った。
「らっきょキツい…!」
私も震えながら返した。
「毎晩やってるんだよ…! あたしはこれを…!」
「それは…すごいことだと…思う…!」
「なのにあんたは見た目だけで馬鹿にして…! らっきょとか…!」
「それは…申し訳なかった…と思う…!」
しかも、らっきょは長かった。我々は震えながら耐えていた。小刻みに震える二人の馬鹿と、それを見守る真顔のネコたち。ご近所には見せられない姿である。
「これ…いつまで…!」
「まだまだ続くよ…! がんばるんだよ…!」
「無理なんだけど…!」
「根性でなんとかするんだよ…!」
「無理…マジ…無理…!」
「効いてる証拠…!」
しかし私は立ち上がった。
無理はしない主義なのである。
「ちょっと!」と言われたが、それも完全に無視して、プルプルする脚を引きずりながら、小部屋に戻った。
小部屋から居間を眺めた。らっきょの女がいた。ネコは暇そうに耳を掻いていた。やはり、あれはただのアホらしいポーズである。負荷がキツかろうが、らっきょはアホらしい。あのフィールドには上がりません。
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