被災地 危険な住宅にとどまる障害者たち
地震の爪痕が残る町で…
私が取材したのは、一連の地震で震度6弱の揺れに襲われた熊本県御船町で行われている現地調査です。
あちこちの家の屋根に青いシートがかけられるなど地震の爪痕が色濃く残るなか、町の社会福祉協議会の依頼を受けたNPOの相談員が2人1組になって被災した家を見回っていました。訪れているのは障害者手帳を持つ人の自宅です。障害がある人たちの安否を確認しようと始まったこの調査ですが、見えてきたのは驚くべき実態でした。
右半身が不自由な男性は
最初に訪れたのは、右半身が不自由な66歳の男性の自宅でした。男性は自宅の前にいすと机を置き、そこで家族と共に過ごしていました。男性の自宅は建物全体が傾いて壁の一部が崩れ落ちていて、一目見ただけで被害の大きさが分かる状態です。玄関の脇には倒壊などのおそれがあることを示す赤い紙が張られていました。
男性は、日中は自宅前に置いたいすに座って過ごし、夜は車の中で寝泊りしているといいます。なぜ避難所に行かず、自宅にとどまっているのでしょうか。問いかけに対して男性は、「介助が必要なため、避難所では周囲に迷惑がかかるから」と話しました。
知的障害がある女性は
調査の中では、さらに深刻なケースも見つかりました。調査員が町の中心部から車で10分ほどの所にある一軒の家を訪れたときのことです。その家に張られた紙には、基礎がずれてしまい、倒壊のおそれがあると書かれていました。中にいたのは、知的障害がある谷口砂代さん(52)と、80歳と77歳の両親でした。
谷口さん一家は地震のあといったんは避難所に身を寄せていたといいます。自宅に戻った理由は、砂代さんの行動にありました。家族の話では、砂代さんは日頃から突然叫び出すなどの行動をとることがあるそうです。一家は周囲とのトラブルを避けようと、避難所の駐車場で車中泊を続けていました。しかし、両親は高齢で車中泊を長く続けることはできませんでした。一家は行き場を失ってしまったのです。砂代さんに避難生活の様子を尋ねると、「足が伸ばせなくて、おしりが痛いのと腰が痛かったのとで大変でした」と話していました。
「もうおしまいでもいい」
避難所にいれば情報や支援物資がすぐに手に入りますが、自宅には届きません。相談員は、一時的にでも福祉避難所に身を寄せるよう勧めました。
「役場の前に福祉避難所がありますが、そこなら気をつかわないですむのではありませんか?」「砂代が突然、叫ぶというか、そんなところを聞かれたら…」
母親は、周囲に迷惑がかかるため自宅から出たくないと話します。しかし、自宅の建て直しをはじめ、今後の生活の見通しはたっていません。もし再び大きな地震が来たら命に関わるのではないか。私の問いかけに対して母親は「地震はもう来ないと信じていますけど、その時はおしまいでもいいやって」と小さな声で答えました。
相談員の枡谷礼路さんは、「1か月くらいは無理がきくと思いますが、それ以上は疲れも出るし、見通しも立たないためすごく不安が高まると思う」と地震の影響の長期化によって家族が疲弊してしまうことを心配していました。
同様のケースが次々と
危険な家に住み続ける、障害のある人たち。こうしたケースは決して少なくないことが次第に明らかになってきています。このNPOが調査している御船町では、少なくとも12世帯が危険な家や注意が必要な家に住み続けていることが分かっています。「避難所に行ったが、夜中に大声を出してしまうため苦情を言われる前に家に戻った」「集団生活が苦手で、避難所では過ごせない」。調査票には、周囲とのトラブルを気にする切実な声がつづられていました。
しかし、障害がある人がいる680世帯のうち、調査ができているのは半分余りにすぎません。今後、調査や住宅の危険度の判定が進めば、さらに数は増えるといいます。別のNPOが調査しいる熊本市でも、少なくとも22世帯が危険な家などに住んでいることが分かっていますが、県全体の実態はまだ分かっていません。
打つ手がない行政
障害がある人たちが危険な家に住み続ける事態にどう対応するのか。実は、倒壊のおそれがある家から住民を強制的に避難させることはできません。しかも、御船町は町の施設を福祉避難所に指定していますが、さまざまな障害にきめ細かく対応できるだけの設備も要員も十分にはいません。打つ手がないのが実情なのです。御船町の担当者は、「さまざまな障害がある方がいます。特に知的障害や精神障害がある方のための福祉避難所ができればとは思うのですが、現状では難しい」と話していました。
求められるのは何か
何か打てる対策はないのか。調査にあたっている相談員の枡谷礼路さんは、「今、地域でも皆さんが大変な時期なので、落ち着ける場所をどれだけ提供したり用意したりできるかというのは難しい問題です。地元だけではなく外の応援を使っていただいて、安心できる場所とか、不安や本音を言える場所を、すこしずつでも用意するしかないと思います」と話しています。
生活再建が長期化するなか、障害があるがゆえに危険な家にとどまり続ける人たちを、どう支えていけばいいのか。被災地が直面する重い現実です。