3世紀の段階でここまで完成してたの!?→奇跡的に1700年残るクロアチア「ポレッチ歴史地区」
wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はクロアチアの「ポレッチ歴史地区のエウフラシウス聖堂建築群」をご紹介します。
クロアチアのポレッチとはどんな都市?
ポレッチはポレチュとも呼ばれ、アドリア海の奥、クロアチアのイストラ半島にある都市です。クロアチアとは言ってもイタリア寄りの場所にあり、首都ザグレブから300㎞も離れているので、ヴェネツィアなどイタリアの都市から訪れる方がアクセスが良いそうですよ。
紀元前にローマ人が街の原型を造り、1世紀にはパレンティウム(のちパレンツォ)という名前になりました。3世紀以降はいち早くキリスト教化が進み、この時に大聖堂などが造られました。その後はヴェネツィアやオーストリア帝国、イタリアなどの支配下に入り、1943年ユーゴスラビア領、そしてクロアチア独立後にクロアチアの都市となり現在に至ります。
紀元前にローマ人が街の原型を造り、1世紀にはパレンティウム(のちパレンツォ)という名前になりました。3世紀以降はいち早くキリスト教化が進み、この時に大聖堂などが造られました。その後はヴェネツィアやオーストリア帝国、イタリアなどの支配下に入り、1943年ユーゴスラビア領、そしてクロアチア独立後にクロアチアの都市となり現在に至ります。
エウフラシウス大聖堂
4世紀頃に礼拝堂の原型がつくられ、6世紀にエウフラシウス司教が全面改修を行いました。大聖堂、洗礼堂、鐘楼、礼拝堂、中庭など初期キリスト教の複合建築のかたちがそのまま保存されていることはきわめてまれで、この価値が評価されて世界遺産登録となったのです。
大聖堂を最も有名にしているのは、黄金に輝くモザイク壁画です。ローマ文化やヘレニズムなど東方文化とキリスト教が合わさった世界一のビザンティン美術と されています。小さなモザイクを組み合わせ、このような大作を作り上げた当時の人々の努力…脱帽です。いろいろなテーマのものがありますが、イエスを膝に 乗せた聖母マリアのモザイクは必見です。
黄金のモザイクが残されている奇跡
大聖堂のモザイクが残されているのは、大きな危機から奇跡的に逃れることができたためでした。8世紀、この地を支配した東ローマ帝国では聖像禁止令というものが発令されたのです。元々キリスト教は偶像崇拝禁止が教義にあったため、それを取り締まろうとしたのでした。聖堂によく見られるモザイク画もこの範疇に入るとされ、破壊の対象となってしまったのです。
当時の弾圧は厳しいものでした。皇帝は反対派を処刑し、聖像を徹底的に破壊しました。後に禁止令は撤回されますが、それまでの間に多くの聖像などが被害を受けたのです。その中で聖堂を含め、教会建築がそのまま残ったエウフラシウス大聖堂は、まさに奇跡だったと言えますね。
パレンティウムの聖マウルス
エウフラシウス大聖堂は、初期の物はパレンティウムの聖マウルスという人物に捧げて造られました。聖マウルスとはポレッチの守護聖人にして初代司教となった人物で、3世紀に殉教したと言われています。
当時大聖堂を建てる上では、キリストや聖母マリアにまつわる物や聖人にまつわる物が必須でした。簡単な例で言うと遺骨や遺骸です。身に着けていた衣服などもそうでした。これらを「聖遺物」と言います。エウフラシウス大聖堂を建てるに当たって、エウフラシウスは聖マウルスともう一人の聖人エウレテリウスの聖遺物を手に入れました。それらは今も礼拝堂に祀られています。また、聖マウルスは内部のモザイクにも描かれていますよ。
当時大聖堂を建てる上では、キリストや聖母マリアにまつわる物や聖人にまつわる物が必須でした。簡単な例で言うと遺骨や遺骸です。身に着けていた衣服などもそうでした。これらを「聖遺物」と言います。エウフラシウス大聖堂を建てるに当たって、エウフラシウスは聖マウルスともう一人の聖人エウレテリウスの聖遺物を手に入れました。それらは今も礼拝堂に祀られています。また、聖マウルスは内部のモザイクにも描かれていますよ。
ポレッチ歴史地区にある遺跡など
世界遺産はエウフラシウス聖堂建築群ですが、ポレッチ歴史地区には様々な遺跡が残っています。
ローマ時代の名残としては、歴史地区の東西と南北と貫くデクマヌス通り、カルド・マクシムス通りです。古代ローマ都市では大体において東西と南北の基幹道路はこの名前が付けられていました。他にも、海の神ネプチューンを祀った神殿跡があります。
また、歴史地区内には太くて低めの塔が見られます。これは、ヴェネツィアなど有力な都市国家の動向を監視するためでした。しかし今では円塔の上がカフェになっていたりして、素敵な眺めと共にティータイムを楽しめます。アドリア海の青さは他の海よりも深く鮮やかで、とても綺麗ですよ。
ローマ時代の名残としては、歴史地区の東西と南北と貫くデクマヌス通り、カルド・マクシムス通りです。古代ローマ都市では大体において東西と南北の基幹道路はこの名前が付けられていました。他にも、海の神ネプチューンを祀った神殿跡があります。
また、歴史地区内には太くて低めの塔が見られます。これは、ヴェネツィアなど有力な都市国家の動向を監視するためでした。しかし今では円塔の上がカフェになっていたりして、素敵な眺めと共にティータイムを楽しめます。アドリア海の青さは他の海よりも深く鮮やかで、とても綺麗ですよ。
壮大な歴史を感じて旅をしよう
いかがでしたか。ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。「ポレッチ歴史地区のエウフラシウス聖堂建築群」への渡航をぜひご検討ください。








