能と狂言総合誌「花もよ」
本当かどうかはわかりませんが、風の噂は自分にも伝わってきてはいます。
編集人はいますが、本当の編集人は別にいるとかいないとか?定かではありません。
噂を鵜呑みにしてはいけないのですが、大丈夫なのか?と思うことあります。
ゲスの勘ぐりにしか過ぎないのでしょうが。
密林で、「花もよ」23号を購入しました。10月は東京で観能したこともあり、能評家と自分の視点の違いを見るのも面白かったりするからです。
意外なのが、10月始めの塩津圭介師の〈道成寺〉の評が無かったこと。
評者の取り上げる基準があるのであろうから、とやかく言うつもりは無いけれども。
能楽ジャーナルの 故 大河内俊輝氏や村上 湛氏の能評に比べると、いずみ玲氏の能評は、久しぶりに拝見したけど、よく分からない。評の文体に力が無い。大河内氏の強さや、村上氏の理路整然の中に良きも悪くも己の意思を示したのとも違う。
いずみ玲氏は、自身の能評スタイルの確立が出来ずに迷走しているのではないだろうか。
舞台随想というタイトルだが、実質は能評である金子直樹氏は、まとまってはいるけど、平均的な字数でどの能評も留まっている感じ。大阪での武悪の記事は、もっとピックアップしても良いのにな。
編集人というのは、原稿が上がってチェックしないで、そのまま載せているのだろうか?
2か月の舞台数から、これだというのをピックアップさて能評として押し出したい舞台として持っていくのは出来ないのだろうか?
大人の事情が動いて、出来ないのだろうか。
3ページに渡り、読者の能の感想を載せていたのには驚いた。これは、穴埋めの記事なのか、今号から始まるのかは定かではない。
能評と、其れに基づく記事で三つ。読者の観能記。
何か不安ばかりを感じてしまうのは自分だけだろうか?
安心して読めた1番の記事は、公演情報だった。
前回の花もよの感想を書いた時よりも、今回は編集人が何処まで編集にタッチしているのか一抹の不安をおぼえた。
個人的に思うことは、公演情報以外は一目通すだけの記事が殆どになってしまったかな。
奮起を期待して言うけど、このままでは緩やかに下がっていくイメージしか湧かない。
批判を通り越して、危機を感じます。
花もよだけじゃなくて、能楽界が緩やかに下がっている危機感は、周りよりも能楽師の方が強いのかもしれない。
花もよの、発信力を強く求めたいところですね。