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プロローグ
光の神々の加護を受けた人間やエルフ、ドワーフといった亜人を含む人族。
数は少ないが個々の能力は人族をはるかに上回る闇に祝福された魔族。
巨大大陸ロインダースを東と西にわけ、何時からかは誰も解らないが二つの勢力は争い続けてきた。
それは何千年と続いていたがここ三百年は今までにない小康状態を保っていた。
それというのも魔族を率いる王、すなわち魔王が代替わりをしその魔王が比較的穏健派だったためだ。 散発的な小競り合いが起こる程度でいつしか人族はその仮初の平和に慣れていった。
だがその平穏は突如として破られた。
新たに即位した新魔王の命令のもと、創世暦2826年五の月魔族領より後々『大侵攻』と言われる総攻撃が始まったのだ。
仮初の平和に慣れ、同族同士の争いを徐々に激化させていた人族にその奇襲とも言うべき総攻撃が始まった。
魔族側のなりふり構わない、犠牲をものともしない戦いぶりはすさまじく瞬く間に境にあったいくつもの国が滅ぼされた。
魔族の、魔王の目的は人族の支配などという生易しいものではなく完全殲滅を目的としたものだった。
抵抗するものは皆殺し、降伏したものは一応捕虜となったがそのまま魔族領へと強制連行され二度と戻ってくることはなかった。
無論人族も黙ってやられる訳はなく、すぐに古くからの盟約どおり各国、各種族間で軍を集め連合軍を作り出した。
本来なら十分対抗できるだけの戦力が人族側にはあった。
だが愚かにも各国や種族間で主導権争いをおこしてしまい、連携がうまくとれなくなったところをつかれ主力を各個撃破されることになる。
そのあとは人族にとって防戦一方の、希望の見えない戦いが続いた。
翌2827年四の月ガルガン帝国滅亡。
人族最大の戦力を誇っていた帝国が滅ぼされ後が無くなった人族側に最後に残されていたのは捨て身の特攻ともいえる手段だった。
残存兵力をかき集め魔王軍本隊に無謀に近い決戦を挑み大多数の目をそちらに向けさせる。
その隙に選び抜かれた精鋭を本拠地である魔王城に潜入させ敵の中心にしてこの絶望の時代の元凶ともいえる魔王を討つというものだ。
勝算の低い、しかしもう他に手段はないまさに最後の賭けだった
そして人族はその賭けに勝った、かろうじてだが。
魔王城最深部、魔王の間。
城内でありながらとてつもなく広いその空間は、ちょっとした町くらいならすっぽりと入ってしまうくらいだ。
その床には幾何学模様の図形や解読不能の文字がところ狭しと書かれていたが、それ以外には何も無く目立つものといえば中央の祭壇くらいだった。
その祭壇の前でおこなわれていた死闘が、世界の命運をかけた戦いがたった今終わりを告げた。
立っているのはただ一人、人族の魔法剣士カイル。
白銀の鎧に身を包んだその姿はまさに満身創痍、体中傷だらけで千切れかけた左腕はもはや使い物にならないだろう。立っているのはおろか生きているのも不思議なくらいだ。
だが気力のみで立ち、目の前に倒れている魔王を見ている。
少しずつ身体が崩れていく魔王を、討ち取ったカイルは油断無く見ていた
そして魔王が完全に消滅したのを確認した後、ゆっくりと力尽きるかのように床の上に座り込んだ。
「終わった……これで………」
魔族は個々の力が人間よりもはるかに強い反面、利己的な者や個人主義の者が多い。
魔王の圧倒的なカリスマと実力によってまとめられていたにすぎない魔軍はこれによって統率を失うだろう。
この戦いで多くの死者がでたが元々数は遥かに人族が多いのだ。魔族の被害も大きい中でこれ以上の侵攻はない。
人族は救われた、ゆっくりとだがその実感がわいてくる。
だがカイルに喜びはなかった。この勝利の為に犠牲になったもの、これまでに失ったものはあまりに大きすぎたのだ。
手にしている剣を、いや剣だった残骸を見る。
相棒とも言うべき意思をもった魔剣だったがもはや物言わぬ柄だけにすぎない。
固く閉じられた外へと通じる扉を見る。
後で必ず追いつく、と残り追撃を食い止めた仲間達も結局は追いつくことは無かった
少し離れた床に転がっている世界樹の杖を見る。
ここまで共に戦ってきたエルフの精霊使いがもっていたものだが先ほどの戦いで自らの命と引き換えに、それも自分を守るために消滅した。
最後に見せてくれた笑顔を思い出すと一つ涙がこぼれた。
守りたかったものはもう何もない。
生まれ育った故郷も、育ててくれた家族も、心を許し笑いあった友も、共に死線を潜り抜けた仲間も、そして愛する人も……全てを失った
喜びも達成感も無い。胸にあるのはただただ悲しみと虚しさ。
唯一残っていた復讐という原動力もなくなった今、抜け殻のようなものだ。
カイルの体中の傷は深くどれもほうっておいていい傷ではない。そのまま放置すれば命を奪う傷だ。
だがそれさえどうでもよかった。
身体を横たえ、後はゆっくりと緩慢な死を受け入れるだけ。そう思いそっと目を閉じる。
そのまま意識を失えばここで全ては終わっていただろう。
それはただの偶然か運命か、先ほどまでの激戦のため宙を漂っていた羽が、魔王の背に生えていた羽の漆黒の羽毛がそっとカイルの顔にかかる。
わずかだが闇に飲み込まれかかっていた意識が覚醒し、薄く目を開けた先に見えたのはこの広く何も無い空間で唯一目立つ祭壇が見える。
そこから赤い光が見えた
「……何だ?」
やっとの思いで体を起こし、引きずるかのようにして祭壇へと歩く。
その祭壇に飾られているのは血の滴るかのような見事な真紅の宝石だ。
大きさは赤ん坊の握りこぶしほどもあるだろうか、それが心臓が脈打つかのような赤い光を放っている。
カイルも魔法を使う身、それが魔力をそれもとてつもない魔力を秘めていることはわかる。
「これは……魔道具か?」
魔道具とはその名のとおり特定の魔法を込めた道具だ。
これさえあればまったく魔法の使えないものでも魔法が使えるというものだ
思えば戦いの最中、魔王の動きは妙だった。
避けられる攻撃をあえて受ける事があったのだ。
それは何かを庇うような動きでそれを利用しての薄氷を踏むかのような勝利だったのだが。
「庇っていたのはこれか?これを守っていたのか?」
そして魔王が最後の瞬間、命を奪ったカイルではなくこの祭壇を見ていたことを思い出す。
段々と宝石から漏れ出る光が強くなる。まるでその内側から巨大な力があふれ出ようとしているかのようにだ。
「魔王がいなくなったことで制御がきかなくなったのか?」
おそらくこれは製作途中、このままではいずれ暴走する。
製作途中の魔道具の暴走は込められていた魔力の暴走でありその結果は爆発だ。
その威力は込められている魔力の量に比例し、これほどの魔力となるとどれほどの被害になるか想像もできない。
振り返ってみるとどうしてそんな事をしたのかはわからない。
その美しさに、この世のものとも思えない妖しさに魅かれたのだろうか?
もしかしたらただ早く楽になりたかっただけか?
とにかく無造作ともいえる動きでカイルはその宝石を掴んだ。
その瞬間爆発的な赤い光が手の隙間からあふれだし、カイルを襲う。
それはあっという間にカイルを包み込み、さらに周りを赤一色に染め上げた。
後は何もわからなくなった。
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