Tinder的な世界と、愛を巡るアーキテクチャ

「アップルがスマートフォンを発明した」というと、怒る人が一定数いる。私だってW-ZERO 3 [es]を使っていたのでその気持ちは分かる。しかし、今日におけるスマートフォンのありかたを発明したのは、やはりアップルだろう。そしてAndroidがどれだけ多くの機能でiPhoneを上回ろうと、いまもスマートフォンのありかたはiPhone登場以来大きく変わっていない。

同じように、スマートフォンにおける出会い系サービスを発明したのが、Tinderである。出会い系オンラインサービスそのものの歴史を紐解けば、インターネットの歴史、あるいはそれ以前の通信サービスの歴史と同じくらい長くなるに違いない(ニフ婚とか)。しかし今日の出会い系のありかたは、Tinderによって規定されたと言っても大袈裟ではない。

Tinderはどれくらい人気なのか。米国App Storeの「ライフスタイル」カテゴリで首位をずっと保持するくらい人気だ。詳しい数字は公開されていないものの、マネタイズにも十分に成功しているようである。しかしそれ以上に面白いのは、「左にスワイプする」が「興味なし」の意味で、米国のドラマやコメディで頻繁に引用されるくらい、Tinderが文化的に認知されていることではないだろうか。

なぜTinderは成功したのだろう。さらに言えばなぜTinderのアーキテクチャは成功したのか。まだ試したことがないという人は、とにかくインストールして欲しいが、幾つか挙げるとすれば:

  1. アカウントをFacebookベースとすることで、リアルな人格で利用するサービスであることを明確にした。Facebookの友達が少ないとそもそも登録できない。そのため偽名などでは登録しづらいし、荒らすのも難しい。(もちろん不可能ではない。荒らしはいつでもどこでも荒らせる)
  2. 次々と表示される異性(あるいは同性)に対して、好みであれば右にスワイプ、好みでなければ左にスワイプという、極端にシンプルなインタフェースを導入した。おそろしく分かりやすく、中毒的ですらある。結果、誰もが「選ぶ側にいる」という幻想を与えることに成功している。
  3. お互いに右にスワイプしたとき「マッチ」が発生し、二人だけでのチャットが可能となる。言い換えれば、マッチするまではコミュニケーションの手段がないので、これも荒らし対策になる。また、チャットはいつでも終了させることができるので、(他に情報を共有していなければ)不快な相手とは二度と顔を合わせることがない。

いずれの点にも言えるのは、シンプルであること、そして不快なものを排除しやすいことである。偽名ではそもそも登録できない(不可能ではないが)。不快な相手は左にスワイプするだけ。マッチしても、不快になったらチャットを終えればいい。お気楽なものである。

このアーキテクチャがあまりにもシンプルで、完成されているため、Tinderは多くの「Tinder的」と言えるフォロワーを生んでいる。以下はその一例だ:

  • Tinderでは自分で定めた相手の年齢制限と、今いる場所からの距離から、候補を表示する。ここに手を加えたらどうなるだろうか
    • Hinge:候補として、Facebookにおける友達の友達だけが表示される
    • Happn:スマートフォンの移動履歴を利用し、実際にすれ違うような距離の相手だけが候補として表示される。
    • Bristlr:男性は髭を持っている。
  • Tinderでは写真と簡単なプロフィールだけが表示される。ここに手を加えたらどうなるだろうか:
    • Loveflutter:140文字までの文章がまず表示されて、そのあとに候補の写真を確認する。
  • Tinderではマッチ時に1:1のチャットが始まる。ここに手を加えたらどうなるだろうか:
    • Bumble:マッチ後のチャットは女性からしか始められない。ちなみに開発したのは元Tinder幹部である。
    • Boompi:マッチ後のチャットに、女性のみ、同性の友人を招待することができる。その存在は男性側には分からない。つまり、男性は女性と1:1でチャットしているようで、女性側は同性のアドバイスを聞きながら(あるいは男のアプローチを一緒に笑いながら)男性とチャットをすることができる。
  • Tinderは前述の通りFacebookベースである。ここに手を加えたらどうなるだろうか
    • Glimpse:FacebookではなくInstagramのアカウントと写真を使う。

調べればまだまだあるのだろうが、BumbleやBoompiに見られる、女性優遇策は特に面白いところだ。先日も不倫マッチングサービスのデータが流出したら会員が男ばっかりだった、という悲しいニュースが話題になったが、やはり女性ユーザを惹きつけないことにはこうしたサービスは持続しないということなのだろう。

そして改めて考えてみたいのは、こういうサービスが普及することは、やや大袈裟に言うならば、我々の社会のアーキテクチャを書き換える可能性があるということである。

遠くない昔には、全く知らない者同士がろくに会話もないまま結婚する、見合い婚という制度があった。今日には合コンという仕組みがあって、共通の知人を通じて知らないもの同士が出会う場が設けられる。そして未来では、こうしたオンラインサービスによる出会いが標準的になるかもしれない。より小さなコミュニティであるゲイの世界では、すでにアプリによって出会いかたに大きな変化が訪れているという。

そうすると、見合いで家系が、合コンで第一印象と飲食の趣味が、それぞれ重視されるように、また新しい異性(あるいは同性)の評価軸というのが生まれてくるだろう。それは写真映りであったり、チャットの能力であったりする(なにしろデジタルの世界では、それらがなければ先に進めないのだから!)。趣味が同じ人を見つけやすくするアプリが人気になったら、どうなるだろうか。同郷の人と出会いやすくなるアプリや、年齢差のあるカップルを敢えて生み出すようなアプリが人気になったら?

ソーシャルメディアの発展により「友達」という言葉は今や特殊な意味を持つようになった。それはたとえば「自分の投稿を見ることができる人」であったり「自分にメッセージをいつでも送ることのできる人」である。同じように、出会い系サービスはまさに「出会い」というものに新しいアーキテクチャを導入しようとしている。昭和初期のような見合いが今では廃れたように、こうしたアプリが近い将来に我々の出会いのありかたを完全に変えてしまっても、まったくおかしくはないだろう。

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Originally posted by lethald0sage

お断り:筆者はインターネット周辺の研究者であるため、本人の趣味や意思に関わらず様々なアプリやサービスを利用することがある。筆者は既婚である。

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