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ねこぢるさんがお亡くなりになって、もうずい分経つ。
無邪気で残酷な「大人の童話」である、 「ねこぢるうどん」がガロに掲載されはじめたのは1990年のこと、 その後ねこぢるの描くねこのキャラクターは、 「裏キティちゃん」として人気を集め、 グッズになったり、様々な雑誌に連載されたりして、 ねこぢるは多忙を極めるようになり、 その人気絶頂の1998年5月、 自殺という形で、突然いなくなってしまった。
ねこぢるを語る時に欠かせないのは、 夫である漫画家の山野一さんである。 山野さんは1983年にガロでデビューしているので、 ねこぢるより先輩の漫画家ということになる。
山野さんは「鬼畜系漫画家」と呼ばれており、 貧乏、暴力、セックスなどを題材にしたストーリーの過激さ、 リアルでグロテスクな絵柄などが特徴の、 アンダーグラウンドなマンガを描いていた。
山野さんがマンガで表現しようとしていたことは、 現代社会の矛盾や人間性の冒涜に対する批判であり、 それを逆説的に、自虐的に描くことによって、 読者の心に一石を投じるという、 高邁な思想が反映された作品群であったのだが、 残念ながらそれらの作品は、 広く世の中に受け入れられることはなく、 一部のファンに熱狂的に支持されているだけであった。
そんな山野さんがストーリーを作り、 奥さんのねこぢるが絵を描いた「ねこぢるうどん」は、 山野さんの思想を柔らかいタッチで表現した、 寓意的なマンガであり、 絵柄の可愛らしさと、思想の高邁さが見事に融合した、 現代のイソップ物語のような作品であった。
その高度に洗練された物語は、 出版業者からも高く評価され、 ねこぢるは様々な雑誌から引っ張りだことなったのだが、 もしそのことがねこぢるの自殺の要因となっているのだとしたら、 大変不本意なことである。
僕はねこぢるの成功を見て、 素晴らしい作品を書きながら、 これまで正当な評価を受けることがなかった山野さんが、 このような形で評価されて、 おそらくある程度の収入も得ることができたであろうから、 本当によかったと、心から喜んでいた。
しかし、もしそれと引き換えに、 最愛の奥さんであるねこぢるを失ってしまったのだとしたら、 それはあまりにも大き過ぎる代償であっただろうと思う。
それならばいつまでも、 マイナー漫画家として貧乏にあえぎながら、 それでも奥さんと仲良く楽しく暮らしていてほしかった。
山野さんを含むごく一部の親しい人にしか、 心を開くことがなかったというねこぢるさん。 おそらく山野さんも、 ねこぢるさんを含むごく一部の親しい人にしか、 心を開くことができない人だったのではないかと思う。
そんな山野さんが、一人で、コンピューターを使って、 ねこぢるさんの絵を再現してマンガを描いているなんて、 あまりにも悲し過ぎる。
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