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平成14年12月17日、土曜日。誘拐から丸443日が経過。
事実と真実の関係はさておき、この世界におけるすべての事象は改竄される可能性を秘めている。
昨日警察に逮捕されてしまった友人が君にはいないだろうか。彼は所謂別件逮捕と呼ばれるやつで、何年か前の新興宗教のテロのときと同じようにカッターナイフの所持や自転車の無灯運転で捕まっていやしないか。そして些細な、罪と呼ぶのもおかしな罪で交番での事情聴取もないままに署にご同行されていやしないだろうか。彼は見も知らぬ、しかし男なら誰でも犯したくなるくらいかわいらしい女の子の強姦殺人の容疑がかけられ、丼すら出ない取調室で、権力に迎合するという意味でだけ敏腕な刑事に怒鳴られていやしないか。そしていつのまにか彼は狭い部屋に反響し耳をしびれさせる刑事の怒鳴り声にいい加減辟易しながら、特に誘惑するわけでもない天使のような笑顔の女の子の写真を眺めうっとりとし、彼女を犯し首に縄をかけて殺害した妄想を自供していやしないだろうか。
冤罪は起こるべくして起こる。それはたぶん運命というやつで、ひとつ上の階級世界におけるぼくたちの物語の脚本家のちょっとしたきまぐれでぼくたちの運命は決定される。一昨日まではあるいは彼は幸せな人生を送るはずだったのかもしれない。平凡な一般市民の夢見る幸福などたわいのないものだが彼にとってはそれ以上ない幸せな人生。
昨日、彼の人生が改竄されるまでは。
はじめまして、棗弘幸です。
本来ここに掲載されるはずだった(数時間だけ掲載されていたわけだが)平成13年10月30日の加藤麻衣の手記は、現在のぼくにとって大変まずい内容が書かれていたため、こうしてぼく自身が君たちの前に姿もなく現れ、もはやぼくとは何の関わりもない加藤麻衣に関する資料を改竄することを余儀なくされてしまったわけだが、だからといって物語に支障をきたすほどの情報があったわけでもなかったからどうかお許し頂きたい。
君たちにとって大切なのは加藤麻衣がはたして帰還するかしないのかということであって、ぼくの逮捕ではないだろうからそのままにしてもよかったが稚拙で計画性のなかった誘拐犯としての棗弘幸に足をすくわれるわけにはいかないのである。世界はぼくの主観的なものであり、ぼくが世界から隔離されてしまってはもう誰も世界に存在しえないからである。この世界を隔離したくなければぼくを隔離しないことだし、この世界を終わらせたくなければぼくを殺さないことだ。
それだけが言いたかった。
最後に、麻衣の物語の改竄という行為は、はじめてのことではないことも追記しておく。
加藤学がウェブアーカイブからサルベージした時点で、この手記はぼくに関する情報をある程度削りとられた状態であったことは加藤学も佐野友陽も知らないことだ。
明日からはまた加藤学の手によって麻衣の手記が更新されるはずである。明日を楽しみに待っていてほしい。
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