昨年からいろーんなことがあって、今年に入ってからの数ヶ月は、ド鬱と言っていいほどに落ち込んでおりました。
もはや「弱ったときのお約束」なんですけど、「もう、実家帰ろうかなあ」とも思っていましたし、とにかく全てが嫌になっていて。
年明けからの数ヶ月間、なにしろ全く「ひらめき」がなかったんですね。
それはブログのネタにしてもそうだし、何かをしたい、誰かに会いたい、こういう話がしたいっていう動機や活力すら枯渇していました。
誰かと会って話しているうちは気が紛れる、あるいは、そういうふうに繕うことは出来る。
だけど一人になると途方もない倦怠感に襲われて、無気力になる。の繰り返し。
そんな状況が心地いいわけがなく、祈るような気持ちで突破口を探していました。
そんな折りに、偶然にも複数の方から、
「自分の機嫌は自分で直す」
という言葉が好きです。というようなメッセージをいただいたんですね。
中には手帳に書き留めてくださっているという方もいらっしゃって。
いやほんと、いつまでうじうじしてるつもりだよ、さっさと機嫌直さんかい!!
とは思うものの、それでも全く浮上出来る気がしないでいたある日
気分転換をしようと思って散歩に出たんですけど、
そのとき突然
ハ!!!
としたことがあって。
「ひらめき」って、
漢字で書くと
「閃き」
じゃないですか。
間に「人」が入ってるんですよ。
それに気づいた時、
ああそうか。
ひらめきって、人と関わってないと生まれないんだな。
って思ったんです。
手前味噌ですが、今読み返しても、私は女将日記が好きなんですね。
それは何故ならば、あれは分かりやすく「人と関わって閃いたこと・気付いたこと」の記録だからだと思うんです。
もっと言うなら、女将日記に限らず、R-18では人と関わった記録をたくさん残してきました。
中でも、個性ある友達や好きな人にまつわる過去ログは、私にとってとても大切な記録です。
それらを書くことに制限が生まれたとき、R-18の中でとても大事にしていた部分を、ごっそり失ってしまったように感じたんです。
だから、端的に、そして平たく言いますと、書きたいことが書けなくなって
ちょっとふてくされてた
のか…?と、今になると思います。(呆)
そして、憂鬱で暗澹とした時期を経て思うのは
昨年4月に10周年を迎えて、また「ブログ0歳」に戻ったのかな、ということ。
書くことに制限が出来たというよりも、書く内容の変化、それはすなわち「構築のし直し」を促されているのかなと。
その誘導のされ方は、「自然に」と表現するには少々無理のある、なかなか手痛い洗礼がセットになっていましたが、
そういう経験があったからこそ「ああそうか」と気づいたこともたくさんありました。
正直、どこかに所属することや何時間も拘束されることは、今でも面倒だし億劫だし
ソレをやらなくても生きていけるならそうしていきたいなア、と思うのが本音ではありますが
前職を辞めてからの約1年間は、「貯金」で生きてたんだなあっていうのを強く感じるようになりました。
「貯金」っつーのは、人と関わっていた時間のことです。
「どこかに所属することや何時間も拘束されることは面倒だし億劫だしソレをやらなくても生きていけるならそうしていきたい」
は、どこかに所属している間、ことあるごとに芽生える願望でした。(イヤなことがあったときは特に。笑)
そんでもって、こういうのって1度自分で経験してみないことにはずっと「願望」としてあり続けるし、叶わない間はそれがとても魅力的に見えるんですよ。
この約1年実際にやってみて、ソレがどういうものなのかだいたい分かったのと同時に、
閃きを得たいのであれば、人と関わっていかなくちゃだめなんだな、っていう事実に、なんていうか清々しいほどの「お手上げ」感を味わいまして。
そしてこれもトライ&エラーの一環と言うか、長い人生の中でほんの1年くらいそういう時期があって良かったかなと。
ただ、「エラー」って結局なんなんだろう、とは思うんですよ。
「結果」の「果て」って、いつのことを言うのかと。
過渡期はエラーっぽく見えるかもしれないけど、「トライ&エラー」の先って、結局ぜんぶ「結果オーライ」なんじゃないかなあと、そう思うようになりました。
なんて都合良く思えるようになる頃にはつまり、憂さが晴れていたんですね。
鬱々としていたさなか、昔の日記を読み返していたんですが、28歳の私は、当時、このようなことを言っております。
「気付くこと」は「築くこと」と。
自分に足りないものや必要なものを気付かせてくれるのはいつだって自分以外の「人」で、気付かされることのひとつひとつは些細なことかもしれないけど、
でも、薄紙のようなそれらが重なって重なっていつのまにか厚みを持つようになり、ずっしりとした確かなものとして築き上げられた時に、それを見て人はまた何かに気付くんだなって、
だから「気付くこと」と「築くこと」はずっとループしているんだなって。
もっと言うと、このようなことも書いていました。
里帰り期間中のこと。
久しぶりに会う家族や友達と話していて、つくづく思ったこと。
私にはヤエちゃんという母親が居て、ヤエちゃんという母親が居るから私は娘で居ることが出来て、
要は、私単体だと娘にはなれないし、ヤエちゃんも、ヤエちゃん単体だと親になることは出来ないんだなって思ったんですね。
これって「親」と「子」に限った話ではなくて、
「彼氏」と「彼女」とか、「教師」と「生徒」とか、「先輩」と「後輩」とか、「友達」や「味方」や「敵」ですら、
ぜんぶぜーんぶ、「誰か」が居るから「何か」になれて、逆に「誰か」が居ないと何者にもなれないんだなって思ったんですよ。
つまりは、「人」って、「人」がいないと「人」になれないんじゃないかって、「人」は、「人」が居るから「人」になれるんじゃないかって思ったんです。
とか言うと3年B組みたいですけどw でも本当にそう思ったんですよ。
これを改めて読み返したとき、「そろそろ、人に成りに行くかあ」と思いました。
書を捨てよ、町へ出よう。のような、そんな気分。読んだことないけど。(ないのかよ)
そこからの行動は早く、求人情報を見て面接受けに行って、トントントンと仕事が決まり、そして今に至ります。
で、昨年、一瞬だけ再就職した先を約1ヶ月で辞めたのに対し、新しい職場はまだぜんぜん辞めたいなんていう気持ちが芽生えていないので
やっぱり職場環境って、そこが「良い・悪い」ではなくて、「向き・不向き」があるのだなあと思いました。w
なので、この約1年間で、退職と再就職と即ドロップアウトとフリーター期を経た私から言えるのは、ほんとーーに今の仕事がイヤ!辛い!と思っている場合、「仕事」そのものがどうこうっていうより、「職場」が合わない可能性もあるので、
仕事が嫌いすぎて仕方がない、っていう方は、一考の余地があるかもしれませぬ。と僭越ながら申し上げさせていただきます。(敬礼)
去年の春、光と影の話を書いたんですけど、まさにこの数ヶ月は影のほうにいたんだなあと思います。
影=憂鬱期 なわけなんですけど、そこにいるときって、毎度毎度「(今回のは)明ける気がしねえ」って思うんですよ。
でも考えてみれば、1年間12ヶ月あったら、わたしだいたい年間3ヶ月は同じようなことになってるんで、
この憂鬱期って「恒例行事」であり、「いたって健全」だったなと思う、今日この頃です。
とまあそんな感じで相変わらずのふつつか者ではありますが、
しれっと先月12年目にも突入しましたので、改めまして、これからもよろしくお願いいたします。
&
ただいま!