この能川元一氏の『帝国の慰安婦』批判は最初で最大の間違いである。~能川元一氏に反論する
以下の部分は能川元一氏の最初で最大の間違いである。
「一、『日本の戦歴』写真の解釈について
この点に関する検証の必要性を筆者が感じたのは、同書を精読すべく再び手にとった時である。朴裕河氏は第一部第一章の冒頭で、ある一枚の写真に言及している。」(『千田夏光「従軍慰安婦」は「帝国の慰安婦」においてどのように援用されたか』・能川元一・『季刊 戦争責任研究 第85号』p3)
では、朴裕河教授の『帝国の慰安婦』(朝日新聞出版)の24ページにはどう書かれているのかというと
「(略)ところがその作業の中に数十枚の不思議な女性の写真を発見したのである。兵隊とともに行軍する朝鮮人らしい女性。頭の上にトランクをのせている姿は朝鮮女性がよくやるポーズである。占領直後とおぼしい風景の中に和服姿で乗り込む女性。中国人から蔑みの目で見られている日本髪の女性。写真ネガにつけられている説明に“慰安婦”の文字はなかった。が、この女性の正体を追っているうち初めて“慰安婦”なる存在を知ったのであった。(千田一九七三、二一五頁、以下略)
『占領直後とおぼしい風景の中に和服姿で乗り込む女性。中国人から蔑みの目で見られている日本髪の女性』。おそらくこの言葉が、あの十五年戦争における『朝鮮人慰安婦』を象徴的に語っていよう。なぜ朝鮮人慰安婦が、『日本髪』の『和服姿』で日本軍の『占領直後』の中国にいたのか。そしてなぜ『中国人から蔑みの目で見られてい』たのかも、そこから見えてくるはずだ。
これまでの慰安婦をめぐる研究や言及は、このことにほとんど注目してこなかった。しかし、この点について考えない限り、朝鮮人慰安婦をめぐる記憶の闘いは永遠に続くだろう。(以下略)」
「最初で最大の間違い」を見つけることができただろうか?能川氏は「一枚の写真に言及している」と述べているが、朴教授が注目したのは『占領直後とおぼしい風景の中に和服姿で乗り込む女性。中国人から蔑みの目で見られている日本髪の女性』という千田氏の『従軍慰安婦』のあとがきに書かれていた「言葉」であって、ここでは写真については触れていないのである。
あの「河を渡る二人の慰安婦の写真」については、以前にも書いたとおり、「朝鮮人慰安婦」である。
「一、『日本の戦歴』写真の解釈について
この点に関する検証の必要性を筆者が感じたのは、同書を精読すべく再び手にとった時である。朴裕河氏は第一部第一章の冒頭で、ある一枚の写真に言及している。」(『千田夏光「従軍慰安婦」は「帝国の慰安婦」においてどのように援用されたか』・能川元一・『季刊 戦争責任研究 第85号』p3)
では、朴裕河教授の『帝国の慰安婦』(朝日新聞出版)の24ページにはどう書かれているのかというと
「(略)ところがその作業の中に数十枚の不思議な女性の写真を発見したのである。兵隊とともに行軍する朝鮮人らしい女性。頭の上にトランクをのせている姿は朝鮮女性がよくやるポーズである。占領直後とおぼしい風景の中に和服姿で乗り込む女性。中国人から蔑みの目で見られている日本髪の女性。写真ネガにつけられている説明に“慰安婦”の文字はなかった。が、この女性の正体を追っているうち初めて“慰安婦”なる存在を知ったのであった。(千田一九七三、二一五頁、以下略)
『占領直後とおぼしい風景の中に和服姿で乗り込む女性。中国人から蔑みの目で見られている日本髪の女性』。おそらくこの言葉が、あの十五年戦争における『朝鮮人慰安婦』を象徴的に語っていよう。なぜ朝鮮人慰安婦が、『日本髪』の『和服姿』で日本軍の『占領直後』の中国にいたのか。そしてなぜ『中国人から蔑みの目で見られてい』たのかも、そこから見えてくるはずだ。
これまでの慰安婦をめぐる研究や言及は、このことにほとんど注目してこなかった。しかし、この点について考えない限り、朝鮮人慰安婦をめぐる記憶の闘いは永遠に続くだろう。(以下略)」
「最初で最大の間違い」を見つけることができただろうか?能川氏は「一枚の写真に言及している」と述べているが、朴教授が注目したのは『占領直後とおぼしい風景の中に和服姿で乗り込む女性。中国人から蔑みの目で見られている日本髪の女性』という千田氏の『従軍慰安婦』のあとがきに書かれていた「言葉」であって、ここでは写真については触れていないのである。
あの「河を渡る二人の慰安婦の写真」については、以前にも書いたとおり、「朝鮮人慰安婦」である。
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テーマ:従軍慰安婦性奴隷制問題 - ジャンル:政治・経済