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1909年 |
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| 7月22日 祖父オーティス・モンロー神経性又は脳性梅毒にて死亡 |
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| 1926年 0歳 | ||
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6月 1日 午前9時30分 ロサンジェルス総合病院にて生まれる。 6月3日 ボレンダー夫妻(里親業)に預けられる |
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| 1927年 1歳 | ||
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8月23日 祖母デラ・モンロー心筋梗塞で死亡 付記 抑鬱性精神病 |
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1933年 7歳 |
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5月29日 母方曾祖父自殺 |
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| 1934年 8歳 | ||
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母親入院 グレース・マッキーの世話になる |
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| 1935年 9歳 | ||
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8月 グレース・マッキーとアーヴィン・シリマン(ドック)・ゴタード結婚 9月13日 ロサンジェルス孤児院に入る 週末はグレースと過ごす |
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| 1937年 11歳 | ||
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6月7日 ゴタード家に引き取られる 11月 アイダ・マーティン(母の義妹の母)と暮らす |
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| 1938年 12歳 | ||
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6月 従兄弟(ジャック)より性的暴行を受ける 8月 イーディス・アナ・アッチンソン・ロウワー(通称アナ グレースの父の姉 )と暮らす 9月 生理が始まる 以後毎月ひどい生理痛に悩まされる |
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| 1940年 14歳 | ||
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12月 アナが心臓病のため再びゴダード家に引き取られる |
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| 1941年 15歳 | ||
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9月 高校進学 ジェームス・ドハティ(20歳)と出会う |
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| 1942年 16歳 | ||
| ゴダード家の引っ越しが決まる 孤児院に戻るか、結婚かで結婚を決める 6月19日 8時半 結婚式 |
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| 1943年 17歳 | ||
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ジェームスの任地 カタリーナ島に赴く |
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| 1944年 18歳 | ||
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春 ジェームスが太平洋と東南アジアの戦地に派遣される ノーマはノース・ハリウッドで姑と暮らし始める 秋 軍の映画班により 宣伝用写真のモデルとなる |
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| 1945年 19歳 | ||
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8月2日 ブルー・ブック・エージェンシーの専属モデルに応募 |
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| 1946年 20歳 | ||
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髪をゴールデン・ブロンドにブリーチする 1月 アクターズラボトリーに通い始める 春 母グラディスを引き取るが クリニックに入院させ仕送りをする 7月 フォックス社と契約 8月 新人担当 ベン・ライアンと芸名 マリリン・モンローを決定 モンローは母の旧姓 9月13日 ジェームスと離婚 |
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| 1947年 21歳 | ||
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2月嵐の園でデビュー 2シーンの内1シーンはカット 5月 Dangerous Years1947年12月封切り 3シーン登場 8月 キャロル夫妻と知り合い援助を受けるようになる。 フォックス社契約更新打ち切り |
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| 1948年 22歳 | ||
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3月9日 コロンビア映画と契約 条件として額の生え際電気脱毛、髪の脱色 3月14日 アナ・ロウワー(67歳)死亡 心臓病 6月9日 スタジオクラブ(女性専用のレジデンシャル・ホテル)に引っ越し 7月「コーラスの女たち」出演 9月 9日 コロンビア映画契約 再契約はなし 10月 交通事故で偶然カメラマン トム・ケリーと知り合いになる 12月 大晦日のパーティでウィリアム・モリス・エージェンシーの副社長 |
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| 1949年 23歳 | ||
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ジョニーがハリー・リプトンからマリリンの契約を買い取り自ら窓口となる パーム・ドライブに引っ越し(マスコミ用にビバリーカールトンホテル使用) 2月 「ラブ・ハッピー」出演 春 キャロル夫妻援助をやめる 5月 トム・ケリーの所へ仕事を探しに行きビール会社のポスターの仕事をする ビールのポスターがカレンダー会社の目に留まりヌード・カレンダーの依頼がくる 5月27日 ゛ゴールデン・ドリームス゛ 撮影 8月「彼女は二丁拳銃」 出演 9月 ライター兼編集者ルパート・アラン、 カメラマンミルトン・グリーンと出会う 10月「アスファルト・ジャングル」 出演 ライナスがコロンビアを辞めてマリリン専属コーチとなる |
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| 1950年 24歳 | ||
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1月 「The Firball」 出演 春「Right Cross」「Hometown Story」 出演 4月「イヴの総て」出演 秋 カリフォルニア大学ロサンジェルス校世界文学夜間クラスに入る 12月5日 ウィリアム・モリス・エージェンシーと三年契約 12月18日 ジョニー・ハイド心臓発作後死亡 |
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| 1951年 25歳 | ||
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春アーサー・ミラーと出会う ファンレターが毎週2〜3千届くようになる 夏「Love Nest」 出演 「結婚しましょう」 出演 年末 初主演「ノックは無用」出演 |
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| 1952年 26歳 | ||
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2月 「ノックは無用」完成 アパートやホテル等3つの住所を転々とする 3月 虫垂炎で入院 手術はしないで抗生物質で化膿を抑える 「We're Not Married」 出演 ロサンジェルス南キャンプで「Do it again」を歌う ゛ゴールデン・ドリームス゛カレンダー事件発覚 孤児と言っていたのが母親の生存発覚(何人もの自称母親が現れ落ち着く) 「人生模様」出演 4月18日 フォックス契約更新 結婚の噂広まる 4月18日 盲腸の手術受ける 夏「ナイアガラ」 出演 秋「紳士は金髪がお好き」 出演 |
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| 1953年 27歳 | ||
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3月「百万長者と結婚する方法」 出演 6月26日 チャイニーズ・シアターの前庭広場で手形・靴型を押しサインする 夏「帰らざる河」 出演 スターの座獲得 9月13日 TVデビュー ジャック・ベニーのコメディアン・ショーに生出演 9月28日 グレース・マッキー(58歳)死亡 10月 ミルトン・グリーン夫妻と再会 12月 プレイメイト第一号として『PLYBOY』創刊号(12月号)を飾る 12月23日 フォックスの仕事(ピンクのタイツ)をすっぽかしサンフランシスコに行く |
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1954年 28歳 |
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時差ボケによる不眠症のため 睡眠薬を飲み始める 1月 フォックス社すっぽかしを理由に給料支払い停止を申し渡す 1月14日 ジョー・ディマジオと結婚 市庁舎で記者会見 「もし 私が先に死んだら、毎週お墓に花を供えてくれる?」 「きっとそうする!」 1月15日 フォックス社結婚の温情として停職処分撤回 (ピンクのタイツ)への復帰要請 ジョーはこれに猛反対 1月26日 仕事に現れないため再び停職処分 1月29日 ハネムーン出発 ホノルルに寄り道する 2月 2日 東京到着 ジョーの為の記者会見でも質問は総てマリリンへのものだった 2月 3日 極東司令本部よりマリリンに韓国駐屯の米軍部隊への訪問依頼がある ジョーは強固に反対する 2月16〜19日 韓国の10カ所以上の駐屯地をまわる 3月 ハニーブロンドからプラチナブロンドに髪の色をかえる フォトプレイ賞獲得 ベン・ヘクトをゴーストライターに自伝出版計画 4月 自伝第1稿完成(出版されたのは1974) 6月 出版計画頓挫(ヘクトのエージェントの裏切り) 「ショーほど素敵な商売はない」(脇役) 睡眠薬の副作用で遅刻が増える ジョーの嫉妬・暴力激しくなる 8月「7年目の浮気」 ニューヨークロケ 9月15日 深夜1〜4時 トラックス劇場前にてスカートの舞い上がるシーン撮影 カメラマン(プロ・アマ含)数百人集まる 実際の映画用のシーンはスタジオにて撮影 何も知らなかったジョーは知り合いに連れてこられて撮影会に居合わせてしまう 激しい喧嘩の後マリリン離婚申請書提出 10月 5日 二人の破局が世界的ニュースとなる 10月26日 裁判所 中間判決による離婚を認める 11月 4日マリリンのためのパーティでクラーク・ゲーブルに紹介されダンスを踊る 12月 グリーン夫妻の家で過ごすようになる ハリウッドを離れニューヨークで生活 |
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| 1955年 29歳 | ||
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1月 7日 マリリン独立宣言 マリリン・モンロー・プロダクション 2月 リー・ストラスバークのアクターズスタジオに通う 読書・美術鑑賞に耽る 春 アーサー・ミラーと再会 この頃からマリリンは自分のことを三人称で呼び始め、睡眠薬と酒類を一緒に飲むようになる 6月1日 「7年目の浮気」プレミアムショー出演 夏 イリノイ州ビメント百年際へ招待されリンカーン大統領の胸像除幕式出席 |
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| 1956年 30歳 | ||
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2月25日 ハリウッドへ向かう「バス停留所」撮影 6月 撮影終了 ニューヨークへ帰る 6月11日 アーサー・ミラー妻と離婚 6月29日 アーサー・ミラーと結婚 7月「王子と踊り子」撮影のためロンドンへ渡る 9月 流産 10月29日 女王に招待される 11月 ニューヨークに戻る 12月 アーサーとジャマイカへ行き新年を迎える |
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| 1957年 31歳 | ||
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精神分析医 マリアンヌ・クリスの所に通う |
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| 1958年 32歳 | ||
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飲酒量が増し始める 7月「お熱いのがお好き」撮影のためハリウッドに戻る 10月 妊娠 11月 6日 撮影終了 12月16日 流産 |
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| 1959年 33歳 | ||
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鬱状態激しくなる 薬量増加 副作用の慢性便秘の為浣腸をするようになる 1月 アーサーの父と気が合いよく世話をする アーサーはスランプが続く 6月 慢性子宮内膜症、不妊症等の治療のため手術 12月「恋をしましょう」 リハーサル開始 |
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1960年 34歳 |
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「恋をしましょう」共演のイヴ・モンタンとつき合う(4〜6月) アーサーはスト破りで脚本に参加したためマリリンの信頼をなくす 6月 撮影終了 7月「荒馬と女」撮影開始 あこがれのクラークゲーブルと共演 マリリンは アーサーとの関係、体調共に最悪 11月 4日 「荒馬と女」完成 11月 5日 クラーク・ゲーブル心臓発作で倒れる 11月11日 アーサーと離婚発表 11月16日 クラーク・ゲーブル二度目の心臓発作で急死 |
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| 1961年 35歳 | ||
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1月24日 正式離婚 2月 5日 精神病院に入院させられる 2月10日 ジョー・ディマジオが精神病院からマリリンを助け出し転院させる 3月 5日 退院して、ジョーの元で暮らす 4月 ロサンジェルス戻る 5月 ケイ・ゲーブル(クラーク・ゲーブル未亡人)から、息子ジョン・クラークの洗礼式に招待される 慢性子宮内膜症治療の手術を受ける 6月 胆嚢炎の手術で入院 ジョーが付き添う 精神分析医 ラルフ・グリーソンの勧めで、家政婦ユーニス・マレイを雇う 大晦日はジョーと過ごす |
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| 1962年 36歳 | ||
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