お好み焼き論争「大阪vs広島」にまさかの結論 東京のどんどん焼きが最初
番組では「自慢の県民食」と題して、山形県出身の田中萌アナウンサーが「山形の誇り」だというコナモノ「どんどん焼き」を紹介した。だが、食文化研究家・日本コナモン協会会長・熊谷真菜氏によると、「どんどん焼き」は山形県の大場亀吉氏が昭和の初めごろ、東京から持ち帰って広めたものだという。
この事実が発覚後、コナモノつながりで、お好み焼きの話題となった。そして、大阪と広島ではどちらが先なのか、大阪出身の小籔千豊と広島出身の大下容子アナウンサーによって、論争が勃発したのだ。
小籔は「(広島が先なら)『広島(風お好み)焼き』って名前になっているワケない」「『大阪焼き』と言っているの聞いたことあります? ないですよね」と主張。一方、不満気な表情で聞いていた大下アナは「広島では『広島(風お好み)焼き』とは言いません」と反論した。
ここで、熊谷氏に真相を聞いたところ、「コナモノは実は東京のどんどん焼きが一番古く、大阪のお好み焼きが一番新しいと言われている」というのだ。これには、スタジオが騒然となる。
熊谷氏によると、明治時代に東京で流行ったどんどん焼きがお好み焼きのルーツであり、その後に広島の重ね焼きが大阪の混ぜ焼きへ進化したと考えられているという。
しかし、さらに遡ると、江戸時代に小麦粉の食文化が広がり、その祖は安土桃山時代に千利休が「麩(ふ)の焼き」を焼いていたことだという。すると、小籔は千利休の出身地から、コナモノの発祥は大阪だと指摘し、「逆転ホームラン!」だと喜ぶ。これに中居が、議論となっていたのは「お好み焼き」だと冷静にツッコんでいた。
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