201605
特集:圏外から学ぶ都市/建築学入門
圏外から再構築される建築
動的な体系としての建築
建築は環境を「構築」する術の体系であると捉えることができるが、構築という行為は本質的に、その対象についての無矛盾性を志向する。ときには、建築における構築の結果物のひとつである建物に対して、相矛盾する論理に基づく建築的な言語や文法が持ち込まれることもあるが、その場合にも、それらの共存が方法的に裏付けられているかぎり、その方法的枠組みにおいて、それらは無矛盾であると言ってよい。構築は方法的意識を伴い、このことが、構築物に無矛盾性を帯びさせるのである。また建築は、孤立してはあり得ない。そもそも建物は、環境と人間を媒介する存在であるから、周辺との連続を断ち切ることができず、このように媒介物として定義される建物をつくる術の体系としての建築も、政治・経済・文化などと独立してはあり得ない。あらためて指摘するまでもなく、建築はその社会において成立するのである。
しかし社会は、漸進的に、時に急激に変化するから、建築という体系は、みずからと連続する社会とのズレを蓄積し、建築における構築は、その無矛盾性への志向により、このズレを解消しようとする欲望を内在する。したがって建築は、繰り返される構築という行為によって、絶えず組み立て直されているのであるが、このときの再構築の駆動力は、建築と連続する外部、すなわち圏外からもたらされるのである。
縮小する建築
以上の認識をひとまずの前提として、本稿では、いま建築を組み立て直そうとしている「構築」の前線について、圏外の状況からの考察を試みたい。現在の建築を取りまく状況についての言説を概観してみると、そこで「縮小」が鍵語として用いられることがままある。「縮小」の主語となるのは、建設市場を含む日本経済であったり、建物のユーザーの総量、すなわち人口であったりするのだが、そうした中で、建築そのものの役割が縮小しているとの指摘も見いだすことができ、この意味での「建築の縮小」は、まさに圏外からもたらされたものであると理解することができる。その過程を確認するために、ここで歴史を振り返ってみよう。
近代化以降の建築は、多かれ少なかれ、制度を建物として物質化し、社会に固着する役割を担っていた側面がある。学校、病院、集合住宅、オフィスなど、近代以降にビルディング・タイプとして整備された建築はいずれも、教育、社会保障、労働などの社会制度と密接に関わるものであるし、これらを社会に行き渡らせることは、政策課題そのものであった。言うまでもなく、これを主導したのは官僚機構であり国家だったわけであるが、いずれにせよ建築は、近代的な社会システムの確立に関して、大きな役割を果たすものであった。しかし日本における近代化は、1970年代にはおおむねの完成を見る。建築に関して言えば、社会的共通資本としての建物が、1970年代頃までに一応のところ充足したと言い換えることもできるだろう。そしてこれ以降、社会における建築の存在感は、徐々に小さなものとなっていったと考えられるのである。
ただし、この頃に起きた社会背景の転換は、おそらく日本のみに限られるものではない。1980年代初頭のヨーロッパやアメリカでは、市場原理主義を重視した新自由主義的な経済政策が推し進められるようになり、「大きな政府」から「小さな政府」へと表現される行政規模の縮小も、各国で進められた。また、1967年に欧州諸共同体(EC)が発効してからは、米ソ両極体制の世界システムの構造転換も進み、冷戦構造崩壊後の世界はさらに多極化するとともに、アメリカ型の新自由主義が各国に導入され、1990年代からはグローバル資本主義が大きく発達した。以後、国家の枠組みを超越した世界企業も誕生し、この意味でも主権国家システムの存在は、相対的に小さくなってきている。すなわち、1970年前後は世界的にも社会背景の転換点であったとも捉えられるわけであるが、これと呼応するように、建築はモダン・ムーブメントが掲げていたような明確な主題を失っていき、そのようにして曖昧化する建築の状況を、磯崎新は「建築の解体」と表現した★1。
- 磯崎新『建築の解体──
1968年の建築状況』
(鹿島出版会、1997)
加えて、情報技術の発達などに伴い、都市や建物が担っていた機能それ自体にも、見直しの必要が生じている。たとえば、都市には同一用途の建物が集塊する傾向があり、そのことによって特定の用途の建物についての到達可能性や探索可能性が一定程度担保され、これが都市における人間行動に空間的なパターンを与えているわけであるが、地理情報システムやモバイル・インターネット・デバイスの発達によって、都市的な構造が人間行動に与える効果は、明らかに弱まっている。情報空間における検索技術の発達により、これまで商業に適さないと考えられていた場所に構えた店舗が、超広域から集客する現象なども珍しくはなくなっているし★2、そもそもインターネットは、自宅に居ながらにしての買い物さえ一般的なものにした。位置情報ゲーム『Ingress』★3の流行によって、拡張現実上で繰り広げられるストーリーに基づき、世界各地で大量のプレイヤーが現実空間を移動したことも記憶に新しい。情報空間はいよいよ本格的に現実空間に干渉しつつあり、拡張現実技術やウェアラブル・デバイスが一般化すれば、その影響を都市や建築が無視できなくなることは必至である。この点でも、都市や建物それのみが担っていた意味は、弱まりつつあると考えられるのである。
人間の矮小化
- 磯崎新『偶有性操縦法──
何が新国立競技場問題を
迷走させたのか』
(青土社、2016) - 宇野常寛『リトル・ピープル
の時代』(幻冬舎、2011)
建築における構築のゆくえ
このような意味で非人間中心的な世界において、建築が組み立てうる戦略は、いくつか考えられる。第一に、社会における人間の存在を回復させるため、この複雑なシステムに対抗しようとする道筋である。より具体的には、人びとの相互関係や、生産に伴う物質循環など、社会において取り結ばれるネットワークをより親密なスケールへと再構築し、具体の人間にとってのネットワークの全体性を回復させようとする試み(アトリエ・ワンなど)は、この場所に位置付けられることだろう。共同体を現代的なかたちで復活させようとする試み(シェアード・コミュニティに関連する動きなど)も、人間どうしの連帯性を通じて、人的ネットワークを認知可能な範囲にとどめようとしている点で、同一の立脚点に基づくものだと言ってよく、このような建築的な試みは、数多く認めることができる。
第二に、同じく人間の存在の回復を目指して、この社会を構成する非人間的スケールの物理的存在を、非物理化しようとする道筋である。現代社会には、巨大な建物や土木インフラなど、人間のスケールを大きく凌駕する構築物が多数存在するが、これらはその巨大さゆえに、属人的な決定を経て生まれることは少なく、複雑な意思決定の末、この社会にニッチを見いだしたかごとく、半ば自律的に誕生する。したがって、こうした巨大構築物は、しばしその使用者からも疎まれる存在となるのであるが、たとえば、住民に望まれないまま建設が進む防潮堤などは、その典型だが、物理的な構築物が持つ防災機能の一部を、住民主導のワークショップによる避難ルートの検討を通じて、コミュニティに代替させようとする「逃げ地図」(日建設計ボランティア部)は、人間を凌駕する物理的存在を非物理化する試みに数えうるだろう。ただし、この種の試みは物理的な構築に結びつきがたいためか、具体例として挙げられるものは限られている。
- 落合陽一『魔法の世紀』
(PLANETS、2015)
建築以外の分野では、この非人間中心主義的な状況がさらに進んだ状況を技術史的に考察し、現在の人間観や従来的な規範そのものの合理性を問い直そうとする動きも存在する。落合陽一は、計算技術の進歩が極まった先にある、自然物と人工物の二分法を超越した自然観を構想するが★7、そこで描かれる超自然のイメージは、人間とコンピュータが単なる環境構成要素として同列に見なされるという点で、ディストピア的でもある。
以上のように、現在の状況を概観してみると、建築における構築の方法論は、圏外の変化に対応しきれるバリエーションが出揃ってはいないと言わざるをえないだろう。建築とその圏外とのズレは現在も蓄積されており、そこで地殻変動が起きるとすれば、それはどのようなものなのか、見通しは未だ十分ではないのである。
201605 圏外から学ぶ都市/建築学入門
圏外から再構築される建築
〈インフォグラフィックス〉──都市と情報を可視化する
〈タクティカル・アーバニズム〉──XSからの戦術
〈マテリアル〉──物質的想像力について、あるいはシームレス化する世界の先
〈写真アーカイブズ〉────歴史を振り返り、再発見する手段
〈展示空間〉──チューニング、アーカイブ、レイアウト
〈地図〉──建築から世界地図へ
〈ファッションデザイン〉──システムをデザインすること
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2016-05-10